11 ザンジバル学長
ひと通り見て回ったあと(中庭は除く)、教室に戻ると、ブーケットさんに展示の裏へと呼ばれた。
冷えたハーブティをグラスに注いでくれる。
「何か、面白そうなものは有った?」
「メイビィ導師の所の、小型自動演奏機が素敵でした。音が可愛らしくて」
「そうなんだ。さっき、メロディも言ってたわね。女性ウケは凄いみたい。あとで私も行ってみようかしら」
「ウチの教室の発表はどうですか?」
「興味は持たれているのだけど、ちょっと地味だから……」
ふんわりした美貌を曇らせる。
説明係の三年生二人は頑張っているのだけれど、自動演奏のように誰もが楽しめるものではない。ポーションの味見もできるけど、料理とは違うし、それこそ誰かが倒れでもしない限り、真価を発揮できないのだから、目を引きづらいのは確か。
しっかり説明を聞いてくれるお客様は少なくないが、スポンサーに繋がるかは未知数だとか……。どこも世知辛い。
あれ……紙の鳥が、ブーケットさんの所に飛んできた。
内容は、モルディブ導師の走り書きで『セイシェルを後ろに隠しておけ』って、何で?
「言われた通り、どんな状況でもあなたは出ちゃ駄目。たぶん、まだ他の教室を、見て回ってる事になるから」
聞き返そうとしたら、人差し指を唇に当てる。
静かにしてろってこと?
車椅子を横付けにして、展示の隙間から覗かせてもらう。
ちょうど、大勢の取り巻きを連れた、灰色のローブの導師様が入って来た所だ。
白髪交じりの髭を伸ばした、目付きの悪いお爺さんというのが第一印象。
「これはこれは、ザンジバル学長。お越しいただいてありがとうございます」
珍しく、モルディブ導師の口調が違う。
でも……学長さん? 私、いなくて良かった。うっかり不敬罪だよ。
学長は展示を一瞥して、眉を顰める。
「ふん……今年の発表は地味だな。もう少し何とかならなかったのか?」
「まだ、基礎研究です。派手さはないが、将来性はあります」
「お主も解っておろう。……王国の予算を頂いている以上、成果を求められるのだ。金にならない研究は、方針を変えることも考慮すべきだ」
何だか、私以上に世知辛いことを言っている。
でも、学長さんの言う『金になる』は、きっと私の望む、生活できる程度の額では無いはず。
そうそう、大金にはならないと思うんだけど……。
「学長も、お解りでしょう。基礎を固めねば、大きな研究成果は得られません」
「だが、誰も彼も、基礎研究ばかりではないか? 特に前学長の教え子たちは、揃いも揃って、基礎研究しかさせとらんようだが?」
「たまたま、でしょう。研究内容は、学生が選ぶものです」
「綺麗事ばかりで、世は渡れんぞ。お主自身の魔導機も、この所進んでおらんようだが?」
「自走する大砲搭載車両というお題が、大き過ぎます。砲撃時と、走行時の安定の両立に苦労させられてますよ」
「進める気が無いのではないか?」
「滅相もない」
導師が肩を竦めた。
気のあるような、無いような、絶妙な表情で微笑んでいる。……やる気は無いと見た。
「これだから、モーリシャス導師の弟子共は……。その前学長が、珍しく学園に腰を据えているそうではないか」
「そのようですね。植物園にかかりきりとか」
「……噂によると、この教室を尋ねたあと、急に植物園に籠もり始めたそうじゃないか。あの人がそこまで入れ上げるのは、例の先史時代の植物の種子ではないか?」
「今年の一年生が、農作物の品種改良を志望しているので、紹介しました。その会話で、何かヒントを得たのではないですか?」
「その生徒とは別に、付与魔道士がいるとも聞いているが?」
一瞬、目が合ってしまったような気がして、背筋が凍えた。
ブーケットさんが、私の手を握ってくれている。
突然、モルディブ導師が笑い出した。
「アハハハハ……学長、まさかその付与魔道士が、古代植物の種子を発芽させたと仰りたいんですか? いくら何でも、それは……」
えっと……その言い方からすると、私のした事は、かなり非常識?
そんな、大笑いするレベルで?
気分を害したかのように、学長は露骨に顔を顰めた。
「一応の確認だ。……もし、そのレベルの付与魔道士がいるなら、一大隊規模の付与が可能に違いないからな。王国の為、即、軍に召し上げるべきだろう」
「一年生の、それも野良の魔道士ですよ? 何の知識も無いから、研究すら決められず、初級知識を学んでいる生徒ですから。もし、そんなレベルだったら、呆れてしまいます」
「念の為、本人に会ってみたいものだが?」
訝る学長に、導師はのんびりとしたものだ。
気軽に裏に声を掛ける。
「おーい、ブーケット。セイシェルは戻っているか?」
「いいえ~。初めての学祭ですし、彼女は車椅子ですからぁ。のんびりと見て回ってるんじゃないでしょうか?」
「呑気なものだ。……だ、そうです」
呆れ顔で、肩を竦めてみせる。導師も、意外と役者だ。
知らなかったのだろう。学長は、眉を下げた。
「車椅子だと……? その不自由な身体で、間引きをされなかったのか?」
「入学申請の資料は、学長の所に有るでしょう? 子爵令嬢なので、間引きされること無く育てられたようです。付与の力が有るので、自立すべく、魔法学園の試験を受けたと言ってます。まあ……御存知の通り、付与魔道士は金にならないので、手元でできて金になる、魔動機の製作や修理を教えようとしている所です」
ここは、全く嘘がない。
学長も興が醒めた顔で、鼻を鳴らした。
「そちらに才が有るなら、付与を伸ばしてやれば良いのではないか?」
「それでは生活できないですし、不自由な身体です。手に職をつけてやらないと」
「魔法学園は、福祉の場ではない」
「解ってます。魔導機の修理でも覚えたら、少しは役に立つでしょう」
「……だと、良いがな」
それだけ言い捨てると、踵を返す。
学長が行ってしまったのを見届けてから、入口で戸惑っていた来客を迎える。
モルディブ導師は、裏に引っ込んでから、ドッカリと腰を落とした。
ブーケットさんが手渡すハーブ水を、一気に飲み干してから、検知魔法を塔内にかけて、溜息を吐く。
「師匠が動けねえ時に、あの爺さんを相手にすると、寿命が縮むぜ……」
「私は、裏にいられて良かったです……」
おっとりなブーケットさんまで、疲れた顔をしている。
あの……さっきの会話を聞いていると、私は相当に常識外れのようなのですが……。
「まったく、それに気づいていねえから、お前はアンバランス過ぎるんだ」
「はい……少し反省しました」
「反省する必要はねえよ。ただ……少し自覚しておけ」
苦笑いする導師……いや、師匠の目は優しい。
私は、素直に頷けた。
「あの爺さんの言う通り……付与魔術師を一番欲しがるのは、軍だ。そして、傑出した付与魔術師を献上すれば、それは魔法学園の大きな貢献度になる。これだけは肝に銘じておけ。……毎日毎日、マッチョな騎士たちに付与を掛け続けて、人殺しを指示する生活を、お前は望むか?」
「嫌です! 絶対に嫌っ! もう筋肉バカは懲り懲りなのに……」
即答する私に、師匠は笑い転げた。
そんなに笑わなくても、良いと思いますけど……。
「お前は本当に、マッチョな連中は性に合わない感じだもんな。……それ以上に、今の王国軍に、魔道士の一人たりとも献上する気はねえよ。魔法は、人を助ける為に有るものだ」
「今の軍は……それ程酷いのですか?」
「ああ……。それすら知らない世間知らずの御令嬢に、侵略戦争の手助けなんて、させられるかよ」
ぽんぽんと、師匠は私の頭を軽く掌で叩く。
そんな子供扱いを、怒る気にもなれない。
自分が世間知らずの子供であると、思い知らされたばかりなのだから。
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