10 星月祭
学校行事とはいえ、お祭りというのは賑やかなものだ。
いつもは、しんと静かな魔法学園の敷地……塔の外に音や衝撃が漏れないように、塔ごとに魔法陣でシールドされているとか。そんな学舎も、今日は定期的に花火が打ち上げられ、演奏の魔導機の音を学内に響かせて、浮かれている。
通路の脇には、飲食の屋台まで出ているから、本格的に祭りだ。
「あの屋台って、誰が営業しているの?」
「卒業生が小遣い稼ぎにやってるのも有るけど、ほとんどは部活組の屋台だね」
「部活って、運動とかの? そんなのが有るって、初めて聞いたわ」
「お貴族様の御令息、御令嬢に入会されたら、みんな困っちゃうから」
私は、受付業務で忙しい。
本当に忙しくなるのは午後かららしく、メロディとジョルジュの見栄えするコンビを配置する事になってる。
ただ座っている分には、美少女な私は、午前中担当だ。
相方は丸眼鏡のリックと、無愛想なエンツォの二年生コンビ。エンツォには私の分を動いて貰う予定です。学生ではないニースは、見えない所に控えていてくれています。
各教室の展示は、基本的に塔の一階フロアで行われている。
天候が悪くなっても大丈夫。
某筋肉教室は、中庭でやっているらしいので、近づかないように気をつけましょう。
各教室の展示内容と地図は、版画で刷られて入口で配布されている。
先日、知己を得たカバーナ導師の教室では、『飛行生物馴致の可能性』についての展示が行われているみたい。あとで見に行こう。
モーリシャス導師は、あれ以来、植物園に籠りきりのようで、『
モルディブ導師曰く
「アレの発芽だけで、『星月祭』の全展示がぶっ飛ぶ、大ニュースだからな」
ということで、発表のタイミングを見ているそうな。
たぶん、花が咲いた時点で、発表するんじゃないかと言ってる。
……一番見栄えがするものね。
植物と話ができるわけではないので、その後の生育に必要な条件は解らないけど、何とか花を咲かせて、実をつけて欲しい所です。
今年のモルディブ教室の展示は、『ポーションの熟成と、その作用』がテーマとあって、主に学内の人が多く訪れている。
午後になって、多くの商会の人が見てくれて、スポンサーになって欲しい。
ポーションなんて、作った側から飲むのが当たり前で、それを熟成させようなんて、普通は考えないもの。意表を突いてると思うけど、それがお金になるかは微妙。
「病気用と、体力回復のポーションを、両方飲めば良くない?」
と言われたら、それまでだもの……。
基礎研究に投資してくれる、熱心な商会さんが多く訪れますように。
「休憩して来ても良いよ?」
と、トイレ帰りのリックが言ってくれるので、ニースを呼んで、お言葉に甘えます。
実のところ、腰から下の感覚が無いというのは……そういう事なので、いろいろ対策がされてまして……お花を摘みに行く必要のない私です。
何も公言する理由もないので、フリだけしておきます。
そんなデリケートな仕組みも有るので、この車椅子の全貌は、男性の導師には、なかなか見せられないのですよ。
背凭れの陰に、ニースの飴玉隠しポケットが有る……なんて他愛の無い事だけなら、良いのですが。
鍛冶屋の娘のニースと、私の付与魔法の合作です。
昼食を終えた午後担当の二人が戻ってきたので、受付を交代。
さて、お食事はどうしましょう?
「少々お行儀は悪いんすけど……屋台料理はいかがです?」
ニースのお誘いに乗って、お任せしてみる。
きっと何か、食べたい物を見つけているのでしょう。
想像通りに、まっすぐ特定の屋台に向かう。……とうもろこしの粉で焼いたパンのような生地に、野菜や焼いた肉を挟んだもの。それと、飲み物はアップルサイダー。
OBの方の出店らしくて、初めて食べます。
暑い地域の料理らしくて、ピリッとした辛味が良いアクセントになって美味しい。ニースは、とうもろこしの粉で焼いたパンのような生地が、気になっている様子。小麦より安いですから、美味しく調理できれば、助かります。
お行儀は悪いけど、こんな食事も楽しいです。
お腹が膨れたら、各教室の展示を見学に参りましょう。
中庭だけは避けて、まずは一番興味を惹かれた『小型自動演奏機の実演』を聴きに行きたい。現状の自動演奏機は、ピアノに装置を取り付けて、実際の演奏と同じように、鍵盤を叩くタイミングで自動的にハンマーで線を叩き、演奏させるものだ。
「可愛らしい音……」
まろやかなベルのような響きが聞こえてくると、それだけでうっとりしてしまう。
宝石箱の大きさに、全てが収まっているらしい。不思議だ。
「子供用の練習ピアノを演奏させてるわけじゃあ、無かったんすね」
「魔法学園の発表よ? それは無いでしょう」
難しい文章の掲示は、どうせ読んでも解らない。
素直に実物を見に行く。
開かれた蓋から、内部機構が見えている。ニースがじっと目を凝らした。
「どうやって演奏しているのか、解った?」
「回っている金属の筒が見えますかい? アレについている爪で、金属板を弾いて音を出しているんっすよ。爪の間隔が音の長さで、弾く金属板が音程っすね。箱の中で音が響くから、こんなに綺麗な音になってるんじゃないっすか?」
機械的なことには、さすがに詳しい。
これは魔道具になるのかな?
「……モルディブ君の教え子?」
うっとりと聴いていると、空色のローブを着た女性導師に声を掛けられた。
黒髪を眉の下とうなじの所で切り揃えた、眼鏡をかけた小柄な方だ。
学祭なので制服を纏っているから、その色で教室が解ってしまう。
「はい……セイシェルと申します」
「……やはり。探しに行く手間が省けた」
それだけ言って、じっと見つめられる。
どういう方なのでしょう?
「……ありがとう」
「はい……?」
「……師匠が活気づいている。君のおかげらしい」
師匠って、モーリシャス導師?
という事は、この方がカバーナ導師が巻き込むと言ってた『委員長』さん?
「……メイビィよ。……あの三人組は、まだそんな事を言っているのか」
急に、声に冷気が混ざり始めた。
この人、カバーナ導師まで含めて、三人組とくくったよ?
導師たちの学生時代が、目に見えるようだ。
霜が降りない内に、話を逸らしましょう。
「あの、メイビィ導師のご専門は何でしょう?」
「……音と魔力の交互変換。自動演奏は学生たちの遊び」
「でも、素敵な音です」
「……それは同感」
ようやく、柔らかな笑みを見せてくれた。
笑顔は意外に、あどけない感じ。
でも、その笑みは一瞬で消える。
「……でもこれは、ただの機械。動力が魔力なだけ」
「素敵な発明だと思います」
「……ゆっくり、手で回しても演奏できる。これでは駄目だ」
そうなの? と、ニースに訊いてみる。
私の従者は、渋々頷いた。
「機構としては、金属の筒を回しているだけで、鳴らせるっす」
「……理想は、こうして話している声をそのまま魔石に封じ、いつでも聞けるようにしたい。まだ、夢でしか無い」
モーリシャス導師もそうだったけど、導師たちというのは、皆、こういう理想を追いかけているのだろうか。
お金を稼げる仕事を希望する私が、とても恥ずかしくなる。
「……大層な理想じゃない。私自身が、時々師匠に叱って欲しくなるだけ」
ポツンと口にしてしまってから、急に頬を赤らめる。
音を立ててローブを翻すと、後ろ向きのまま、メイビィ導師は言ってくれた。
「……あの三人組に手を貸すのは業腹。でも、私の意思で君を守る仲間になろう」
「ありがとうございます」
お礼を言ったものの、私は首を傾げてしまう。
いったい導師たちは、何から私を守ってくれようとしているんだろう?
間もなく私は、それを知ることになる。
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