09 導師もいろいろ
どうやら、ポーション熟成の肝は、樽の材質と徹底した温度管理であるらしい。
ほんの数日で、荒ぶり始めたポーションに、成功を確信する、
「セイシェルのおかげさ。これで俺の卒業も何とかなりそうだ」
「私ではなく、ここまで短時間で正解を導き出した、皆さんが凄いです!」
私が何となくで見つけた答えを、きっちりと理論づけて再現する方が大変。
何とか『
メロディの美意識が炸裂して、展示の仕方は大改革を必要としているけど、きっと間に合わせるはず。いざとなれば、先輩方に付与して、作業時間の短縮を図る奥の手も有るのだから……。
そんな賑やかな教室の音が、不意に消えた。
異変を感じて振り返ると、ドアの所にお客様が二名。
淡い紫の髪の上品なお婆ちゃまと、成人指定が入りそうなお色気風味のお姉様。
それぞれ、ワイン色と朱色のローブを着ているから、導師様? 魔道士なのは間違いなさそうだ。
「モーリシャス導師様……どうしてこちらへ?」
ブーケットさんが、珍しく慌てて、お婆ちゃまの方へ駆け寄る。
上品だけど、どこか茶目っ気を感じさせて、お婆様と言うよりも、お婆ちゃまという感じがする。偉い方なのでしょうか?
「カバーナが一緒とは、珍しいな」
モルディブ導師が、ちょっと嫌そうにお姉様に眉を顰めた。
蜂蜜色の髪を悩ましげに掻き上げて、口元だけで笑った。
「ええ、珍しく目的が一致したの」
「そうね……先触れを出したら、きっとモルディブ君に誤魔化されてしまいそうだもの」
涼しい顔で納得し合う二人に、モルディブ導師はがっくりと肩を落とした。
そして、まずメロディを呼んだ。
「メロディ。師匠が来てくれたなら、先にお前さんを紹介して置かにゃならん」
「モルディブ師の下で学んでいる、メロディと申します」
呼ばれたメロディは、綺麗にカーテシー。
なぜ? と言いたげな美貌に、詳細を告げられる。
「モーリシャス導師は……俺の師でも有る。この魔法学園の前校長で、今は非常勤顧問。専門は植物全般で、お前が参考にしている『植物誌』の元を作り、今でも中心となって編纂を続ける、その道の権威だ。いずれ紹介するつもりだったが……」
「あら、この綺麗なお嬢さんも、植物を専攻するの? 何を目指すのかしら?」
「実家の所領が寒冷地で、雨量や日照の関係で限られた作物しか商売になりません。ですので、品種改良をして……と、考えています」
「あら? ひょっとしたら、あなた……クラビオン伯爵のお嬢さん?」
「え……どうして……」
いきなり、言い当てられたのだろう。珍しくメロディの言葉が乱れる。
モーリシャス導師は、懐かしそうに少女へ微笑む。
「あなたはお祖母様似なのね。面影が有るわ。……植物の植生を調べるのに、昔、クラビオン領へも足を運んだのよ。そう……まだその問題を解決できていなかったのね」
「はい……ですから、わたくしが何とかできればと」
唇を噛むメロディの肩に、そっと掌が乗せられる。
慰めるように、先人は語った。
「簡単切り替えはできないと思うけど、畑作に見切りをつけた方が良いかも知れないわ。土地に適した栽培方法を見極めて、そちらから作物を選ぶの。魔法は、味を整える方向で使う方が近道だと思うわ」
「ありがとうございますっ」
感激した孫弟子に抱きしめられて、小柄な老女はその背を慈しむように撫でた。
雲を掴むような気持ちで、植物誌をチェックしていたメロディが、初めて示された具体的な道筋だ。それは私が思う以上に、大きな道標かも知れない。
モルディブ導師って、自主性を尊重するあまり、訊かないと教えてくれない所が有るから……。
素直に感動して見ていると、セクシーなお姉さんが私に歩み寄ってきた。
身構えてしまうけど、私は逃げられない。
「で……この娘が、噂の付与魔道士さんね?」
噂の……と言われても困ってしまう。
あの筋肉バカ……もとい、ロボス導師が何か、触れ回っているのかしら?
困惑の私に、モルディブ導師が助け船を出してくれる。
「そいつは、俺の同僚で同窓生のカバーナ導師だ。雰囲気は独特だが、根は悪い奴じゃない……と思う。専門は、調教だったか?」
「馴致です! 私はテイマーよ? 調教と馴致では、違い過ぎるでしょう」
「鞭を振り回して、調教する方が似合いそうだがな……」
「何ですって?」
「よしなさい。生徒たちの前で、みっともないわよ。……まったく、いくつになってもこれだもの」
呆れ顔で、モーリシャス導師が割って入る。
同窓生という事は、モーリシャス教室で、モルディブ導師と、カバーナ導師は一緒に学んでいたという事?
それはそれで、凄い風景のように思えてしまう。
「で……どっから漏れたんだ?」
腕組みをしながら、モルディブ導師は、ジト目でカバーナ導師を見る。
セクシーなお姉さんは、サバサバと髪を掻き上げた。
「筋肉バカがハイテンションだったから、何かあったのかと締め上げたの。……あっさりと吐いたわ」
「あのバカ……黙ってろと言ったのに。よりによって……」
「ふふ……っ。相変わらずロボス君は、色仕掛けに弱いのね。いくつになっても、あなたたちは変わらな過ぎよ」
懐かしげに、老導師は微笑んだ。
このお婆ちゃまの教室は、どれだけの導師を排出したのだろう?
前校長だと言っていたけど、その身分以上に人徳が有りそうな人だ。
モーリシャス導師は腰を屈めて、私と目線を合わせて微笑んだ。
「初めまして……私はモーリシャス。モルディブ君の弟子なら、私の孫弟子になるのね」
「初めまして。セイシェルと申します。お逢いできて光栄です」
ササッと、ブーケットさんが椅子を持って来て、私のデスクの側に座らせる。
導師二人に、メロディに、先輩方と、ぞろぞろ集まってきてしまって居心地が悪い。
モーリシャス導師は、ポーチから、大豆サイズのマドレーヌを四等分したような形の、褐色の種を出して、私の前に並べた。
「実はお願いがあって来たのよ。この種子の中で、発芽できそうな種は有るかしら?」
何の種子だろう? 生命力はあまり感じられない。
導師の師匠にあたるなら、きっと私は拒否する必要はないだろう。
僅かな息遣いを感じる種子を四つ、選り分けた。
「四つも有るのね?」
何も無い中から、水差しを取り出して種子に水を掛ける。
このお婆ちゃまも、収納魔法の持ち主のようだ。
私は魔法のタクトを取り出して、本気で発芽をさせにかかった。
発芽以前に、この種子は生きる力が足りてない。まずは、生命力を付与してやる。
それから、種子に水を吸わせて、生命力を開放してやった。
たった四粒なのに、かなり手強い……。何でこんなに虚弱なの?
ようやく種子から伸びた根や、芽に力が入り過ぎないように慎重に付与してゆく。
やっと安定した時には、魔力の使い過ぎで、私の方がぐったりしてしまう。
「ふぅ……早く栄養の有る土と、お陽様の光を。これ以上は、魔法では無理です」
「……準備はできてるわ。まさか、本当に……」
モーリシャス導師は、魔法の収納から、インク瓶くらいの、土を入れた窪みの有るボードを取り出して、そこに発芽した種子を植えた。
もう、普通の草の芽くらいには、安定していると思う。
ぐったりしている私の様子を見て、カバーナ導師が魔力回復のポーションを下さった。有り難く飲み干して、一息つく。じんわりと、魔力が戻ってくる。
キラキラした目で、小さな芽に笑顔を輝かせていたモーリシャス導師は、同じ眼差しを私に向けて、約束してくれた。
「御免なさい。この種子は、学術的にも貴重なの。私はすぐに植物園に行かなければいけないけど……。もし、本当に困ったことがあった時には、私に相談なさい。あなたを匿ってあげることくらい、できると思うから」
そっと、頭を撫でてくれた掌は、とても優しい。
お婆ちゃまはスキップでもしそうな足取りで、教室を出て行った。
……匿うって何? 私って、危険人物なの?
「師匠は相変わらずだな。筋金入りの研究馬鹿だ」
「当たり前でしょう。モルディブ君、今の種子に見覚えが無いとは言わせないわよ?」
呆れ顔のモルディブ導師を、色っぽいお姉さんが睨みつけた。
そう言われた導師は、不思議そうに首を傾げている。
これ見よがしの溜め息は、当てつけでしょう。
「あっきれた。ロボス君でさえ、覚えていたのに……」
「あの筋肉バカが? そんな種子って……まさかアレだったのか?」
「当たり前でしょう? そう思い当たったから、ロボス君は、師匠に連絡を取ったの。その時にアドバイスを受けたお礼の本の入手に、私が手を貸して……だから、この娘の存在を知ったわけ。繋がったかしら?」
「納得した。……あの筋肉バカにしては、的確な本を選んだと思ってたんだが、師匠のチョイスかよ……」
話が見えない私は、キョトンとしているだけ。
苦労はしたけど、そんなに貴重な種子だったの?
頭を掻きながら、モルディブ導師が説明してくれた。
「ありゃあ、先史時代の遺跡から見つかった……今は存在しない植物の種子だ。アレの発芽と、栽培は、俺らを教える前からの師匠の宿願の一つだよ。お前……俺が思っていた以上にとんでもないな」
それなら、あの浮かれ方も、慌てっぷりも納得ができちゃう。
道理で手強いわけだよ……。
「手強い……で済ませちゃうんだから。これで本当に野良? ……みたいね」
私の手元の本を見て、カバーナ導師が肩を竦める。
はい。基礎魔法の本を読んでます……。てへ。
「昔からモルディブ君は、異才の魔道士を見つけるのが得意だったけど……。これだけアンバランスな娘がいたなんてね」
「他の導師連中は、付与魔道士だと知ってても、まさかここまでとは思ってねえだろうな」
「男子は迂闊だからね……。師匠がその気みたいだから、仕方ない。どこまで隠し通せるか解らないけど、私も手を貸すわ。……メイビィにも声をかけないと」
「……『委員長』まで巻き込むか?」
「師匠がその気なのだから、嫌とは言わないでしょ。あの娘の正論は、最強の盾なんだし」
「大事になってきたな、こりゃあ」
「最初から、大事でしょうよ。あなたすら、気付かなかっただけで……」
何だか、お二人の呼称が学生時代に戻ってます。
その会話を聞いている先輩たちやメロディに、唖然とした顔で見られているのですけど。
とても居た堪れない気持ちなので、何とかならないでしょうか?
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