07 魔法談義

「パスタにベーコンを加えられるなんて、贅沢っすね」


 私と向かい合って、フォークを使うニースが頬を緩める。

 先日の買い物の、大きな成果の一つだ。チーズやベーコンも安く買うことができたので、食卓が少し贅沢になった。野菜や卵、ミルクなどの生鮮食品は、塔に納入されるものを分けてもらえる。

 使用人のニースが一緒に食事をしているのは、時間の無駄を省く為。私より数倍することが多いのだ。食事時間を分けても、仕事の進みが遅くなるだけで、何も良いことはない。

 エプロンやドレスも、急いで仕立ててもらわなくてはならないのだ。

 無駄な時間を使っては、いられない。……それに、一人で食事をするのは寂しい。

 パスタだけの昼食の後片付けを終えたら、午後の教室へと車椅子を押して貰う。

 男子学生先輩たちは、下働きの用意した簡単な昼食で済ましているらしい。

 ブーケットさんとメロディの昼食は、長い。


 先輩たちは、私が一番荒ぶる所まで付与したポーションを、成分分離させようと頑張っている。何しろ、私の感じ方だけが全てで、分析しても結果が見えないのだ。全てが手探りの作業となってしまっている。


「これ、どっちが荒ぶってる?」

「……こちらです」

「そっちか……」


 こんな調子でも、少しづつは絞れてきているそうな。

 しばらくは、勉強の合間に『荒ぶり探知機』になるしかない。

 荒ぶりの素を見つけたら、その成分の枷を外して、私が付与したように、好きなだけ荒ぶらせる事ができたなら……。醸造方法が確立すると、考察しているらしい。

 その成分分離の知識すら無い私は、今日はルーン記号の書き取りを諦めて、いつでも手が止められるように、『初歩の魔導機』の本で学んでおく。

 本来は、十歳くらいで学ぶものらしい。

 まだまだ、追いつくまでが長いなぁ……。

 ニースは開放して、自分のお仕事に戻ってもらう。必要なら、デスクに置いた呼び鈴を鳴らせば、すぐに来てくれるから。


 ふむ……単機能のものを『魔道具』と言って、複数機能を合わせて動作させるものを『魔動機』と言うのね。

 例えば、私の机に置かれている『呼び鈴』。

 これを鳴らすと、対になっているニースの耳飾りから音が聞こえて、どこにいても呼び出すことができる。これは『魔道具』。

 例えば、お部屋に備わっている小型氷室。これは、温度を下げる機能と、設定温度に維持する機能を併せて使用しているから『魔動機』になる。

 その魔法的機能を実現する為に描かれるのが、魔法陣。

 魔法陣を構成するのが、私が懸命に書き取りしているルーン記号。

 これを創造したのは、先史文明という、今ではもう存在しない大昔の文明。

 そんなに進んだ文明が、どうして滅びちゃったのかは謎。……魔法に頼りすぎて、太って病気になっちゃったのではないか? というのはメロディの考察です。


 そのメロディも、せっせと階段を使って戻って来た。

 先人の書いた『植物誌』を読みながら、品種改良をしてでも栽培したい、お高く取引されている作物を探している。時々メモをするかのように、羽根ペンが動く。


「セイシェル、これはどっち?」


 意気込んで先輩たちが、試験管を二本持って来る。

 私も確かめてみたんだけど……。


「……両方?」

「両方なのか……それも有りなのか……」

「今回の手順では分離できなくて、両方に含まれてる成分……ってことも有るさ、ディディエ。……もうひと頑張りだ」

「おぉ……」


 申し訳ないけど、嘘を吐くわけにもいかない。

 ポーションの成分を分離させるにも、どれだけ方法が有るのだろう?

 まだそんな知識など無い私だけど、ダメ出しだけはできてしまうのも結構辛いです。

 間違いなく、この教室で一番魔法の知識が無いのに。


 先輩たちの方を見ていたら、目の合ったジョルジュが手招きしてくれる。

 でも、私は一人では動けない。手を広げて首を振ったら、車椅子を押しに来てくれた。


「おいおい、お嬢様方は自分の研究準備中だろう?」


 最上級生のグラムスが、注意する。

 三年の期間は、長いようで短い。早めに研究対象を決めないと、あっという間に時間切れになるそうな。……普通の娘は、ね。

 私に限っては、まだ基礎学習なので余裕があったりします。

 最悪は卒業してからも、お金になる魔導機の勉強を続ける手も有るかも。


「どうせなら、分離実験をしながら見てもらった方が早いんじゃないかな?」


 地顔の良いジョルジュは、気取った感じで提案する。

 納得の提案らしく、特に反対の声は無かった。

 机の上では、栓をした容器に入れた薬品を炙りつつ、そこからいろいろガラス管が伸びている。これは何をしているのでしょう?


「蒸留中だよ。熱して気体になる温度の違いから、成分を取り出してる所。たどり着くまでのガラス管で冷やして、こちらの容器に液体として貯めてるんだ」


 なるほど……そんな方法も有るんだ。

 感心してしまうんだけど……申し訳ないことも伝えないと駄目かな。


「途中ですけど、この液体……荒ぶってないです」

「だぁっ! バーナーの温度を上げろぉ!」

「途中で解って、良かったじゃないですか……」


 自分の髪を掻き毟るディディエを、ジョルジュが慰める。

 そういう考え方も、有りますね。


「話は違うけど、セイシェルの付与魔法ってどんな感じなの? 無限に付与できたりするのかな?」


 リスたちの定期チェックを終えたリックが、話に加わってくる。

 そんな便利なことが、できるはずもない。


「相手の身体の限界がありますから……その範囲内で付与する形です」

「身体の限界って、解るものなの?」

「何となく、感じるだけですよ。ポーションが荒ぶってるのと同じ感じ方……と言っても解りづらいですね」

「となると、やっぱりセイシェルも、『野良の魔法使い』なんだ」

「何ですか、その猫みたいな呼び方って?」


 それに答えてくれたのは、グラムスだ。

 彼自身も、私と同じ『野良の魔法使い』らしい。


「誰に教わったわけでもないのに、自然と魔法を覚えてしまった者の事さ。魔法学園は、王国が魔法使いたちの存在を把握する為の、ライセンス制度の産物だからな。自然発生する魔法使いを、ライセンスで縛って、その存在を把握しないと安心できないんじゃないか?」

「皆さん、先生について習ったのではないのですか?」

「そんなお貴族様みたいなこと、一部の金持ちでないと無理だよ。だから……多分セイシェルの入学試験の時も同じ状況だったろう? 炎一つ出すのに、詠唱したり、無詠唱だったり、指を鳴らすだけだったり」


 確かに、そう。

 メロディは無詠唱だったけど、いろいろなやり方があって、驚かされた。


「王国は、それを統一する気は無い。ただ、魔法使いをライセンスで紐づけして、その能力を管理登録したいだけだって、証拠だな」

「そんな事をして、何か意味があるのでしょうか?」

「管理して、給料を払ってでも、戦争の際には指揮下に収めたいんだろう。こっちとしては、御免被りたい所だがな」


 ひとりでは身動きもできない私なんて、絶対に戦争に向かない。

 どういう扱いになってしまうのかしら?


「また、グラムスの悲観主義が始まった。セイシェルは、話半分ぐらいに聞いておけばいいって」


 ジョルジュは、軽く笑い飛ばした。


「魔法と偽って、詐欺やインチキな薬を売られても困るから、ライセンス制も悪くない。魔法学園に入学できなかった人たちには、残念だけど」

「多いからな……魔法の水と偽った、ただの汲み水とか。魔法の薬と偽った、薬草を煎じた薬とか。ライセンスの有無で逮捕できるなら、物の効果を調べる必要すら無い」


 珍しく、無口なエンツォも口を挟んだ。

 大なり、小なり、被害は多いみたい。

 魔法学園に入学していることもあってか、皆ライセンス制には賛成してる。

 私としても、正式な魔道士と認められれば、大手を振って魔法で商売ができる。

 ひとりでは身動きすらできない私が自活できる、数少ない道だ。

 それにしても……。


「えっと……今抽出してしているのも、荒ぶってないです」


 盛大な溜め息が、蒸留試験機を湿らせた。

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