06 学祭準備

 その朝は珍しく、モルディブ導師が朝から教室にいた。

 先日、クッキーの菓子鉢が置かれた中央の丸テーブルに、生徒たちは椅子を持参で集められた。ここは導師の講義に使われる聖域だそうで、公共のもの(お土産のみんなの為のお菓子とか)以外は、置いてはならない決まりだそうな。

 一人増えているメイドさんたちが、お茶のカップを配って男子学生先輩たちを恐縮させている。

 ニースと同じくらいの年回りのメイドさんは、ブーケットさんの侍女。

 お茶が行き渡った所で、物足りなそうなメロディが、頬袋……じゃなかった、魔法の収納から焼き菓子を出す。

 マーサが一人一人に配って、メイドさんたちまでちょうど人数分だ。

 私もひと齧りしたら、頬が蕩けた。ナニコレ、美味しい。

 無造作に口に放り込んだ導師は、目を見開いてからメロディにサムアップする。

 一呼吸入れてから、声を張った。


「お前ら、すっかり忘れちまってるようだが……。『星月祭ほしづきさい』の登録締切は明後日だぞ? 何をするのかは決まったのか?」


 あちゃあっと言う顔の先輩たちに、へぇと感心顔のメロディ。全く解らずに首を傾げるのは、私だ。

 それを見て、リスの先輩こと、丸眼鏡のリックが教えてくれる。


「『星月祭』というのは、毎年星の月の中頃に開かれる魔法学園の、対外向け研究発表会のことだよ。大きな商会や王侯貴族の集まる場で、各教室が研究成果を発表するんだ。……それによって、秋の収穫の時期に教室にスポンサーが付いたり付かなかったりで、懐事情に関わる大事なお祭りなんだよ」


 うん、収入はとても大事なことだ。

 とはいえ、各自がバラバラな研究をしているモルディブ教室は、どうするんだろう?


「去年、一昨年とヨハン君が自動人形の研究をしていて、素人受けする展示ができたんだけど……卒業しちゃったものね」


 おっとりと、ブーケットさんが溜息を吐く。

 今の所、一番研究の進んでいるのは、どなたなのでしょう?


「しょうがない。グラムスの酒で酒場の出店でもするか?」

「やめてくれ、未成年飲酒で退学にされちまう」

「自覚あったのかよ……」

「だったら、何でそんな研究してるんだ?」


 慌てるお髭の三年生に、総ツッコミ状態だ。

 法令上は、十六歳以上、なおかつ学生以外となってたはずです。


「ディディエのポーションは?」

「病人でも出ないと、ただ瓶が並んでるだけだからなぁ……」


 それはそれで、縁起でもない。

 二年生も、リックはリスの飼育員状態だし、エンツォの攻撃魔法は、実践してみせるのも物騒。ジョルジョのスパイスは、まだお料理の分野だそうな。


「一年生に期待されても困りますよ?」


 目線に敏感なメロディが、予防線を張る。

 彼女は研究する農作物を選んでいる状態だし、私はルーン記号の書き取りをして、綺麗に書けるように頑張ってる段階。

 発表どころか、お題目にもなりません。


「今直ぐに出来そうなのは、リックのリスたちを借りて、触れる小動物園くらいか」

「それのどこが、魔法学園の発表だ?」


 学生たちの結論に、導師が頭を抱えた。

 個性豊かな研究では有るけれど、改まっての発表向きでは無いですね……。


「導師は何か、ネタを持ってませんか?」

「馬鹿野郎。俺がメインの発表してどうすんだよ……」


 ウンザリと導師が、カップのお茶を飲み干した。

 なぜか、メイドさんたちを制してブーケットさんが、おかわりを注いでる。


「発表無しだと……どうなりますの?」

「それはね、メロディ。……教室の予算が削減されて、研究費が減るということだよ」


 それは、あんまりだ!

 ニースのお給料や、ドンキー君のご褒美に影響してしまう。

 私にできることが、何も無いのが辛い……。

 どうして誰も、導師の魔導器研究を引き継いでないんだろう?


「去年まではヨハン君がいたし、今年からはセイシェルがいるじゃない」


 そうでした。私は魔導機で、お金を稼げるようになるのでした。

 ただ、現状はまだ、魔法学園レベルで無いだけです。


「一番現実的なのは、ディディエのポーションか……」

「だから、地味すぎると言ったろう? グラムス」

「何も出さずに研究費を削られるよりは、スポンサー獲得を諦める方がマシだ」


 投げやりなセリフに、みんなして頷いてしまう。

 お金は大事。研究費削減、反対。欲しがりません、スポンサーまでは。

 変な標語が、ふわふわと頭の中に浮かんできてしまう。


「そもそも、ポーションの何を研究しているんだっけ?」

「最初はいろいろやってたけど、今はグラムスに刺激を受けてポーションの醸造かな?」

「醸造して変わるの……すぐに使いそうなものだけど」

「少なくとも、味はまろやかになる。他にもいろいろ……な」


 その一言で、みんなの視線が怪しげになる。……でも、それで行くしかないと諦めた。

 お金は大事。参加することに意義が有る。


「登録タイトルは『ポーション醸造の可能性』くらいにしておくか……」


 無言という名の賛同。

 先輩、それで卒業は大丈夫なのでしょうか? 少々不安になります。

 とりあえずは、ディディエ先輩の机に移動する。

 まずは現状確認が……かなり大事な気がします。


「そっちはグラムスの酒だから、間違えないようにな」


 並べ積まれた小樽を、きっちりわけ直す。

 基本的なポーションを蒸留したり、醸造したりと、蒸留酒のように処理して、効果の違いを研究している……らしい。

 樽の中も焦がしてみたりと、やってることは蒸留酒造りと大差が無いような?

 最長の二年物のポーションを、試験管に注いでもらう。

 鮮やかなグリーンのはずのポーションが、芳醇な琥珀色に……。


美味うまそうでは……あるな」


 魔力測定器にかけてみたら、平均的なものより一.0五倍……微妙。

 このくらいは、調合者の技術差レベルと変わらないような。

 分析機にかけても、特に目新しい効果はなさそう。

 琥珀色のポーションを見る、先輩たちの目が冷めて行く。


「ゆとりある大人の熟成ポーション……という触れ込みで高級品扱いで販売するか?」


 乾いた笑いが溢れた。

 それなりにキャッチーな、ウリ文句が欲しい所です。


 みんなの所から、ブーケットさん、導師、メロディと回って、最後に私に渡される。

 うん、香りも悪くないかも。


「セイシェルの方で、何か悪戯できない?」


 悪戯って、あのね……。

 液体にまで、何かしたことはないです。

 でも、なにか荒ぶってますよね、このポーション……。ものは試しで。

 気が済むまで暴れさせてみたら、どうなるのだろう?

 タクトの先を試験官に当てて、暴れたがってる子に付与してみる。

 しばらく暴れていたけど、ようやく満足したのか落ち着いた。


「セイシェル……何かできたか?」


 ニヤニヤしながら、導師が見つめていた。

 こっちも笑って誤魔化します。


「解りませんけど……安定させただけですよ?」

「それが曲者だ。もう一度分析してみな?」


 私の手を離れた試験管は、もう一度分析機に掛けられる。

 変な結果が出なければ良いけど……。


「えっ……病気緩和の効果が付いてますけど」

「よっしゃ! 研究方針は間違ってなかった!」


 などと、ディディエはガッツポーズなのだけど。

 導師は訝しげに私を見た。


「セイシェル、何を感じて、何に付与をしたか解っているか?」

「いえ……なんだか荒ぶってる感じだったので、気の済むまで暴れさせて、満足させただけですけど」

「だよなぁ……」


 導師は癖のある褐色の髪をかき混ぜて、顔を顰める。

 うん、勝手にショートカットさせて、ゴールに着いちゃっただけですよね。


「まあ、良い。とにかく、ゴールに着くことは解ったんだ。お前らは、協力してその道筋を探せ。……セイシェルによれば、暴れたがっている成分が抑えられちゃっているんだろうから、それを探して、枷を外す方法を見つけろ」

「彼女に頼んでは、駄目っすかね……?」

「馬鹿野郎。『付与魔術で解決しました』じゃあ、セイシェルがいねえと再現できねえだろうよ……。お前の代わりに、セイシェルが卒業するだけだ」

「それは困ります! 私とニースとドンキー君の三人が路頭に迷ってしまいます!」

「いや、俺も卒業できないと退学だし……」


 何とかするしか……いえ、何とかしていただくしか無いようです。

 私には付与はできても、そこに至る知識が何も無いのですから……。

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