05 お買い物
魔法学園の学生は、学費を取られるどころか、逆に研究費の名目で幾ばくかの給料がもらえる。学生の研究とは言え、世の役に立つことが多く、経済的な理由でそれを中断することなど無いように……との配慮だ。
更に、実績のある教室などはスポンサーが付いて、研究費にも色がつく。
モルディヴ教室は? と言うと
「ウチは導師が、魔導機で稼いでいるから……」
と、大体三割増くらいで戴けた。
せっかくなので、足りないものや必要なものを買いに行こう。と、メロディと一緒に王都の街に出かけた。
「何が便利と言って、セイシェルのロバ馬車よね。これなら大きなものも、重いものも持って帰れるわ」
と、メロディが花のような笑みを浮かべる。
逆に私とニースは、王都のお店を知らないから、メロディとマーサが頼りだ。
マーサは最初は不思議そうに、今は楽しそうにドンキー君を眺めてる。パワーを付与されたドンキー君は、足取りがリズミカルで軽い。
近隣の農家が、中央広場に露店を出すために荷車を曳かせることはあっても、ロバ馬車などは前代未聞だろう。結構人目を引いてしまう。
「セイシェルは何を買いますの?」
「何よりも、エプロンを作る布地が必要ね。ニースのはもちろん、私も最近はエプロンドレスで教室に行くようになったから、多めに必要」
ブーケットさんじゃないけれど、作業着としては本当に有用だ。
今のところは書き取りを終えた木板の表面を削って、またルーン記号の書き取りに使えるようにするくらいだけど、作業の汚れはエプロン交換でオーケーなのは本当に楽。
ニースが頑張って洗濯をしてくれるけど、数は有るに越したことはない。
あとは、正式な場に出る時の為に、余所行きの服を誂えておけと厳命されている。
なぜ、私にだけ? と思ったけれど……。
メロディは他所行きで無い服を、着ている方が珍しいタイプだ。最近こそ、私と同じエプロンドレスで教室に出ているけど、生地の色艶が、どう見ても作業用ではない。
私なら充分他所行きなのだが、彼女は作業服であると言い張る。
良く有る、生活レベルの違いです。
「念の為に確認しますけれど、他所行きは夏服と冬服の二着必要ですからね?」
「これから夏に向かうのだし、夏服だけで良くない?」
「王都は夏でも、雨が続くと肌寒くなるのよ」
お金は大切です。
メロディ基準にすると、とてもじゃないけど買えやしない。マーサにお財布の中身をぶっちゃけて、それらしく見える洋品店を教えてもらう予定。
どちらにしても、車椅子生活の私の場合、スカート部分を大きく手直しする必要があるから、ニースに頑張って縫い上げてもらうしか無い。
スカートの後ろを、ガーターベルトが見えてしまうくらいまでカットしたデザインにしないと、逆に収まりが悪くなるのだ。私のスカートの後ろを見るのは、ニースだけだから、多少はしたなくても問題はないでしょう。
頑張ってお金を稼いで、ニースの為にも、ミシンくらい買えるようになりたいものだ。
まずは菓子店から始めるのは、さすが貴族令嬢。
教室へのお土産クッキーを、まず選ぶんだけど……お高過ぎない?
目を丸くしていると、私の財布の中を教えてあるマーサが、お嬢様に助言してくれる。
「男性が多いので、綺麗に揃えたものより、量がたんと有る方が喜ばれますよ」
納得のメロディと協議して、割れ物大袋セットを折半する。これなら、リス君たちにもお溢れが行くかな? お値段もドキドキする程度で済んだ。
メロディが好むお店なら、味の方は確かでしょう。
私は、綺麗な大瓶に入ったキャンディセットを買う。宝石みたいに綺麗な飴玉だから、ニースと分け合って味わおう。私が教室で熱中して暇な時とか、密かに口に入れられる大きさが、実にニース向きだ。
メロディは、様々なお菓子を購入しては、収納魔法に放り込む。リスの頬袋みたいと笑ったら、ほっぺを膨らませて抗議する。……ほら、そっくりでしょう?
ようやく満足したのか、洋品店に移動する。
私はとてもではないけど、仕立てられるレベルのお店では無い。
メロディにとっては馴染のお店らしく、その間にマーサを開放して、必要なものの買い物に出した。お小遣いも渡して、私的な物も買えるようしているのは、流石だ。
私も、お財布代わりになるIDカードをニースに預けて、ロバ馬車で同行させよう。
ここで買うのは、私はドレスの型紙のみ。
詳しいサイズはニースが伝えて、スカートの切り上げ部分をアレンジしてもらう。
仕立てはニースが頑張ってくれるけど、デザインだけは流行り廃りも有る。生地に関しては、マーサに紹介してもらって、もっと庶民的なお店で購入するしか無い。
私は採寸室のテーブルで、のんびりとウェルカムティーを嗜みつつ、友を見守る。
ミルクを垂らさなくても美味しい紅茶なんて、生まれて初めてだったりする。きっとお高い茶葉なのだろうなあと思いつつ、役得を楽しませていただこう。
「ねえ、このドレスにはこの色と、この色……どちらが似合うかしら?」
「う~ん……。メロディの髪色からして、ピンクのグラデーションの方かな?」
積極的に口を出さないと、このお嬢様は両方買ってしまう。他所様のお金とは言え、お値段を予想すると心臓に悪過ぎる。
オリエンテーションの時の言葉も本心だろうけど、この金銭感覚もメロディ本来のものなのでしょう。マーサが間に合わなかったら、この娘も素肌にシーツで教室に現れていたのではないかな?
「最近は、この様に肩口を膨らませた袖が流行なの。このタイプのスカートは、そろそろ廃れかけているかしら」
歌うように言葉にするのは、きっと私に教える為。
流行りのモードを版画にしたファッション通信を取り寄せて、暇さえあれば眺めているのは、こういう時の為なのだと解った。
ドレスには、流行りがついて回るのだそうな。
追いかけるには、相応の財力が必要。今は無難なものを選び、制服のローブで隠すようにして誤魔化しましょうか。
……ずっと、そうなりそうな気がするけど。
マーサとニースが戻って来て、ようやくメロディのドレス発注が終わった。
ひょっとして、戻って来るまで発注が続くという、恐ろしい仕組みだったの?
後々に、マーサにこの辺りの事を訊いてみたのだけれど、長女のメロディが大量にドレスを作らないと、妹たちが本当のお下がりしか着られなくなるそうな。一度も袖を通していない新品を、妹たちの体型と流行に合わせて仕立て直す、新古のドレスという贅沢。
王都の一流店の生地だから、布地そのものは高級品だもの。
仕立てた際の歯切れのようなものも買い取って、後のお直しに使うそうな。
妹姫たちの為の、趣味と実用を兼ねた贅沢。
倹約だけじゃ、可哀想だものね。
帰りのロバ馬車は、荷物でいっぱいだ。
ドンキー君には、リンゴのご褒美を先渡しして頑張ってもらう。
塔に帰ったら、今度はニースとマーサにタクトを一振り。
「あら、急に力持ちになっちゃったわ」
と、はしゃぐマーシャを微笑みながら、主である私とメロディは見ている。
一通り荷物を放り込んだら、私とメロディは教室に移動させられて、その間に片付けるそうな。
教室の中央に、ドシャっと菓子鉢に山盛りにされたクッキーを、目敏く真っ先に嗅ぎつけたのは、ブーケットさんだ。
「あら? アルヌーのクッキーを山積みなんて、豪快ね」
匂いだけで、お店の名前まで当ててしまうのは、さすがに元御令嬢。
ひと齧りして、蕩ける笑みを浮かべると先輩たちが寄ってくる。
慌ててササッと取り分けたのは、導師様の分でしょうね。
男子は物のお値段を気にせずに、『美味いもの』と分類したら、あっという間に食べ尽くす生き物のようだ。
「お菓子なんて、何年ぶりだよ。……やっぱり女子がいると違うな」
素直すぎる感想に、メロディと顔を見合わせて笑ってしまう。
うん、マーサの見立て大正解。
私は隠し持っていたキャンディを口に放り込んで、ルーン記号の書き取りに戻った。
……甘い。
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