04 先輩たち

「セイシェル。ここの図書館の蔵書、凄いわよ!」


 借りてきた分厚い本を、三冊も侍女のマーサに持たせて、メロディが華やいだ声を上げた。初日の夕方にようやく到着した侍女は、どうやらメロディの乳母であったらしい。彼女に向ける笑顔だけは、幼く見えてしまう。


 私はと言うと、まだまだ中央図書館の本を借りるレベルではなくて、ブーケットさんから借りた魔法陣のルーン記号の本を見ながら、記号の書き取りをしてる。飽きたら、初歩の魔法の本を実践したり、初級の本で魔動機の仕組みを覚えたり。初めての魔法の勉強を楽しんでる。

 おかげさまで、やっと炎の出し方を覚えられた。

 これで入学試験の後ろめたさが……って、君は誰?


 私の机の上にリスが一匹。

 気持ち良さそうにデスクライトを浴びて、ヒマワリの種を齧ってる。


「おい、リック! リスが脱走してるぞ!」

「しっかり管理しろよ、逃げられたら大ごとだ」


 先輩たちが騒いでる。君も脱走組なのかな?

 魔法学園の先輩が管理しているということは、ひょっとして魔法のサムシング持ち?


「三匹足りない! すみません、手分けして捕獲を!」


 小柄な丸眼鏡の先輩が、慌てて叫ぶ。

 あのプランターみたいなのは、この子達のお家だったのか。

 あら可愛い、リスを頭に乗せたメロディがオロオロしてる。


「先輩、このリスは毒があったりしませんよね?」

「ないない、普通のリスより知能が高いだけだ」


 君は、そういう子なんだね。

 どうせ、私が追いかけても捕まらない。それならと、机でのんびりさせてやる。

 逃さない事の方が、大事だろうから。


「お嬢、チーズなんていかがっすか?」

「ネズミのお仲間みたいなものだから、食べるかしら?」


 チーズの欠片をあげてみたら、美味しそうに食べる。

 ニースのエプロンのポケットには、いろいろな物が入ってるのね。

 他の二匹は、追いかけられて、教室狭しと駆けずり回っている。


「そちらに行きました!」

「こっちに来るなよ! 試薬を倒したらどうすんだ?」

「リック、網を貸せ!」


 大騒ぎしながら、半包囲を徐々に狭めてゆく。

 リスたちは、私の机を安全地帯と見たのだろう。呑気にかぶりついてる子から、チーズの欠片を奪う。


「大きめなんだから、仲良く食べなさい」

「セイシェル……何を餌付けしてますの?」

「いいチャンスだ。そのまま逃さないようにしてくれ」


 じわじわ近づいてくるけど、そんなに殺気を出したら逃げちゃうよ?


「ちゃんと捕まえますって。……ニース、潰しちゃ駄目よ?」

「了解っす」


 タクトをひと振りして、素早さを上げる。

 軽く頷くと、疾風のように動いたニースは見事に、三匹ともまとめて素手で捕まえた。


「早く何か入れ物を。この子達が可哀想です」

「これにどうぞ」


 リックさんと言ったかな? この子達の飼い主が、スライド蓋の付いたガラスケースを持ってきてくれる。

 三匹仲良く、箱の中へ。せっかくだから、さっきのチーズの欠片も入れてあげる。


「このメイドさん凄え……よくあのリス共を三匹素手で」

「凄いのは、お嬢ですって」


 ニヤッと笑って、ニースが下がる。

 私は慌てて、タクトを隠した。


「まさか、あいつらを馴致テイムした?」

「あたいの素早さを上げてくれたんっすよ。リスたちが懐いたのは、お嬢の人柄でしょ」

付与魔道士エンチャンターって、これほどのレベルの娘だったの?」


 丸眼鏡のリックさんが、目を丸くする。

 他の先輩たちもどやどやと集まってきてしまう。一週間も知らん顔だったのに、いきなり、何ですか?

 逃げ出したくなったリスたちの気持ちが、少しだけ分かります。

 メロディまで、追い打ちをかけないで下さい。


「モルディブ導師は付与魔術だけなら、すぐに導師推薦しても通ると仰ってました」

「マジか……導師は評価が辛いので有名なんだぜ」

「結果的に、リックのリスたちには感謝だ。ようやく新入生のお嬢さん二人と話すきっかけができたんだから」

「何すか? それ?」


 ジト目で見るニースに照れながら、手入れの悪そうな長い金髪を後ろで束ねた先輩が、悪びれずに笑った。


「俺たちは入学してから、ずっと男所帯だったからなぁ。急に女子二名が入ってきたら、接し方も解らなくなるって」

「しかもどっちも貴族令嬢だって言うし……極端過ぎるだろう」

「女っ気なんて、おっとりゆるゆるのブーケットさんしかいなかったのに、凛とした美少女二人。いったい、どう接しろと」

「入って来た時から、女子同士で仲良さげで、割り込みづらかったもんな」


 妙に肩の荷が下りた感じで、喋り出す。

 こちらも声をかけづらかったから、お互い様なのだろう。


「私はメロディと申します。こちらは侍女のマーサ。まだ初めたばかりですが、魔法進化による植物の品種改良を研究したいと思っています」

「私はセイシェル。こっちは侍女のニース。付与魔法はお金にならないと聞いたので、将来のためにお金になる魔導機の作り方を覚えたいです」


 こういう時は新人からだろうと、メロディに続いて私も自己紹介をする。


「あぁ、確かに付与魔法は金にならないなぁ……」


 と、素直な感想をありがとうございます。

 やっぱりそうなのかと実感できました。導師の誤魔化しではなかったのですね。


「俺はディディエ。三年生だ。専門はポーションの改良や開発だ」


 手入れの悪い金髪を束ねた、細身長身の頼りなさげな人。

 もう一人の三年生は、丸々とした童話のドワーフのような髭男。


「俺はグラムス。同じく三年生。専門は……大きな声では言えないが、蒸留酒の開発だ」

「僕はリック。二年生で、生物進化の研究中」


 法律上、飲酒は魔法大学を卒業してからだ。

 慌てて、丸眼鏡でリスのケースを持ったリックが、自己紹介を被せる。

 二年生は、他に二人。


「……エンツォ。二年。攻撃魔法の効率化を研究中」

「私はジョルジュ。同じ二年でスパイスの研究をしている」


 無口そうな人がエンツォさんで、一番服装に気を使っていそうな人がジョルジュさん。

 侍女はいないのかと首を傾げたが、皆平民の出であるらしい。


「導師は、その年の受験申請の書類を見て、一番面白そうな受験生のいる会場に行くのが、お決まりのようなものだから」


 ジョルジュが肩を竦めると、ちらっとメロディが私を見た。

 ちょっと失礼ではないかと思う。

 ついでに、先輩たちの研究を見せてもらおう。

 リックのプランターに似たケースの中には、リスが戻されて七匹になった。チーズの欠片も一緒に入れられたものだから、みんなで取り合いしてる。可愛い。


「こういう所は普通にリスだな」

「だいぶ、知能は上がってるんだけどなぁ……」


 エンツォのデスクは、計算式を書き殴った紙束だらけだ。

 ラフに描かれた図を見ると、魔法の収束や拡散を計算している様子。詳細は不明。

 ジョルジュの机は、反対に小瓶と天秤が並んでいる。ツンと来る香辛料で、メロディがくしゃみしかけたら、慌ててデスクを覆っていた。

 三年生二人のデスクが、一番魔法学校のイメージに近いのではなかろうか?

 蒸留装置や、濾過器、バーナーなどが置かれ、怪しげな試薬っぽい小瓶が立ち並んでいる。

 似てはいるが、方やポーションを研究しており、方や蒸留酒の研究らしい。

 熟成中の小樽がいくつか置かれている。

 でも、なんでお酒?


「どんな平和な時代になっても、酒だけは誰も手放さんからな。安くて美味くて、気持ち良く酔える酒を開発して製法特許を取れば、一生呑んで暮らせる」


 なるほどと納得してしまう。将来のルートの候補に私も入れておこう。

 魔導機が難しかったら、お酒の開発をやって稼ぐ。どちらにしても、製法特許はとても大事と、心にメモしておく。

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