03 オリエンテーション

「登録が終わった。 一応制服だから、塔の中では必要は無いが、外に出る時には上に羽織っといてくれ」

「ローブととんがり帽子の色は、担当導師の魔力の色よ。フード付きの格好良いローブは、卒業して正式に魔道士になったら自分の色に染めて着られます」


 言葉の足りないモルディブ導師の不備は、助教のブーケットさんが補ってくれる。

 なるほど、導師もローブではなく、ラフな作業着姿だ。

 正式な魔道士協会のIDカードも頂いたので、特別な魔導機を使ってこれまでの扶養家族のカード内容をコピーして、新しいカードに切り替えてくれた。

 これで『家族の穀潰し』から、法的にも魔道士見習いに昇格した。

 首にかけた謎金属のカードを、感慨深く握ってしまう。


「何だ、セイシェル? お前の手持ちの本は、それだけか?」


 たった一冊。机の上に開いたボロボロの本を見て、導師は首を傾げた。

 私の身動きが不自由な都合上、メロディも椅子だけ持って来ているし、導師は背もたれを跨ぐようにして、逆向きに椅子を使ってる。ブーケットさんは秘書のように、導師に寄り添って立っている。

 他に何も無い机の上だから、古い本が目立ってしまう。


「無駄飯喰らいですから、本も買ってもらえなくて……」


 魔法の才能を試すための、本当に初歩の内容だ。

 兄から弟妹、誰も必要が無く、最終的に私の所に来た。これで魔力の集め方を覚えたのだし、自分の力が魔法によるものだと知った。……去年の話だ。


「受験申込によると……お前さんは子爵令嬢だよな?」

「はい。母の美貌を受け継いでも、肝心の下半身が何も感じず、動かないのでは、妾にも売れやしないと言われて育ってますから。……貴族の娘で結婚も怪しければ、ここまで育ててもらえただけでも、感謝してます」

「見かけ以上に、壮絶だなぁ」


 導師は飽きれるが、美形な母に最も似ていて、無駄に胸元の発育が良いという残念具合で、さんざん恨み言は聞かされてきたのだ。

 魔法学園の受験するに当たり、ロバ馬車と、ニースと、幾ばくかのお金を与えられて、追い出されるように家を出て来た。

 魔法で自活できるなら、逆に幸福な生活になるだろう。


「炎の出し方も知らなかった理由が、それで納得できたよ。で……その元、無駄飯食いのお嬢様は、この先三年で何の研究をしたいんだ?」

「……魔動機の修理?」

「何で、付与魔道士が、そんなものを目指す?」

「一番お金になるって聞いたから?」


 私の答えに、お腹を抱えて笑い転げてる。失礼な。

 こっちは、卒業後の生活がかかっているのに。


「すまんすまん、あまりにも正直すぎる理由が面白過ぎだ。……担当導師として忠告するなら、魔導機を修理するより、開発した方が金になる。生活のスタンダードになるものを開発できりゃあ、その製作権料だけで食っていけるくらいだ」

「それなら、そっちを目指します」

「素直で宜しい。ブーケットの専門が魔法陣だ。何を作るにしても必要になるから、まずはそれを覚える所から始めろ……それにしても」


 言葉を区切って、私とニースを見る。

 何かあるのでしょうか?


「侍女の方は目つきも態度も悪いし、セイシェルは気位が高そうな印象で、商売に向いてるとは思えねえけどなぁ」


 さすがに、それは失礼でしょう?

 こっちは生活がかかってますから、頑張るしか無いのに。

 苦笑しながら、こっちは無視ですか?


「で……メロディの方は何を目指している?」

「私は、魔法進化による植物の品種改良を研究したいと思っています」

「こりゃまた、ずいぶん気の長い研究だな」

「実家の所領が寒冷地なのです。……麦や蕎麦の生産は盛んなのですが、農地の広さに反して雨量や日照の関係で、品質が伴わないのです。通常の品種改良ではジリ貧で、何とか魔法の才のあった私が成し遂げないと……」

「おいおい……今年は貴族令嬢二名を選んだのに、どうしてこう……どちらも世知辛いことばかりを言い出すかなぁ」

「仕方有りません……王家の政治の安定している今は、武功による功名などありえませんから。今の領土を最大限に活かして収穫を得るしか無いではないですか」

「貴族のお嬢様なんて、『パンが無ければ、ケーキを食べれば良いではないですか?』とか言い出す生き物だと思ってたぜ」

「そのような方もいらっしゃるでしょうけど……そのようなご令嬢が、家を捨てて、魔法学園に入学すると思いますか?」

「一人いるんだが……それが普通だよな。考えを改めよう」


 導師様が顔を顰めて、頭を掻いた。それは素肌にシーツの方かしら?

 でも、いかにもな貴族のお嬢様に見える彼女にも、抱えているものが有るのだと驚く。

 同時に、家を捨てて魔法学園に入学するのって、ヤクザな生き方なのだと知らされた。

 小さく息を吐いて、導師様は微笑んで私達を見比べた。


「しかし……偶然とはいえ、面白い取り合わせになったもんだ。メロディよ、お前さんにとっての一番の僥倖は、同期生にセイシェルがいた事だろう。神を信じるなら、感謝すべきレベルだ」

「え……私ですか?」

「そう、自覚はないだろうけど、お前だ、セイシェル。メロディ……植物の品種改良の最大の問題点は、ほとんどが一年に一度しか栽培ができないことだ」

「ええ……それは自然の摂理ですから」

「普通なら……な? だが、ロバに付与魔法をかけられるセイシェルなら、その摂理を曲げちまうんじゃないか?」

「それほど……なのですか?」

「ああ……付与魔法だけなら、今のまま飛び級申請をして導師に推薦できるレベルだ。試験からここまで、驚かされっぱなしだからな」

「だったら、導師に推薦して下さい。早く魔法でお金を稼げるようにならないと、ニースと二人、飢えて死んじゃいます!」


 必死に訴える私に、導師は呆れ顔で釘を刺す。


「してやっても良いが……付与魔術師は食っていくのが難しいぞ?」

「え……そんな……」

「当たり前だ。誰かに力を貸すだけで、実際に事を成すのは、付与された者だからな。付与魔道士は増幅装置みたいなものだ。冒険者の仲間になれりゃあ重宝されるかも知れねえが、車椅子生活では、洞窟探検どころか、商隊の護衛も無理だろ?」


 言われてみればそうだ。

 お手伝い魔法な上に、あまり離れてしまうと効果が切れる。

 車椅子では、移動範囲も狭くなるのは当たり前だ。……盲点だった。


「だから、長期の手伝いを必要とするメロディの研究に、セイシェルの付与魔法は役に立つだろうし、その間はセイシェルの生活も安定するだろうよ」

「そんな……私の都合に他の方を巻き込むわけには……」

「大丈夫、使用人以下の素食に慣れてるから」


 元気良く宣言したら、慈しみの目で見られた。

 私としては、ニースとドンキーくんの生活も保証されるなら、それで充分なのに。

 大笑いしながら、導師はメロディに発破をかけた。


「頑張って三年以内に結果を出さにゃならねえのは、メロディの方だぜ。さっきも言ったが、セイシェルの付与魔法は導師級だ。本人がその気になればいつでも卒業できる。食いっぱぐれの心配さえ無ければ、な」


 うん、それは大事だ。

 付与魔法は一人前らしいから、他に日々の糧を得る魔法を学ばないと。

 私もそうだが、ニースとドンキーくんの食費も、主人として稼がねばならない。

 意外に、重責を帯びている私なのだから。


「でも……セイシェル。あなた、植物に付与魔法をかけたことが有る?」

「薔薇の切り花を頑張って、長持ちさせたことは有るかな?」

「例えば……こういう種子とかは?」


 メロディが自分の机の引き出しから、小袋を持ってきてサラッと種を私の机に溢す。

 やってみたことはないけど、試してみるしか無い。

 一番元気そうな種子を一粒選んで、ニースの用意してくれた水差しの水を数滴かけてあげる。お水が無いと、この子が成長できない。

 短いタクトを振って、心で呼びかける。


 一呼吸も待たずに、種子は発芽して根を伸ばし始めた。


「これほどかよ……」


 導師様の呆れ声がした。

 メロディも、ブーケットさんも目を見張り、口元を抑えてみるみる内に育ってゆく若芽を見ている。


「そろそろ土に植えてあげないと、可哀想……」


 私は付与を止めて、ニースを振り返った。

 何とか、将来の生活設計に目処が立ったのかも知れない。

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