02 モルディブ教室

「ロバって、こんな重さを運べるものなのですね?」

「お嬢が、いますから」


 メロディが感心した言葉を、念の為か御者役のニースが否定する。

 私、セイシェルとメロディ。そしてモルディブ導師とニース。四人を乗せた上で、私とメロディの大きなトランク。力持ちのロバでも、さすがに軽くは運べない。

 私が付与するのが癖になってしまったみたいで、魔法をかけない日には、不思議そうに自分の足の重さを確かめる時が有る。ドンキー君は、意外とお利口だ。


「ニース、後でドンキー君にご褒美のリンゴをあげて」

「癖になりますよ、こいつ」


 早々と試験会場を抜けて、モルディブ導師の案内で導師の教室に向かってる。

 教室と言っても、導師の管理する塔の総称であって、そこは学生たちの寮も兼ねているらしい。


「事情を考えると申し訳ないけど、侍女連れのセイシェルさんを羨ましく思ってます」

「部屋が決まったら、侍女を一人だけ呼んで構わんよ。貴族の子女ってえのは、一人じゃ何もできねえから……その方が寮の平和の為になる」


 ぶっきらぼうな導師の言葉に、明らかにメロディは安堵している。

 他人の事は言えないけれど、貴族の子女なんて侍女がいなければ、着替えもろくにできないだろう。それどころか車椅子の私は、ニースがいなければ身動きすらできない。


「前に寝起きで着替えができずに、素肌にシーツだけ巻き付けて出てきたお嬢様がいてな……目の毒だから、規則を変えたんだ」

「その方に、感謝します」


 メロディは、花のように微笑んだ。本当に綺麗な娘だ。

 携帯ペンセットでサラサラと手紙を書くと、紙を鳥の形に折って魔法の発動体の指輪で触れる。紙の鳥は、命あるものの様に何処かへ飛んで行った。

 手紙の魔道具は、とても便利なものだ。


「そう言えば、導師様の専門は何でしょう?」


 まだ尋ねていなかった。メロディも興味を向ける。


「俺か? 一応……魔導機が専門だが、その為にはいろいろな事に首を突っ込まなきゃならんから、結局は何でも屋だ」


 私は、チラッと鍛冶の心得のあるニースを見る。

 本人は、知らん顔でロバを操っているけれど、聞き耳を立てているに違いない。

 導師は改めて私達を眺めて、楽しそうに告げた。


「だから生徒たちには、薬草屋もいれば、攻撃魔法屋もいる。お前さんたち二人も、学びたいことを勝手に研究すれば良い。三年後に、結果を残して論文をまとめりゃあ、晴れて国家認定の魔道士になれるだろう」


 国家認定の魔道士になれれば、魔法で生計を立てることが許される。

 薬師になるも、魔法塾を開いて後進を育てるも、自由だ。法にさえ触れなければ、どんな仕事をすることもできる。

 魔道士は貴族待遇では有るが、元々貴族の子女である私たちにとっては、格下げのようなもの。何の利点にもならない。

 宮廷魔道士とかに出世すれば別なのだろうけど、まあそんな事は無いだろう。


 尖塔群の中でも一際低い、夜空の色の屋根の六階建てがモルディブ教室らしい。

 ロバ馬車に面食らう馬丁に、馬車を預ける。

 私を乗せた車椅子を軽々下ろしたり、車輪の付いた私のトランクの上にメロディのも乗せて、車椅子に固定して押してゆくニースに、いちいち驚くメロディが新鮮だ。


「セイシェルのように、気軽に付与魔法を使う方を見たことが有りません」


 なんて言うけれど、私は当たり前のことをしているだけだから困る。

 あまり人前には出せない境遇だから、私の世界が狭いのかも知れない。


「あら、導師様。お早いお帰りで……」


 ドアを開くと、メイド服の女性がお出迎えしてくれた。

 導師にはちょうど良さげな年回りだし、いつも微笑んでいる感じの美人さんだ。もちろん胸もふくよか。導師の侍女さんでしょうか?


「勘違いするなよ。……こいつのメイド服は趣味だ。助教として、俺のいない時は学生の研究を見てもくれるブーケットだ」

「趣味なんて、失礼な。作業着として、メイド服は完成されているのですよ? 汚れたらエプロンや袖、襟を変えれば清潔感が保てますし、汚れは目立ちませんし」


 ブーケットさんの言にいちいち頷いてるのは、ニース。納得できる理由のようです。

 それから、改めて私たちを見る。


「今年の新入生は、綺麗めの女子二人なのですね。教室が華やぎます」

「ここ数年は、男所帯だったからな。……先に、この二人を部屋へ案内してやってくれ。荷物があっては邪魔だ」

「はーい」


 ブーケットさんの良いお返事にも背を向けたまま、手を振って魔法陣に乗って上階へ消えて行く。

 定番だけど、塔の主の居室は最上階なのでしょう。


「簡単に塔の説明をします。一階は応接室と、下働きの居室です。教室は塔の五階。最上階は導師様と私の居室があって……」


 思わず、私はメロディと目を合わせてしまう。

 私達の驚きに気づいたのか、ちょっと訂正が入った。


「共通の研究室がある関係です。私と導師様のお部屋は別です……まだ」


 小声を聞き逃すはずもなく、苦笑してしまう。

 頑張ってください。


「ですので、二階、三階、四階が学年ごとの寮になります。以前は毎年、上の階に移っていたそうですが、今は面倒なので、空いた階に新入生が入ります。……あなた方は四階になります」


 ブーケットさんの起動した、昇降魔法陣に乗る。

 ……下からスカートの中を覗かれる危険は無さそうな、魔法陣の光具合ですね。


「部屋は、二人で話し合って決めて下さい。各部屋に侍女の部屋も付属しています。私が入学した年から……何故か侍女を伴う許可が出たんですよね?」


 裸身にシーツで出てきちゃったのは、この人ですか。

 さぞかし男性陣を慌てさせたであろうことは、そのプロポーションからも窺えた。

 ……あれ? すると導師様は、何歳から教室を持っていたのだろう?

 本人は、首を傾げながら教室へ上がって行った。


「セイシェルは、昇降機側の部屋をお使い下さい。私は階段を使うことが多くなると思いますので……」

「嬉しい提案ですけど、それでよろしいの?」

「ええ……魔法は時に、女子を堕落させますもの。……主に体重面で」


 可憐な御令嬢は、悪戯っぽく笑う。

 私は納得顔で、先にメロディのトランクを運ぶように二ースにお願いした。

 まだ、彼女の侍女は到着していない。

 本当にトランクを部屋に置いただけで、メロディと教室に上がる。


 そこは、いかにも魔法の研究所らしく、乱雑で、勝手気ままな場所になっていた。


 ある者は分厚い本を読み耽り、またある者はプランターの植物に当てる光を調節している。何やら蒸留実験をしている者もいれば、何かを組み立てている者もいる。もう一人は、何をしているのかすら解らない。

 唖然とする私達の隣に並ぶと、ブーケットさんは良く響く音で手を叩いた。


「はい。注目。……今年の新入生が来ましたので紹介しまーす」


 手元の作業を止めて、とりあえず視線だけは、こちらに集まった。

 何だろう? 嫌悪はもちろん、興味も無い感じで……ただ眺めてるだけ?


「これより、こちらにお世話になることとなりましたメロディと申します」


 可憐にカーテシーを決めてメロディが自己紹介。

 私は、そんな事はできる身体ではないので、ちょこんと頭を下げる。


「セイシェルです。よろしくお願いします」

「そちらメイドさんは違うの?」


 プランターの照明を調整していた先輩? が、首を傾げる。

 私は慌てて付け加えた。


「彼女はニース。私がこんな身体ですので、手足となってくれています」

「じゃあ、今年の新入生は二人なの?」

「はい。メロディさんと、セイシェルさんの二人ですよ」


 にこやかに答えるブーケットさんの笑顔に、学生たちは素早く動き始めた。

 それぞれが机の脇に置いていた箱の中のものを、三つ空いていた机の一つに、我先にと移し始める。


「物置にしてはダメですよ~」


 注意するブーケットさんの言葉が終わる前に、机の縄張り争いが終わったのか、山積みの机を残して、それぞれが作業に戻っていった。


「私が片付けちゃ、マズイですかね?」


 メイドの習性か、小声でニースが訊いてくる。

 何となく、苦情が来そうな気がするので、しばらく静観を指示しておく。

 でも、この教室の緊張感は何かしら? 

みんな無言で手元に集中してる。

 まあ、初日ですから。


「残り二つの机を、それぞれで決めて使ってね」


 魔法光のデスクライトも付いてるし、採光の問題が無いなら拘る理由も無い。

 それぞれ、手近なデスクを自陣とする。

 壁に向いて配置されてるとはいえ、充分に周囲に実験のスペースも作れる。私には贅沢すぎるくらいだ。

 車椅子も机の下に収まるし、高さもちょうど良い。


「ここが私の席で良いのね?」


 メロディはくすっと笑うと、何も無い空間から分厚い本を取り出して並べ始める。

 続いて、ペンやら何やらを次々と……。


「あら? メロディさんは収納魔法を使えるのですね」

「容量は少ないですけど、勉強道具くらいは運べます」


 ブーケットさんは感心するけれど、そんな魔法を初めて見た私は、目を丸くするばかり。

 世の中には、いろいろな魔法が有るのものですね。


「お嬢の勉強道具を持って参りますので、しばらくお待ちを」


 耳打ちして、ニースが階下へ足を早めた。

 することのない私は、のんびりと教室の中を見回した。

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