ふよふよ~付与魔道士は全て他人任せ~

ミストーン

魔法学園篇

01 入学試験

「ここは魔法学園の入学試験会場だぜ? お前ら、来る所を間違えてないか?」


 ロバの曳く馬車の客室を無遠慮に覗き込んで、門番が鼻で笑った。

 車椅子に座った私は、皮肉の一つでも言い返してやろうと思ったけど、先に御者をやっていたニースが爆発した。


「おっちゃん、あんたこそ頭は大丈夫か? 騎士様の試験会場ならともかく、魔術学校の試験は、座ったままでも魔力があれば充分だろう?」


 収まりの悪い水色の癖っ毛を、何とかメイド帽に押し込んだ、そばかす娘が一気に捲し立てた。

 今は御者の真似事をしているが、服装から見て解る通りに私のレディメイドである。

 時々育ちの悪さが出るけど、彼女が怒るのはたいがい私絡みだ。問題は多い娘だけど、私の信頼は変わらない。

 言いたいことは、みんなニースが言ってくれたので、扇を広げて冷ややかに微笑む。

 魔法学校に入るのは、神殿に入るのと同じ。家を出たとはいえ、貴族令嬢の矜持まで捨てるつもりはない。


「だいたい……何の酔狂でロバに馬車を曳かせてるんだよ?」

「このドンキー君が、可愛いからに決まってるでしょ? そんな事も解らないのかしら?」


 無駄な時間を食ったとばかりに、鼻を鳴らして馬車を動かす。

 もちろん、それはニースの優しい嘘だ。

 私が幼い頃に、好奇心から馬に乗って振り落とされて、腰から下が動かなくなってしまった。そんな経緯もあって……実は馬が怖いのだ。

 小さく気の優しいロバのドンキー君をニースが連れて来てくれてから、私の移動はこのロバ馬車になった。

 預かり所にロバ馬車を預けると、後方ドアが開かれる。


「では、お嬢……参りましょう」


 車椅子の固定具を外して、レールを下ろす。

 私は小さなタクトを振って、ニースにした。

 ニースの細腕は、私を乗せた車椅子安定して支えて、レールの上を地面に下ろしてみせる。レールを馬車に戻して、後方ドアをロックした。

 ニースに押して貰う車椅子は、芝生から石畳に乗り受付を目指す。


「お嬢……石畳の揺れは大丈夫ですか?」

「あなたが仕込んでくれた板バネ、効果が有りますよ。小さなショックなら吸収してくれています」

「王都の石畳は古く、意外に揺れが多いので……効果があって、何よりです」


 やはり、車椅子の娘は目立つのか。

 興味本位の視線が絡みつく。貴族の家に生まれ育たなければ、とっくに間引かれているだろう。

 それでも生きているのだから、皆と同じ様に十三歳で道を選ぶ権利は有るはずだ。


 受付に並び、順番が来たら受験許可の手紙と、身分証明のIDプレートを提示した。

 魔道具のプレートには、まだ子爵令嬢としての自分が登録されている。合格さえすれば、晴れて魔道士見習いとして、家から離れた自分の籍が持てる。

 それこそが、自分が生きている証明だ。


「受験生セイシェル。以降はBの十二という番号で呼ばれる。B試験場で待て。それから、従者はこれより先は、同行できない……のだが」

「私は、セイシェル様の足とお考え下さい。車椅子を押す者がいなければ、お嬢様はここから動けません」

「……特例として許可する。右手を」


 メイド服の手首に、鮮やかな真紅のリボンが結ばれた。特例の証だろう。


「さすがは魔法学園の受付。門番とは頭の硬さが違いますね」

「好意は素直に受けるものですよ、ニース」

「……はい」


 幾本もの尖塔の建つ魔法学院の建物を、案内通りに進んでゆく。

 建物を回り込んだ中庭が、B試験場であるらしい。番号順の列に加わった。丁寧に刈り込まれた芝生に、うららかな陽射しが心地良い。楽しげな小鳥の囀りも聞こえて、とてもこれから、一生を決める試験が行われる雰囲気ではない。

 列に並ぶ、同じ年齢の少年、少女以外は……だけど。


「試験場の違いは何でしょう?」

「A会場は、導師様がスカウトしてきた逸材や、上級貴族の子女。……形だけの試験組で、ここは魔道士を希望する貴族の子女。C会場は平民たち。身分の差です」

「……世知辛いっすね」

「入学するまでは、身分制度が適用されるもの」


 入学してしまえば、魔法学園の学生は準男爵相当。三年の修業で卒業すれば、男爵相当の扱いを受け、以降は魔道士基準で身分が変わる。

 一切元の身分には囚われることはない……という建前だけど、実家の爵位を笠に着たりと、いろいろあるという噂だ。さもありなん。


 建物から、色とりどりのローブを纏った導師五人と、ちょっと場違いな筋肉質の男が歩いてくる。肌にピッタリとした肌着のような服を纏い、つやつやと日焼けした肌、筋肉質の身体と、魔法学園のイメージとは程遠い。

 兄たちが嫌がっていた、剣術修行の体力強化の先生のような印象。

 俗に言われる筋肉バカ? 何でまた魔法学園にまでいるのだろう。

 妙に白い歯を輝かせ、筋肉バカは爽やかな口調で語りかける。


「やあ、受験生諸君。準備は良いかね? これより入学試験を執り行う。……なぁに、試験は簡単なものだ。私に向けて炎の魔法を放つのだ。それを見て合否を決める」


 ハッハッハと豪快に笑いながら。

 受験生たちは、受験番号を宣言して、順番に炎の魔法を放つ。

 歌うように呪文を詠唱する者、無造作に放つ者、指パッチンで放つ者。どうしてこう、バラバラな流儀が有るのだろう? やり方は統一されていない割には、ちゃんと同じように魔法が放たれるのが不思議だ。

 私の番になってしまった、けど……。


「Bの十二番なのですが……炎の魔法じゃないといけませんか? わたくし、唱えたことが有りませんけれど……」

「何を言う。炎の魔法は初歩だが、誰もが必須のものだろう?」

「お言葉ですけど、わたくし……自ら炎を作り出すような環境に、暮らしておりません。ご覧の通りに不自由な身ですので、火遊びなどしたら叱られてしまいます」


 頷く受験生は多い。

 下級貴族とはいえ、使用人がいるだろうから、自ら火を起こす場面は意外に少ない。正式に魔法を習った者が、訓練の初歩として唱えるくらいだろう。

 幸か不幸か、私の魔法は自己流のものだ。炎など起こしたことがない。

 一瞬考えた筋肉バカだが、すぐに大きく頷くと高らかに宣言した。


「君の事情は良く解った。だが、これは試験だ。試験は誰しも公平に行われなければならない。さあ、初めての炎魔法を放つのだ!」

 

 頭が痛くなってくる。

 せめて、得意とする魔法を使わせて、判断して欲しい。でも、そんなことは一受験生が言えることではない。


(炎って、どうやって起こすんだろう?)


 解らないけど、とりあえず魔力を最大限に集めてみようか。

 広げた両手いっぱいの魔力の玉は、決してイメージだけではない。頬に触れるとチリチリと焼け付くようだし、目一杯の制御に車椅子も軋んでいる。

 頭の中に火をイメージして、とりゃあと押し出してみた。


 ……あ、駄目だ。


 何が足りなかったのか、盛大なボヤとなって黒煙を残して消えてしまう。

 障壁の向こうで筋肉バカが、白い歯を煌めかせて爽やかに笑った。


「残念だった。十二番失格だ」


 そんな事を、爽やかに宣告しないで欲しいものだ。

 残念、魔法学園を卒業しなければ『魔道士』を名乗ることはできないし、どんなに才能があっても魔法を使って商売することさえ、違法行為になってしまう。

 はぁ……。

 いくら美少女でも、下半身の不自由な娘に、嫁の貰い手が有るはずもない。

 幸い、貴族の家に生まれ育ったのだから、一生本でも読みながら朽ちようか……。


「帰りましょう……」


 ニースに声をかけて、後ろの人に場を譲る。

 気が重いけど、そうするしかない。


「ちょっと待った。 そこの十二番」


 声をかけられて、車椅子を止めてもらう。

 夜空の色のローブを纏った導師様が、歩いてくる。意外に若く見えるけど……。


「なあ、お嬢ちゃんよ。炎を起こしたことがないとしたら、お前さんの得意な魔法は何なんだい?」


 凄く平民っぽい雑な口調に、思わず眉間に皺を寄せてしまう。

 でも、最後のチャンスをもらえたのかも知れない。

 私は、他の受験生を見回した。……うん、あの娘が良いかな。


「あの五番の……翡翠色の髪の方に、もう一度試験をお願いできますか?」

「何だよ、そりゃあ?」

「言葉で説明するより、早いですから」


 指示を受けて、翡翠色の髪のお嬢さんが怪訝な顔をしながらも、再び筋肉バカの前に立つ。

 さっきは無詠唱で綺麗な火線を走らせて、合格した人だ。

 私は、彼女に向けてタクトを一振り。頷くと、言葉の汚い導師様がスタートの合図を出した。

 無造作に差し出された彼女の細い指先から、とてつもなく巨大な火球が飛び出した。

 筋肉バカは慌てて障壁を強化しようとしたが、間に合わずにシャツを焼いた。

 ……なぜ、誇らしげに上半身裸になるのでしょう?

 可哀想なのは、思わぬ大火球に驚いてしまった五番のお嬢さんだ。

 びっくりして、尻餅をついてしまっている。

 スカート! スカートを直して! 盛大に見えてしまってるよ。

 私の身振りに気づいたのか、慌ててスカートを整えて、恥ずかしそうに列に戻った。

 ごめんなさい……辱めるつもりは無かったのよ。

 呆然と見ていた、導師様が呟いた。


付与魔道士エンチャンターか……」

「はい。いろいろな方の手を借りないと生活できない私ですから、力や魔力を補佐したいという気持ちが、いつの間にか」

「面白いな……。ロボス! この十五番、合格に変えてくれ。モルディブ教室で預かる」


 一転合格になったようですが、そんな事ができるのかしら?


「何の為に、導師たちがわざわざ臨席していると思う? 面白い人材の取りこぼしを無くす為だぜ?」

「……でしたら、あの五番の御令嬢も確保した方が良いと思いますよ?」

「なぜ、そう思う?」

「私の付与も知らずに、いきなり大火力の炎を制御した上に、気を失うこともなく、恥ずかしそうに早足で列に帰れる方ですよ? 潜在能力なら一番じゃないかしら?」

「なるほど……納得だ。今の五番の御令嬢もこちらへ! モルディブ教室は、今年はこの二人を預かる」

「そんな事を決めてしまって、宜しいのですか?」


 まだ十人以上並ぶ、未受験者の列を見て尋ねる。

 一瞥しただけで、モルディブ導師は鼻を鳴らした。


「他は特に興味を惹かないな。俺は自分が興味を持った人材しか受け入れねえよ」


 こうして私は、生涯の師モルディブ導師と、生涯の友メロディと出逢った。

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