俺らって、一流には敵わない2

「かんぱーい!」


 奥のテーブルから元気な若い声が響いてきた。

 火曜日の夜ということもあり店内の客はまばらだ。


 ディランは声が響いてきた方向の席へ向かった。


「お疲れっすー」


 テーブル席にスーツ姿の男女が三人座っている。左手にいる男女はリクルートスーツを着ていてどこか初々しさを感じる。

 対して右手の男性はワックスで整えられた髪に少しよれたスーツ。社会人四年目といったところだろうか。


 三人はディランを見上げて口をポカンと開けた。誰?とでも言いたげな三人の表情に、ディランはサングラスをかけたままだったことに気付いた。


 サングラスを外すと、左手側の二人――今回のインターン参加者だ――がパッと笑みを浮かべた。

「佐々木くんか!」

「全然分からなかったー!」

「アッハッハ!ごめんごめん!私服で会うの初めてだもんね」


 そして右手に座る男性に会釈する。男性はまだ畏れが残った表情でディランを見上げていた。


「ハジメマシテ。佐々木です。今度のインターンで西村クンと同じグループになります」


 西村は奥の席からディランを親指で指した。


「丸田先輩、コイツがさっき話してた佐々木くんです。ビビんなくて大丈夫っすよ。俺も最初怖かったけど、意外といい奴なんで!」

「意外とってなんだよ!」


 アーハハッ!と笑い声を上げながら、ディランは丸田と呼ばれた男性の隣に腰掛ける。丸田はぎこちない笑いを浮かべながら壁側に寄った。


「面接会場で会ったんすけど、待合室で喋ってたら意気投合しちゃって。先輩と飲むって話したら会社のこと聞いてみたいって言うんで」


 西村を面接会場で見た時の、明るくて社交的という読みは当たっていた。まさかOBと繋がりがあったのはラッキーだった。社員同士の噂を聞くにはもってこいだ。


 西村の隣の女性――彼女もインターン参加者で、西村と同じ大学に通っているらしい。名前は確か冴崎さん。幼くみえるが、モデルのように可愛らしい顔立ちをしている。OBの丸田とは元々繋がりはなかったようだが、この場を通して仲良くなったようだった。


 そして本日の主役、OBの丸田――まだディランに警戒心があるようで、隣にいて視線が合わない。


「丸田先輩、佐々木くんてどうやったらサラリーマンっぽくなるとおもいます?アメリカ育ちらしくて、日本の堅いマナーが全然似合わないんです~」


 ディランの頼んだビールがやってきて再度ジョッキを交わす。


 ディランのコミュニケーション能力をもってすれば、三十分もあれば丸田の警戒心を解くのは十分だった。


「冴崎さんさ、澤田に連絡先聞かれたりしてない?」


 ディランは澤田という名前に反応した。

 丸田は顔が赤くなり始めている。もう少しかな、とディランはハイボールを追加した。


「澤田さんて、あのインターンの担当してる男の人ですよね?」

「そう。あーいつは気をつけた方がいいね!」

「どういうことですか?」

 ディランは丸田の空グラスを通路側に寄せる。

「アイツね、自分好みの可愛い子見つけると言い寄っちゃうんだよ」

「えーそんな人本当にいるんですかー?」


 ほんとほんと、と丸田はわざとらしく声を潜めた。


「二年前なんか、あいつのお気に入りの新入社員が一ヶ月で辞めちゃってさ。噂じゃ関係持って妊娠させたんじゃないかって」


 うわー、と相槌を打ちながらディランは頭の中で納得していた。

 今回の仕事。なぜ大企業の社長で資産家ではなく、ただの社員を狙うのか疑問だったが――なるほど。後ろめたさなく金をぶん取れるわけだ。


「そんな噂あるのに、人事続けられてるってすごいですね」

「ほんとだよなぁ。今まで何回か問題になってるんだけど、仕事は出来る奴だからなのか、なかなか異動ってならないんだよね」


 噂程度では被害はないということか、もしくは上層部に何かツテでもあるのか……探り甲斐がありそうなターゲットだ、と舌を巻いたところで丸田が何気なく呟いた。


「まあ、二年前の件は他の新入社員に問題があったから問題にならなかった、っていうのもあるらしいんだけどね」

「えええなんですか?」


 これは秘密だぞ?と丸田はニヤッと笑った。


「その辞めてった女子社員の同期に、めちゃくちゃ優秀な男がいて、いろんな部署のお偉いさんが舌巻いて引き抜こうと狙ってたんだけど、ある日急に会社に来なくなって……その二週間くらい後に、未発表のIR情報がネットで公開されて警察沙汰になったんだ」


「私それニュースで見たかも。ネットじゃ産業スパイじゃないかって噂もありましたよね」

「そんな怪しい人が新入社員にいたんですか?」

「俺もそいつと会ったことあるんだけど、全然怪しくないんだよ。物腰柔らかくて、頭の回転早くて、でも堂々としててさ……」

「わあ、絵に描いたようなエリート。しかもイケメン?」

「顔もまあ整ってる方だったかな。身長は低めだったけど……そんな事件があったからさ、君たち社内うろつくときは気をつけてね?セキュリティ強化とか言って、社員証がないと部屋の出入りできないから!」


 ディランは心の中であっちゃーとつぶやいた。事前にマネから聞いていた情報から変わっているようだ。隙を見て澤田のデスク周りを探ろうと思っていたのだが、難易度が高いかもしれない。


 作戦練り直しかなー、と楽しそうに団欒を続ける丸田達をよそに、ディランはそっと水を頼んだ。

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