俺らって、一流には敵わない3
哀は高く登った太陽を見上げ目を細めていた。その顔に日差しが右半分だけ差し込んでいる。
変な日焼けしそう……けど動けない。
哀がいる場所は、オフィスビル前の広場に停めたキッチンカーの中。ちょうど十二時を回り、ちらほら会社員がビルから昼休憩へ繰り出してきたところだ。皆、哀とキッチンカーの窓に貼られたメニューをチラッと見ては通り過ぎていく。
「空いてます?」
そんな中財布片手にやってきたのは、長身でリクルートスーツ姿の男性。下ろした前髪のせいか身長の割に幼く見える。
哀は思わず笑みが溢れた。
「思ってた以上に初々しい社会人感出てるね」
ハハハ!と豪快な笑い声が広場に響き、何人かのサラリーマンの視線がこちらに集まる。
それを気に留めず、ディランは「ケバブサンド」と言って人差し指を立ててから声を潜めた。
「セキュリティ厳しくてビックリだよ。俺が入れるのはセミナールームだけで、他の部屋には入れないの」
「チキンとビーフはどっち?不便だね。彼とは話せてるの?」
「チキン。話せてるよ。ていうか話すしかないからね。ガンガン行ってるよ」
「まだ四日目なんだし飛ばしすぎんなよ?辛いの好きだっけ」
「うん。思いっきり辛くして。いいペースだと思ってるよ?あぁこれ、経歴とか一番連絡取ってるお友達の情報ね」
ディランは千円札に紛れてメモを哀に手渡した。
哀は何気なく受け取り、代わりにケバブを差し出した。
「はいどーぞ。でも何でそんなにセキュリティ厳しくなったわけ?」
「ありがとう。二年前に社内機密が外部に漏れて問題になったんだって」
「へえー……二年前」
哀は思わず手を止めた。
ディランも真っ直ぐに哀を見つめさらに声を潜める。
「うん。先週飲み会で社員の一人から聞いたの。それから何人か知り合いに聞いてみたんだけど、結構知ってる人多くてさ。
内部情報持ち逃げした社員、偽名使っててまだ捕まってないみたい。噂じゃ、『ピノ』っていうコードネームの産業スパイなんじゃないかって……って、うわ、赤すぎない?」
「思いっきり辛くしてって言ったのはそっちでしょうが。ハイこれお釣り……他に何かご注文は?」
哀の質問に、ディランはニヤッと笑って指を振った。
「アレが欲しいな。『急速充電器』」
「あぁ了解。明日には用意するよ」
軽く手を挙げると、ディランはターンしてオフィスの方へ戻って行った。
ディランの影に隠れて見えてなかったが、その後ろには列ができていた。ディランの長身が目を引いたのだろうか、列に並ぶ人々はその長身の後ろ姿を視線で追いながらメニュー表にわらわらと近寄ってきた。
胡散臭いケバブ屋には誰も来ないと思っていたから意外だった。いらっしゃいませ、と努めて爽やかな笑顔を作り哀は客を呼び込んだ。
――それから十三時を回るまで、人が絶えることはなく哀は慣れない接客に徹するのだった。
そして十五時。店じまいをしようとキッチンカーの外に出ると、広場前の横断歩道を渡ってくる佳樹の姿が見えた。
佳樹は怠そうな足取りで歩きながら哀のキッチンカーをまじまじと見つめた。
「よーぅ。調子どう?」
「好調だよ。臨時収入にしてはいい方だね」
「あー……ケバブの売り上げじゃなくて、ザワ君のほう」
「ザワ君てなんだよ」
「どうよ?!ディランとザワ君の調子は」
澤田のサワねと合点がいった哀は、ターゲットに下手なあだ名付けんなよ、とメニュープレートで佳樹を小突いた。
「まぁディランのことだからね、コミュニケーションには困ってなさそうだよ。セキュリティが面倒って言ってた。あぁあとあれ、『急速充電器』欲しいって」
ディランの伝言を伝えると、佳樹は目を丸くして大袈裟に驚いた。
「あいつもうその段階まで距離詰めてんの?!早えなァおい!」
「アイツは凄いよ。んでこれもね」
ディランから受け取ったメモを佳樹に渡し、哀も一緒に覗き込んだ。
くねくねした癖字のメモ書きの同じ箇所を目で辿っていく。
出身地と学歴。大学から上京しているらしい。交友関係は意外と狭く、頻繁に連絡を取っているのは大学で知り合った友人三名。
それから……と続きを目で追った二人は思わず顔を見合わせた。
「ザワ君て土地と別荘持ってんの……?マジもんの金持ちじゃん」
「お気に入りの女の子連れ込んだりしてんのかな」
「うッッわ!ヤラシィ~!」
「なんで嬉しそうなんだよ」
ニタニタ気持ち悪い笑みを広げる佳樹に眉を顰め、哀はそのままオフィスビルを睨み上げた。
「一流企業に勤めて不動産収入あって若い女の子を追いかけ回すのが趣味って……エゲツない人事担当だな。
「やっぱりその道のプロって嗅覚がスゲェよな。
今回のクライアント、やっぱり一流の詐欺師だったんだよ。知ってる?『安達兄妹』って」
「うわ!通称『アイドルより怖い沼』と呼ばれてるあの伝説の信用詐欺師?超大物じゃん」
「俺なんか億万長者の社長狙いでいいじゃん!とか言ってたの、アホだよなァ」
「あぁお前は一生アマチュアのど底辺だよ」
佳樹は哀の毒舌をものともせず、てかさァと話題を変える。
「曽良に『急速充電器』を頼んで、俺らで別荘見にいこうぜ」
「あぁいいね。このあと直接行く?車あるし」
「いーじゃんいーじゃん!ドライブしようぜ、キッチンカーで」
「ケバブ食いながらな」
ケタケタと成人男性二人の楽しそうなはしゃぎ声が広場に響いた。
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嘘吐きたちの人形遊び 柚希ハル @yzk_hr482
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