始まりの脅迫と俺らの約束5
荒らされたドールハウスを片付けて、部屋をいつもの状態に戻せた頃にはすっかり夕飯の時間を過ぎていた。
冷蔵庫を物色していた琉愛が残念そうな声を上げた。
「あーぁ。今日はスパイスカレー作ろうと思ってたのに。予定狂っちゃったな」
「琉愛も疲れてるでしょ。今日は出前取ろう。マネさんも食べてくでしょ?」
「ピザ取ろうぜぇ、ピザ!」
叶楽の一声でピザに決まり、四十分後にはLサイズのピザ四枚とスナックがテーブルに並べられていた。
流石に頼みすぎでは……と思った矢先、曽良が叶楽を小突いていた。
「頼みすぎだって!叶楽責任持って食えよ~!」
「大丈夫だろ!冷凍しときゃ保つんだから!」
その時自室で休んでいた琉愛が戻ってきて、何の前触れも無しに「あ!」と声を上げた。
「誰かさ、廊下に足跡付いてたのみなかった?」
ドール達が首を横に振る中で、マネが手を上げて自分のスマホを取り出した。
「僕、見ました。これですよね?」
「マネさん写真ナイス!これこれ、みんなに見てもらいたくてさ」
玄関からリビングに行くまでの廊下にあった足跡だ。
「あの倉庫にいた奴のじゃないの?」
「うーん。多分、種類が違うんだよね。あの人はスニーカー履いててさ。でもこの足跡、スニーカーっていうよりエンジニアブーツって感じ。わざわざ履き替えるとも思えないんだよね」
「つまり、誘拐犯はもう一人いたってこと?」
「うん。だって考えてみてよ。俺とマネさんの二人を気絶させて運ぶの、一人じゃ流石に無理があると思うんだよね。それで俺、あの現場にもう一人隠れてるんじゃないかって気にしてたわけ」
ちょっと貸して、と哀が写真を持って廊下に出ていき、ガタガタと靴箱を漁る音がしてから一分しないうちに戻ってきた。フローリングの模様から大体のサイズが推測できたらしい。
「一番近いのが曽良の靴だったよ」
「俺が二十六センチ。平均よりちょっと大きめだね」
「ディランて足のサイズいくつ?」
「俺二十八センチだよ。身長も百九十センチあるから、俺よりは小さいね」
うーん、と七人は揃って首を傾げた。
「つってもなァ、足のサイズだけじゃ絞れないよなァ」
少しの沈黙が流れ、ディランが小さく手を挙げた。
「犯人が二人いたとしてさ、なんでマネさんと琉愛を狙ったんだろうね?」
「それは多分、俺がヒョロくて弱そうだからじゃない?マネさんも裏方だし……ん、ちょっと待てよ?『狙った』ってことは俺らの特徴を知ってて、今日のあの時間にここが二人だけになることを知っていたってことになるよね?」
「そういえば……曽良さんに電話する時も指名してましたよね。佳樹さんではなく、曽良さんにって」
「佳樹だと思い通りにならないってことを分かってたんだ?」
「つまりもう一人の犯人は、俺らドールの個性を一通り知ってる奴……?」
佳樹の推測に、ドール達は互いに目を見合わせてから同時に「いやいや」「そんなわけないって」と何かを否定した。
「誰か、思い当たる人がいるんですか?」
ドール達が接しているとなると、クライアントよりもターゲットの可能性が高い。
だが一つの仕事に六人全員が関わることなど滅多にないし、それぞれの特徴を捉えられるほど深く関わることがまずあり得ない。
言いづらそうに、佳樹が重い口を開いた。
「いるじゃん。一人だけ。マネさんも含めて俺らのことを知ってて、このドールハウスにも来たことがある人」
マネの脳裏に、狼のような鋭い眼差しが浮かんだ。
「マコトさん……」
確かにマコトならばドール達との付き合いも長く、それぞれのことをよく知っている。
ドールハウスも知っているから見張りを立ててマネと琉愛だけになった瞬間を狙うのも簡単だ。
もしくは、あの男に情報を売った可能性だってある。
ドール達はもう一度「いやいやいや」と首を振った。
「ちょっと信じたくねェよな。でも、マコトさんならできちゃうんだよ」
「でもさ?俺らが殺しの依頼受けないことはマコトさんも知ってるはずだし」
「でも、だからこそいつもの頼み方じゃなくて、二人を人質に取って脅したって考えられるよね」
「うーんでも!……あのマコトさんだぜ?」
今度は六人揃って「うーん」と唸る。
「もう一人の犯人がマコトさんだとしてもさ……俺らを騙すメリットってなくない?」
「騙したというより、試したって捉えてみたらどう?他にも依頼先の候補がいて、殺しの依頼を受けた方と今後付き合っていくとか」
「……そしたら今の状況ヤバくない?」
「そしたら俺ら……もう勝ち目ないよなぁ」
「いっそのこと、マコトさんに直接聞いてみるのはどうです?」
すると、ドール達は気まずそうに目を逸らした。
「できるならそうしたいけど、俺らマコトさんの連絡先知らねェんだよ。ディランですら、何回かチャレンジしてんのに毎回断られるんだよな」
「マコトさん、絶対にプライベートなこと教えてくれないの」
拗ねたようにディランが口を尖らせる。意外だった。あの交友関係の広いディランでさえ連絡先を知らないのなら、余程マコトは人間関係を狭めているのだろう。
「そこまで徹底するって、マコトさんは一体何者なんですか……」
「わっかんないよねぇ。『お前らは知らなくていい』って言っていつも教えてくれねぇもんなぁ」
「まあ、これはあくまで妄想でしかないけど、個人経営の情報屋っていうよりは、何か組織の一員だったりしそうだよね。よほど闇が深くて、俺らじゃ溺れちゃうくらいのでっかい組織とか」
「犯罪組織とかね。それか敢えて警察関係者だったりして。見えないところで悪と戦ってるかも」
「琉愛それは厨二すぎ」
引き攣った笑みを浮かべる佳樹を尻目にマネは眉を顰めた。
「どうしてみなさん、そんな危なげない人と付き合えるんですか?」
秘密が多く表立った行動をしない仕事。
抽象的だが、マコトが裏の人間であることは言うまでもない。
その手の人間はトカゲの尻尾のように人を使う。もしドールが仕事で失敗したらそれっきりなのだろう。
「マネさんは心配しすぎなんじゃない~?マコトさんが『そういう人』って決まったわけじゃないんだし」
重い空気を掬い上げるような曽良の間延びした声に、他のドール達も顔つきを変えた。
そうだよな!そうだそうだ、と縋るようにお互いの顔を見て大袈裟に頷き合っている。
「今回の件だって琉愛の思い過ごしであの梅川の単独犯行の可能性だって残ってる」
「えー、でもあの靴は?」
「梅川が現場着いて履き替えたのかもしれないじゃん」
「まあ……そういう説もあるか」
琉愛はいまいち納得していない表情で引き下がる。マネも何か言おうとしたが、ドール達は逃げるように目の前のピザに話題を変えていた。
「でもあの梅川って奴、なんで大学の理事長なんか殺したかったんだろう」
そして遠くへ視線を投げる琉愛の呟きは他のドール達の話し声に掻き消された。
***
マネは帰り際、道端で誰かに電話をする曽良を見た。猫背気味の後ろ姿を街頭が照らしている。今日の疲れのせいか、曽良の姿が小さく見えた。
「もしもし。お疲れ様です」
口ぶりから目上が相手だと言うことが伺えたので、曽良のバイト関係だろうと推測できた。
しかし――「伝えたいことがあって。マコトさんに」
その名前を聞いて、マネは思わず足を止めた。
先程、ドール達はマコトの連絡先を知らないと口を揃えて言っていた。
つまり曽良は嘘をついていたということになる。
なぜだろう。ドール達やマネをマコトに会わせたくなかった……?
「今日の件、結構疑われてますよ。いいんですか?うん……そっちは順調だけど」
言葉と端々からは会話の詳しい内容は分からなかった。マネは息を殺して曽良の話し声に耳を澄ませた。
「いつまで嘘ついてればいい?もう少し……そうだね。ハイ、承知です」
曽良は通話を切って長いため息を吐く。
それから何かと葛藤するように数秒間頭を抱えていた。
マネは街頭の影に隠れてドールハウスに戻る曽良の背中を見据えた。
曽良は嘘を吐いている。
事情があるのか知らないが、マコト側に付いているのは確かだろう。
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