始まりの脅迫と俺らの約束2
琉愛さん、と小声で呼ぶと琉愛は虚ろな表情で意識を戻した。
横たわった状態から起きあがろうとして、両手両足を縛られていることに気付いたようだった。
かく言うマネも同様の状態で身動きが取れなかった。
「マネさん。怪我は大丈夫?」
「あぁはい。僕は大丈夫です。琉愛さんも気分どうですか?」
「俺も多分平気。ここどこだろう……マネさん分かる?」
マネは首を傾げる。琉愛の真似をして耳を澄ませ、匂いを嗅ぐと、微かに潮の香りがした。
「海の近くですかね」
「そうみたいだね。日が落ちてないから、そんなに時間も経ってなさそう……ってことは近くの倉庫街かな」
琉愛の言う通り、二人がいる場所はどこかの倉庫の一角のようだった。
二人の側には大きな木材が高く積み上げられていて、出入り口までは見通せない。
背後のガラスからは夕陽が差し込んでいる。
夕陽が二人の前に置かれたドラム缶を照らし、その上に置かれた黒い目出し帽を浮き上がらせた。
コツコツ、と足音がして木材の影から男が一人出てきた。中肉中背、少し老け顔の二十代といったところだろうか。
男は片手にスタンガンを持ち、もう片手にマネのスマホを持っていた。
「これでドールに電話をかけろ。お前達は人質だ」
男の声からは苛立ちが感じられた。
琉愛は男の声など聞こえていないかのように、男の頭のてっぺんからつま先までじっくり観察し、そして首を傾げていた。
一方のマネは恐る恐る縛られた手でスマホを受け取り、地べたに置いて操作する。琉愛が語気を強めにマネに囁いた。
「マネさん。佳樹なら直ぐ出るよ。絶対。暇だもん」
いつもの佳樹なら必ずワンコール目ではつながらない。電話に直ぐ出てくれる相手といえばディランくらいのものだ。
だからこれは、佳樹に電話しろと言う合図。
「いや、曽良という奴に、電話しろ」
クライアント側がドールの誰かを指名することはまずあり得ない。
仕事で素性を晒すことがないからだ。
だが彼は曽良の名前も、佳樹の性格も知っているらしい。
どうやって調べた?どこから情報が漏れた?
マネは頭の片隅で考えながらスマホを操作した。
そして曽良の番号を呼び出すと、男にスマホを取られた。
曽良は十コールほどしてからやっと電話に出た。
『あ~い。マネさん?どしたの』
「……」
『えっ?もしもし?』
「お前達のマネージャーと、琉愛という男の身柄は預かった」
『は?誰?え?何?イタズラ電話なら勘弁して欲しいんだけど。バイト中だし切るよ?』
イマイチ緊張感が伝わらない曽良に苛立ったのか、男は立ち上がり琉愛に片手のスタンガンを向けた。
琉愛は顔が引き攣らせ、電話先の曽良に向けて叫んだ。
「うわマジ嫌なんだけど!おい曽良!これマジだから誘拐!俺とマネさん誘拐されたの!」
その声を聞いてやっと理解したのか、曽良の声色が変わった。
「わ、分かった信じる!信じるから二人に危害は加えないで!」
「一時間後に港近くのA5倉庫に一人で来い。仕事の話をしよう」
男がそう言い電話を切ろうとしたところで、もう一度琉愛が叫んだ。
「曽良!『荒野の番』!」
「……はぁ~?何言ってん」
曽良の反応を待たずに男は電話を切り、琉愛に向けて怒鳴った。
「余計なことを喋るな!」
琉愛は男が握りしめたスタンガンに怯えつつ口を尖らせた。そして男が歩き去ると、小さく呟いた。
「曽良のやつ、通じろよバカ」
スタンガンを嫌がっているようだが、欠伸をかます琉愛はこの状況自体に怯えているように見えなかった。
ドールの仕事をしているとこういう状況にも慣れるのだろうか。
または、さっき叫んだ伝言がそれだけ意味のある物ということだろうか。
「琉愛さん……度胸ありますね。この状況で曽良さんに伝言残そうとするなんて」
「でも通じなかったら意味ないよね」
「あれ、合言葉が何かですか?」
聞くと、琉愛はフフッと笑ってみせた。
「ううん?俺が今考えた暗号」
思いつきで喋んなよと、ここにいない曽良の声が聞こえた気がして、マネは頭を抱えたくなった。
琉愛は勘が鋭い反面、突拍子もないことをすることがある。ただ振り回されるのはいつもドール達で、マネに対してあまり我儘を言う事はなかった。彼なりの人との距離の保ち方だろうか。
「俺さ、前にも一回、誘拐されたことあるんだよね」
唐突に琉愛が呟き、窓の方に視線をやった。
窓から夕陽が差し込み、琉愛の白い肌をオレンジ色に照らした。
誘拐されているにも関わらず、この場に似つかわしくないノスタルジックな雰囲気を漂わせる。
「どうせ曽良が来るまで時間あるしさ、昔話に付き合ってよ」
曽良が来るのは一時間後。電話の様子だといつものバイト中のようだったから、ひょっとすると間に合わない可能性だってある。
間に合わない場合にマネ達がどうなるのか――そんな危機感は琉愛から一切伝わってこない。
「構いませんが……珍しいですね。琉愛さんも他のドールの皆さんも、自分の話なかなかしないのに」
「でしょ?なんかデジャヴでさ。前の誘拐の時は身代金の要求だったの。
俺、実家が戦後解体した財閥の家系で、まあまあ金持ちなんだよね」
それを聞いて、驚きよりも納得した感覚があった。
その気品ある佇まいも、突拍子もない言動で周りを振り回す性格も、「お金持ちの御坊ちゃま」というレンズを通してみると合点がいく。
「学校帰りに知らない男に誘拐されてさ、暗い部屋に閉じ込められて。それはもう、一晩中怖くて怖くて。何が一番怖かったかって、親父が俺のこと見捨てて助けに来ないんじゃないかって思ったわけ」
「そんな……大事な家族でしょう」
「まあ普通ならね。でも俺、三人兄弟の末っ子でさ、バカだったし、家も変なしきたりが多くて、家族でちょっと浮いてたんだよね。だから全然、見捨てられる可能性があったの」
ケロッと自嘲気味に話しているがその瞳の奥には当時の苦悩が伺えた。
「だから色んな恐怖と戦ってたんだけど、最後は助けに来てくれたんだよね」
「お家の方が……ですか?」
「ううん?その時の仲良くしてた友達が別の友達連れて乗り込んできたの。つまり……アイツらなんだけど」
ドール達――当時はただの友達だったのだろう――が助けに来たということは、家族は通報すらしなかったということだ。
わざわざ言葉にはしていないが、それが起因して自分を見捨てた家族を離れ、ドールでいることを選んだのだろう。
琉愛にとってドールは本当の家族よりも家族に近い存在なのでは――マネの思考を悟ったのか、琉愛がマネに向かってフフッと笑いかける。
散りゆく桜のような儚さが垣間見えた。
「まあ、だからさ、なんも心配しなくていいんだよ。あいつらはちゃんと助けてくれるから」
そう言って、我儘王子は悠々と壁に踏ん反り返った。
「ま、曽良だけだと大分頼りないのは事実なんだけどね」
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