三話

始まりの脅迫と俺らの約束1


 ドールとしての日常は、琉愛にとって飽きることなく楽しいものである。


 他のドール達は個性が強くて面白いし、ドールの仕事も毎回違うから刺激がある。


 前にディランも言っていたが、性に合って楽しいからやっているのだ。


 自分で選んでいるからこそ、責任を持たなければならないこともある――たとえば命の危険とか。


 そのことは他のドール達も肝に銘じているし、マコトから仕事を受けるたびに口を酸っぱくして言いつけられている。


 だから何気ない日常のなかで亀裂が生じても、ドール達は動じずに対処できる。


 ドールハウスに帰宅し、玄関の扉に手をかけた時の微かな違和感にもちゃんと気付けた。


「……?」


 鍵を忘れたのか、リュックの底に眠ってしまったのか、とにかくすぐ取り出せなかったので、試しにドアノブに手をかけたのだ。


 すると玄関は何事もなく空いた。

 まずそれがおかしかった。


 ドール達はちゃらんぽらんに見えて、防犯意識はしっかりしている。

 鍵は基本的にかかっているはずだ。


 ゆっくりと玄関ドアを開ける。薄暗い玄関に日光が一筋差し込んでいき、照らされた床の一部に、何かが見えた。


 中に入り、後ろ手で扉をそっと閉めた後、琉愛はそこに目を凝らした。

 足跡だ。

 サイズからして男ものだと分かる。

 ドールで一番高身長のディランよりは小さいが平均くらいのサイズだろうか。


 その時、リビングの方で物音がした。忍び足でリビングのドアを開けると――


 倒れた椅子。舞い上がる埃。切り裂かれたソファ。傾いているテレビ。

 元々物が少ないが、誰かが入って荒らした形跡だとすぐに分かった。

 直ぐに階段に目をやるが、二階までは荒らされていないようだ。


 ということは、途中で帰った?もしくは、まだ――


 ダイニングテーブルに近づくと、何かの甘い香りと共に机の上の紙タバコが目についた。

 まだ火が残っているようで、ゆらゆらと煙が昇っている。ドールの誰かの吸い殻か?


「ル……キアさん」


 バルコニーへの窓が空きカーテンが揺らめいているのが見えた。その下で、マネが横たわっている。腹部を押さえていた。


「マネさん!」


 駆け寄ろうとしたが、急に足に力が入らなくなった。テーブルに手を付く。

 頭がくらくらするのは、タバコの甘い匂いのせいか。


 いや違う、この匂いはタバコじゃない。


 腕で鼻と口を押さえた時、背後に人の気配を感じた。

 振り向くと、目出し帽を被った男が琉愛に向かって腕を突き出していた。


 その腕の先にスタンガンが握られていることが分かったと同時に、首元に焼かれたような痛みが走り、視界が反転した。


「やっべ……!」


 霞む視界の中で、時計が薄目に確認できた。頭にマネの呼ぶ声が響く中、琉愛の意識は遠のいていった。


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