俺ら、いつでもマジだぜ?4


 この騒動で真夜中に叩き起こされたドール達、それも結果はカップルの痴話喧嘩というオチで、哀への当たりは強いものかと思っていたが、マネの予想は外れた。


 日が登り、誰かが階段を駆け降りる音でマネは目が覚めた。

 真夜中に病院から戻ったマネは自宅に帰るのを諦めてドールハウスのリビングのソファで一晩を過ごしたのだった。


 体を起こすと叶楽がタオルを首に掛けて冷蔵庫を漁っているところだった。


「マネさんおはよー」

「叶楽さん……おはようございます。出勤ですか?」


 話しかけながら腕時計を見る。まだ朝の六時だった。マネが帰ってきてからは三時間といったところか。


「うん、午後からね。あ、シャワー使う?」

「そうですね、借りようかな……あッ?!」


 まだ寝起きでフラフラする中、ソファから立ち上がり風呂に向かおうとしたマネは、派手に何かに躓いた。


 見ると、カーペットの上で哀が力尽きたように倒れていた。

 マネが躓いたことで哀も起きたらしく、「うぅ……」と呻き声が漏れるのが聞こえた。


「えっ、哀そこで寝てんの!体バキバキじゃん。腕は大丈夫?」


 叶楽が近付いてきて、哀の横にしゃがんだ。哀は力なく仰向けになって眩しそうに目を細めた。


「んぁ……叶楽?うん……平気」

「上で寝てきなよ。どーせみんな起きてくんの遅いよ」


 うん……と寝ぼけた様子の哀は近くの叶楽に両手を伸ばした。


 叶楽が担ぐように哀を立ち上がらせ、そのまま一緒に二階へ連れていく。足元が覚束ない哀は引きずられるようにドールの個室へ帰って行った。


 その後に起きてきたドール達は、哀の怪我の心配はしていたがその話題に触れることはなかった。


 その日は結局、ドール達はそれぞれ仕事があり、みんなが揃ったのは翌日の夜のことだった。


 マネを除いた六人での食事中、哀は恐る恐るその話題を切り出した。


「あのー……昨日のことなんだけどさ、色々心配かけて、ごめん」


「いーよいーよ。哀がモラハラしすぎて彼女が不安定になっちゃったんでしょ」

「だから言っただろ?お前のためにもやめとけって」

「メンヘラ製造機め」


 気遣うような仕草と正反対にかけられた言葉達に、哀は肩透かしを食らったようにポカンと口を開けた。


「……ビックリした。気使わせてたら悪いと思ったけど、そんなことなかったんだ」


 説明させてもらうとね?と哀はテーブルに両手を付いた。


「まず大前提なんだけど……あれ仕事だからね?本気で好きなわけじゃないの」


 一瞬、時間が止まった。

 一拍置いて全員がいやいやいやと手を振ったが、哀はそれをさらに否定する。


「いや悪いね。あれ演技なんだわ」


 引くまいと佳樹が首をブンブン振った。


「いーや!あれはガチだったろ!俺には分かる!」

「そーだよ。俺と佳樹ちゃんと見てたよ?あんな初々しい哀見たことなかったよなぁ?」


「演技だっつってんだろ」


「ていうか本気じゃないのに付き合ってモラハラして、もっとタチ悪くないか?」

「やめてくれ!」


 琉愛の追い討ちに哀は頭を抱えた。調子に乗った琉愛は無双状態で捲し立てる。


「それに仕事なら相手の女性の顔くらい、マネさんが覚えてるはずだよね。マネさんが覚えてないってことは、今の言ってることが嘘の可能性も。印象操作?」

「マネさん……!なんでこういう時に限っていないんだ……!」


 哀が頭を抱えた隣で、ディランが割り込むように手を挙げた。


「任務ならその彼女がTargetだったわけでしょ。どういう仕事内容なの?」


 哀が話すタイミングをつくってあげたらしかった。


「ディラン、本当お前は優しい奴だよ……」


 哀はそうディランに感謝し、あのね、といつもの長話を始めた。



「あの女性……優奈さんはね、とある企業の社長令嬢さんなんですよ。

 社長令嬢って言ってもそこら辺の中小企業じゃないですよ?みんなも名前くらい聞いたことある大きな、立派な企業のご令嬢な訳ですよ。具体的な社名は伏せますけど。


 でね?

 その社長さん、つまりお父様からの依頼が最初にあったわけ。


 その内容っていうのが、まあ大きい会社さんですからライバル会社なんてのもいるわけですよ。

 それで最近、うちの内部情報を探ろうとしてる奴がいるぞと、ウチの人間の周りを嗅ぎ回ってる奴がいるぞと、噂が立ったらしいのよ。


 んで社長秘書にちょっと周りを探らせたら、ライバル企業の若手超エリートが、暮柳君っていうんだけど、優奈さんに近付こうとしてるぞと、発覚したわけですよ。


 いわゆるハニートラップってやつだよね。

 しかも優奈さんは筋金入りの面食いでさ、暮柳君に一目惚れなわけ。

 内部情報なんて筒抜け状態で、会社のピンチよ。


 でも社長も大事な娘の父親ですから、あからさまに娘の恋愛沙汰に首突っ込んで嫌われたくないわけ、ってなって、ドールに依頼が来たってこと」



 一通り聞き終え、佳樹がふーんと仰け反った。


「なるほどね?哀が中間に入って、その若手エリートの暮柳君と仲良くなるのを防ごうってことね?」


「そうそう。だから俺の役目としては、どーにかして、『危険なイケメンエリート君ルート』じゃなくて『ある日出会った寡黙な美青年ルート』を選ばせることだったってわけ」


 そして無事、優奈嬢は暮柳青年ではなく哀を選んだ。

 ただやり方が強引だったせいか、優奈嬢の精神はだいぶ不安定になってしまったというオチだ。


 なるほどねぇと言った叶楽はチラッとドール達を見て、遠慮がちに口を挟んだ。


「……でもさぁ、いや、哀に文句を言うわけじゃなくて、この作戦考えた人に物申したいんだけどさぁ、いい?」


「どうぞ?」

「それ、俺じゃダメだったのかなぁ?」


 その場にいた全員が吹き出し、我慢が切れたようにそのままの勢いで哀に非難が飛んできた。

 ギャーギャー騒ぐ中で、制するように哀が挙手する。


「言っとくけどね?!ディランと琉愛はこの仕事関わってるからね?!優奈さんと暮柳君のデートで彼に恥かかせようとして、レストランの予約キャンセルにしたり、遅刻させたり、財布盗ったりしてるからね?忘れんなよ!」


「そういえば……そんなことしてたようなしなかったような……」

「財布とるのは良くないよ」

「やったのお前だよディラン」


「ていうか俺の方が適任だよなァ?!なんでお前だけ仕事で女の子とデートできんだよ!ずりィよ!!」

「んぇ……じゃあ、ルート増やせばよかったかな?昨今の乙女ゲームみたいにすればよかった?」

「そうだよ、バリエーション大事だよ。ハーフとかいたら面白いじゃん」

「ね、こんな多種多様なイケメン揃ってるって中々ないと思うけどね?ハーフいるし、マッチョいるし、ヤンキーっぽいのいるし……って思ったら普通そうな曽良がいるし」

「俺をオチに使うんじゃないよ」


 曽良が不機嫌そうに口を尖らせたが、マイペースな哀は気にせずそれでね?と話を続けた。


「俺の任務は終わったから、もう優奈さんとは縁を切って良いわけ。って思って別れを切り出したら……」


 続きを悟ったのか、佳樹が突然ワッと顔を手で覆って甲高い声で叫んだ。


「なんでそんなことゆうの!哀じゃなきゃ嫌!私のこと嫌いになったの……なんで!何がダメなの!」


 わざと肩を震わせる佳樹に、哀は思わず顔を引き攣らせた。

 手首を切った時の情景が嫌でも頭をよぎった。


「……すごい再現度。もしかして見てないよね?」

「見てない。ただ俺がメンヘラごっこ得意なだけ」


 メンヘラごっこってなんだよ、と佳樹へのツッコミを飲み込んで哀は姿勢を正した。


「おこがましいお願いではあるんだけどさ。彼女と円満に別れるのに協力してほしいです」


 哀が頭を下げると、ドール達は一瞬顔を見合わせ悪巧みをするようにニヤニヤし始めた。


「どうしよっかな~」

「振り回されてるからね。こっちは」

「それはちなみにさァ、ドールへの依頼ってことでいい?」

「えっお金取るの?」


 思わず顔を上げると、佳樹の右耳のピアスがキラリと光った。

 佳樹は当たり前のように頷く。

 その仕草はクライアント相手に駆引きをする時の挑発的で怖いもの知らずなものだった。

 いつもは横並びでいるから分からなかったが、いざ相手にするとその圧倒的な底知れない自信に押し負けそうになる。


「五人も使うからね~いいお値段するんじゃない?」


 曽良と琉愛もニヤニヤしながら哀の反応を待っている。品定めするような目つきで、なぜか緊張が走った。……ってなんで金払う流れになってんだ。


「じゃあいいよ、自分でなんとかする」


 そういうと、一転して五人は口を尖らせ駄々を捏ね始めた。


「なンでだよ。そこまで言うならやらせろよなァ」

「やりたいのかよ!……じゃあメシ奢るでどう?」

「この先ずっと?わ、太っ腹!」

「何言ってんだよ一回だよ」

「一食はケチじゃない~?」

「いや大男五人分も奢る金ないわ!」


 結局は自分でなんとかするしかないのだろうか。そう思った哀は席を立とうとした。


 五人は哀の様子を気にせず、佳樹を中心に「メンヘラごっこ」を始めている。


「ワタシのことなんかどうでもいいんだ……」と床に座り込む佳樹。

「げ、元気だして?」ディランが恐る恐る近づく。

「もお!ほっといてよ!」差し出されたディランの手を佳樹ははたき落とした。


 哀は自分の左手首を見つめた。

 ガーゼの下には、一筋の傷跡がまだ生々しく残っている。


 目に見える傷を負ったのは哀だが、見えない傷を負っているのは彼女だと、自分でも分かっている。

 仕事とはいえやりすぎだ。マコトに言ったらそう叱られるだろう。

 加減を間違えたことには違いないのだ――


 哀は一人で考えようと、二階の自室へ戻って行った。


 その背中が見えなくなった途端、他のドール達がリビングの隅で額を突き合わせ始めたことなど、知る由もなかった。


***


 それから程なくして、哀は無事彼女と別れることができたようで、珍しく解放感に溢れていた。


 聞くと、特に何もしていないのに向こうが愛想を尽かしてくれたらしい。

 特に御曹司とヨリを戻すわけでもなく別れを切り出されたそうで、哀としては願ったり叶ったりの結果となった。


 ――すべて五人の計画通りなど、思いもしないだろう。


 これは哀の計り知れないところで、五人が実行に移した秘密作戦なのだ。


 内容は簡単である。ゴールは優奈嬢の哀への気持ちが冷めること。


 それならばと、哀が自室に籠った五分後には計画は出来上がっていた。


 まずはディランが持ち前のコミュニケーション能力で優奈に近づき、理由をつけて別人に変装させる(最初はアンケート調査の協力だったが、最終的にはテレビ番組の撮影協力になっていた。ディランの話術は凄いを超えて恐ろしい)。


 変装はドールの中でもメイクに詳しい琉愛が担当した。

 その状態でオフの日の哀に話しかけさせる。それだけだ。


 ドールの中にいると分からないが、哀は極度の人見知りである。

 仕事の時は何かしら役が乗っかっているため大丈夫らしいのだが、オフの時に道端で話しかけられようものなら、それはもう悲惨である。


 視線は泳ぎ、目が合うことはない。

 言葉も辿々しくて、噛むごとに声がくぐもっていく。

 肩も縮み込んでいき、そして焦りから額に汗が浮かんでくる――


 元々、容姿端麗を体現したような哀だ。

 この人見知りのせいで、何度ナンパとスカウトを逃したのだろうか。


 見知らぬ女性(変装した優奈嬢)に話しかけられ、目も当てられないほどに慌てる哀を遠くで眺めながら、琉愛とディランは肩をすくめた。


「マネさんからさ、哀が俳優目指してるって聞いたんだけど、どう思う?」

「人前に出るのに慣れたら、治るんじゃない?オレはあのままでいてほしいけどね。ハハ!」


 そう、あの人見知りがあってこその哀なのだ。治ってしまっては勿体無い、と思うのは意地悪だろうか。


 そして五人の思惑通り、優奈嬢の気持ちは冷めていった。一人の時の挙動不審を見てしまうと、彼氏の時にどんなに強くて自信満々な態度を取られようと、「コイツ大したことないな」と思えてしまうのだろう。


 哀の価値が下がれば執着する必要もなくなる。そうして、優奈嬢は精神的な独り立ちを勝ち得たのだ。噂だと、面食いと社長令嬢が作用して、ホストに通い始めたと聞いたが――ドール達には関係ない。


 重荷から解放され、リビングで軽やかなステップを披露する哀を、五人は微笑ましく眺めていた。


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