二話

俺ら、いつでもマジだぜ?1


 その日は珍しく、急な依頼が舞い込んできた。

しかもドールハウスには叶楽カナタ佳樹ヨシキしかおらず、他のドール達はそれぞれの仕事先に向かっていた。


 仕方なく急遽入った仕事を二人に頼み、マネは作業場へ連れ出した。


「あー!目ぇ疲れたぁ!」


 叶楽の咆哮が静かな会議室に響いた。隣で佳樹も目を擦っている。


 急遽の仕事だったため、マネも手伝いに入っていたのだが、これまた根気のいる作業だった。

 窓から見える景色もいつのまにか暗くなっていた。


「流石に三時間も監視カメラを見続けるのは疲れますね」

「しかもさぁ、こんなどこにでもいそうな顔の男見つけるのむずいって。カラースーツくらい着てくんないかなぁ」

「カラースーツ着て犯罪する人はいないでしょう……」


 懇意にしてる法律事務所の弁護士からの依頼だ。

 刑事事件の弁護のために入手した調査資料だが、明日が一審らしく、直ぐに調べてほしいとのことだった。

 弁護士相手なら資金は豊富だし、口止め料も発生させられる。

 普段なら事務所に直接赴くことはないのだが、向こうは猫の手も借りたい状況なのだろう。現に、会議室外のデスクにいるスタッフ達に手を止める気配はない。


「ぜんっぜん動いてないけど腹減ったもんなぁ。佳樹この後予定あんの?」

「なんもねェよー」


 普段しない疲れだからだろうか。佳樹がいつもより大人しい。


「じゃあ休憩ってことで、メシ行こうぜ!マネさんも!」

「あ、僕もですか?」

「あっなんか予定あった?」

「いや特に……珍しいなと思っただけなので。行きましょうか」

「やったな佳樹!マネさんの奢りだぜ!」

「そういう魂胆ですか……!」

「ッしゃ、高いモン食いに行くかァ!」


 何食べる?!とケタケタ笑いながらはしゃぐ二人。いつもより空元気なのは疲れからだろう。

 急な仕事だったし、ドールの中でもとりわけ単純作業が苦手な二人だから無理もない。


 マネは依頼人に挨拶をしてから外に出た。


 作業場の近くは繁華街だった。仕事帰りのサラリーマンに若いキャッチが声をかけている。

 三人は店を探しながら、話題は最近の仕事状況についてになっていた。


「叶楽、日焼けしたよな?」

「まぁ最近外で仕事してるからね」

「庭師ですよね。どんな感じです?」

「えッ、カッコよ!お前肩書き強いな?」

「まぁね、造園会社に弟子入りって感じで。ホントの仕事は、お金持ちのお屋敷に入り込んで、警備状況を調べることなんだけどねぇ。やっと馴染めてきたかなぁ」


「いいなァ、俺もそういう仕事回ってこないかな」

「佳樹さん貴方……そういう潜入系は問題起こしかねないじゃないですか」

「いやいや!俺結構マジメだよ?馬場ちゃんの件引きずりすぎだって!」

「マネさん、佳樹って結構マジでちゃんとしてるよ?あ、でも庭師は力仕事だから佳樹は向いてないかもね」

「あーダメだわ。俺できるだけ室内がいい。でも今日みたいなデスクワークもムリ。だからあれか、曽良のバイト先に行けばいいんだな。柴犬カフェ!」

「あれ似合ってるよなぁ。ドールの仕事と掛け持ちしてんのもいいよなぁ」

「あ、やっぱダメか。動物好きなんだけど、向こうから好かれなくてさ、想いが一方通行なんだよね」

「じゃあダメじゃん……ん、あれ?」


 突然、グルッと叶楽が後ろを振り返った。

アイがいる」


 人混みでの叶楽は特にめざとい。

 つられて佳樹とマネも後ろを振り向くと、三十メートル先に見慣れた後ろ姿があった。


「よく気づきましたね……」

「わ、ほんとだ。珍し」


 佳樹がそう漏らすのも分かる。

 哀はドール達といる時こそ明るいが、仕事のない日は二階の自室に篭って出てこないこともある。


 人混みが嫌い、とも言っていた。

 だから用事がない限り、こんな繁華街には来なさそうだが――


 哀は女性を連れて歩いていた。

 長い髪の上品な雰囲気のある人だった。


「あー……ね?」


 佳樹と叶楽もその姿が見えたのか、揃ってニヤニヤし始めた。

 そして二人がオシャレなイタリアンバルに入ってくのを見て互いに目配せした。


「マネさん、俺、アラビアータ食べたい」

「俺マルゲリータの気分だわ」


 二人の魂胆は丸見えである。

 いつもなら嗜めるが、その日のマネの気分はそうではなかった。


「いいでしょう……僕も、生ハムとか食べたい気分です」


 悪ノリに乗っかると笑い上戸の佳樹が吹き出した。




 何も考えずに後について店に入ったが、思えば今日は金曜日。

 予約なしには入れないのでは……と考えがよぎったが、運よく十分ほど待って壁際のソファ席に案内された。


 しかも座席は哀のいるカウンター席と背中合わせの隣。

 お洒落なカーテンだけで区切られた半個室だから、向こうからは都合良くこちらが見えないし、耳をすませば会話の内容が聞こえる距離だ。


 マネは声を潜めて向かいの二人に聞いた。

 二人の背後では哀と女性が肩を並べて座っている。


「みなさんでこういう……恋愛の話、しないんですか?」

「しないねぇ。だって言ったら絶対面白がられるじゃん。ほら」


 叶楽が親指で隣の佳樹を指し示す。


「シッ!ちょお前、声でけぇよ」


 そういって伏せがちに耳を澄ませる佳樹は稀に見る本気モードだ。


「マネさん、あいつ今どんな体勢してる?くそ、振り向きてェ……!」

「女性の方に体向けて、楽しそうに話してますよ。お酒飲んでるのかな。哀さんがお酒って珍しいですよね……あの、鏡、使います?」


 見かねたマネは、仕方なく鞄からコンパクトミラーを取り出した。

 角度を調節すれば、背後の様子も見れるはずだ。


 ナイス!と佳樹が鏡を受け取ったところで、店員が皿を持ってきた。


「お待たせしました。カルボナーラとシーフードピザでございます……?」


 鏡にはしゃぐ佳樹を不審に思ったらしい店員を、佳樹は咄嗟に前髪を整える仕草で誤魔化した。

 一方の叶楽はかろうじて躊躇いが残っているらしく、いつも通りを装いつつ、そわそわしながら聞き耳を立てているようだった。


 そんな二人越しに、哀と女性は肩をくっつけて仲良く会話に花を咲かせている。

 哀のスマホ画面を二人で覗き込んでいるようだ。


「へえ!ここ面白そう、行ってみたいなあ!」

「今度行こうよ。絶対楽しいよ。ほらコレとか、美味しそうじゃん」


 会話の距離感からして、付き合い立ての初々しさを感じる。

 あぁ可愛いなあ、とマネも思わずにやけてしまいそうだ。


「あ、このイベント来週までみたい。来週いつ空いてる?」

「うーん。来週はちょっと、友達と予定があるんだよね……」


 しかし女性がそういった瞬間、空気が一変した。


「ふーん……そう」


 哀は一転した暗い声で呟き、女性から体を離した。

 何か琴線に触れたような急な変化に女性はもちろん、マネも佳樹も叶楽も戸惑った。


「優奈と一緒に行けたらいいなって思ってたんだけど。残念」

「あっ、で、でも調整できるかも!」

「いや、いいよ。先に約束してたんでしょ」


 哀の言葉は常識的で冷静だが、その態度はとても相手を気遣ったものではない。

 お洒落バルの喧騒に混ざって冷たい空気が流れるのを肌で感じた。

 思わず鳥肌がたった。


 そんなことで怒るなよと口を挟みたくなったが、哀の背中からは真黒で底知れぬ圧を、女性からは微かだが芯からの怯えを感じてしまい、何も言えなくなった。

 これがきっと二人の力関係なのだ、とマネは直感した。それも断片的な。普段から二人の関係は哀がリードしていて、二人きりとはいえ外出先だから哀も感情を抑えているのだろう。


「でも……来週しか」

「ほんとにいいって。友達大事にしなよ」

「うん……分かった。ごめんね?」


 女性の謝罪にきゅっと心が締め付けられた。息がうまく吐けず、窒息しそうなくらいに苦しくなる。


 いいよ、別に。と呟く哀は悲しさと苛立ちを隠しているような態度だ。


 でも、何がそうさせたのかイマイチ分からない。

 佳樹と叶楽も、こんな哀は知らない、信じられない、何言ってんだ、とでも言いたそうにハラハラした様子で鏡に映った背中を見ている。


 女性は寂しそうに、気不味そうに手元のグラスを手に取ってから、意を決したように務めて明るい声で語りかけた。


「ち、なみに、その次の週なら会えるんだけど……」

「ほんと!」


 表情を直接見なくても分かるほど、再び哀の態度が一転した。パッと花が咲いたように女性に体を向けて話し出す。


 女性も安堵したのか肩の力が抜けたようだった。


 それを見た佳樹と叶楽は緊張から放たれて肩で息をしていた――こういう力関係のことを、モラルハラスメントというのだろうか。


 この時、マネ達三人の間で共通認識ができた。

 三人揃って心臓を押さえ、同じことを思っていただろう。


 哀は――恋愛になると危険だ。


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