俺ら、いつでもマジだぜ?2
「……ていうことがあってぇ、やばくね?哀ってばマジ、やばいよ?やめな?」
――数日後。
ドールハウスのリビングでは
もちろん哀もいる目の前で。
「モラハラ糞男」
一通り話を聞き、
「いや……」
「ていうか、哀のデートについてくお前もお前だよ。マネさんも。何してんの?」
ディランの言うことももっともだが、佳樹も叶楽も華麗に聞こえないふりをした。
マネは一応その罪悪感があったため、隅で小さく傍観していた。
佳樹が哀の肩を掴んで熱弁する。
「これはもう、友達として言う、ほんとやめろ?これは、相手のことを思ってもそうだけど、お前のことを心配して言うわ、やめとけ?」
「自分の感情で相手の女の子振り回しちゃダメだよ~」
「や……ちが」
「MindControllだよね、女の子も可哀想だよ。やめてあげなよ」
ディランも佳樹と叶楽への正論は諦めたらしい。
構図は完全に五対一だが、それも仕方ない。
哀のあの様子を正せる仲間がいるならそうした方が絶対に良い。
だが――恐る恐る手を挙げた哀が口を挟んだ。
「あのね?凄く言いにくいし、信じてもらえるかどうか微妙だけど、あれ……」
哀が何かを言いかけたその時、突如インターホンが鳴り響いた。
遮られた哀は空気が抜けたように項垂れ、それを見た佳樹が面白半分にイチャモンをつける。
「ほら、サクッと言わないからァ~。もう言い訳タイム終了ね」
「言い訳じゃ……」
マネが代表して玄関へと向かった。
真面目な雰囲気を出すのに飽きたのか、背後から哀以外のドール達の笑い声がケラケラと聞こえてきた。
マネも哀のデート相手のことは一旦忘れ、今日の予定を思い出していた。
この時間、クライアントと会う予定もドールハウスへの来客の予定もないはずだが……
万が一を考え、ドアチェーンを付けたままゆっくりと玄関を開ける。
すると、ドアチェーンの間から虎のような鋭い眼がキラリと光った。
一瞬ドキリとしたが、見覚えのある目力だった。
「……ご無沙汰してます」
「おう、アンタか。用心深いな」
ドアチェーンを外すと、黒いシャツの無精髭の三十代と見える男がスッと音もなく入ってきた。
「マコトさん。ドール達に仕事ですか」
仏頂面の男はマコトという。
マネが知っているのは「マコト」という名前だけで、本名はおろか仕事も素性も知らない。
ただ、ドール達とは長い付き合いらしく、こうやって前触れもなくドールハウスにやって来たり、逆に好きな所に呼び出したりする。
マコトもクライアントの一人だが、少し毛色が異なり、マネを挟んで依頼することを嫌っている。
ドール達に依頼したいことがあれば直接ドール達に頼むのだ。そのとき、マネは席を外すことを求められる。
「いつも悪いな。三人借りるぞ」
「どの三人ですか?」
「それは今から
その言葉をマネは拒否することはできない。
そしてドール達もマコトの依頼を蹴ることはない。
理由は、ひとえに単価が高いから。
マネが持ってくる仕事の十倍以上の価格でマコトは仕事を依頼する。それだけ危険を伴う仕事なのは簡単に想像がつくが、具体的に何を依頼しているのかはマネが知る術はない。
マコトは慣れた動作で影のようにスルリとリビングに進んでいった。
「あ!マコトさんだ!」
そして長い付き合いからか、ドール達はマコトに懐いている。
普段はドーベルマンの集団が、この時ばかりはチワワになるらしい――が、マネはその姿を見ることはない。
「アーッ!うるせぇうるせぇ!喧しいなオメエら」
「今度はなんの仕事すか~?」
「マコトさんまた飯奢って!」
「るせぇ集るな!」
マコトが自分を引き入れないのは、信用が無いからか、付き合いが浅いからというだけか。
後者であれば、いつかは話をしてくれる日が来るのだろうか――いや、今考えても無駄だ。
マネは動物園の飼育員の餌やりを想像しながら、時間潰しに外へ出かけることにした。
***
駅前のカフェで時間を潰し、ディランから連絡が入ったのは三十分程経ってからだった。
ドールハウスに戻ると、
なぜか佳樹と叶楽は意気揚々と準備体操をしていて、それを複雑な表情で哀が眺めている。
マコトの姿はなかった。
「マコトさんの依頼、もう行くんですか。随分と急ですね」
「ちょっと行ってパッと終わらせてくっから」
「夕飯前には帰ってくるよ」
「僕母親じゃないんで……」
「あのさ、最後に確認だけど、本当に俺で合ってる?」
「あったりめぇだろ!言っとくけどさっきの話、終わってないかんね?」
「わ、マジだ……」
そうして二人に哀が連行されていくのを見送り、残ったディラン、
「今日の選出基準は何だったんですか?」
「逃げ足が速い人」
「と、その二人に捕まった哀だね。ディラン行けばよかったのに」
「俺課題あるからさ」
「課題~?」
そう言ってダイニングテーブルの上でディランはノートパソコンを開く。
琉愛と曽良が興味津々に覗き込んだ。
マネもディランの向かいに腰掛ける。
「そ。インターンの選考書類」
「インターン?ディラン就職すんの?!」
「アハハハ!まさか、ドールの仕事だよ」
「ビビったあ~!」
大袈裟に曽良が胸を撫で下ろす。ディランがまたマンガのような笑い声を上げて、琉愛がこちらを見てふふっと笑った。
「曽良、自分がドールの中で一番まともな生活してると思ってるから」
「バイトしてるもんね。偉いよ」
「んなことねぇよ~」
曽良はニヤニヤしながら満更でもなさそうだ。
曽良が柴犬カフェで働き始めてかれこれ二年ほど経つらしい。
マネが来る前から働いているわけだが、なぜそのバイトを選んだのかは聞いたことがない。楽しそうに仕事へ向かう姿から察するに、単純に動物が好きで性に合っているのだろう。
「逆にみなさんはやらないんですか?希望があれば、調整しますけど」
琉愛とディランが顔を見合わせる。いまいちピンと来ていないようだった。
それもそのはずだ。
以前佳樹から聞いた話だと、二十代前半の彼らはドールの仕事を五年以上も前からやっているらしい。学歴だって義務教育の途中で終わってる可能性もあるかもしれない。
「考えたことないな。ディラン、インターン行ってそのまま就職しちゃえば?」
「ヤダよ。この仕事気に入ってんだから」
「一般企業に入ってみたら意外と気にいるかも知れませんよ?生活だって絶対安定するし」
えぇー?のディランは乗り気しなさそうにキーボードを人差し指で突いて、こちらをみた。
「マネさんは働いたことあるんでしょ?」
「えぇまあ一応。ほんの少しの間でしたけど」
「サラリーマンってどう?楽しい?」
「楽しいかどうかでいわれると……」
マネの場合、ドール達と仕事をする前はとても楽しいとは言えなかった。
寝る間を惜しみ体力尽きるまで働いて、失敗は許されず、誰かのミスが全体の足並みを崩す。
そんな環境について行けず脱落していった仲間を何人も見た。
いざ自分が抜ける時も、残してきた同僚からの恨みを背負って、大袈裟かも知れないが、命からがら、間一髪で飛び出したのだ。
ひとえに環境が悪かったのだ、と今なら思えるが、当時はそんな余裕もなかった。
「大変なんだね。めちゃくちゃ苦労人じゃん」
ディランの声で我に返った。
「あれっ、僕どこまで話しました?」
「超ブラック企業から逃げだしたはいいけど、生き倒れそうになってディランと叶楽に拾われたってところ」
そう言う琉愛はいつの間にかテレビの前に移動していた。そろそろ琉愛が楽しみにしているアニメの放送時間らしい。
「すみません、いつも同じ話で……」
ディランと話していると、口が勝手に動く瞬間があるらしかった。
交友関係の広いディランのことだ。人の話を引き出すのがそれだけ上手いということなのだろう。
「マネさんはこっちの仕事の方が向いてるよ~」
そう言う曽良もいつの間にか席を立っていて、冷蔵庫から小分けのアイスを取り出してきていた。
「マネさんもいるー?」
いえ、と断ったマネと反対に琉愛が勢いよく手を挙げたが、背中を向けた曽良は気付いていないようだった。マネは自分の手を見つめて呟くように言った。
「どうですかね、いい仕事はなかなか取れませんけど。佳樹さんが不満に思うのも分かります」
「あれは佳樹なりの愛情表現だよね。本気でdollの仕事のいいモノにしたいっていうキモチの表れだよ」
「そうそう。仕事持ってきてくれるのはマネさんだからね~。佳樹もそこは分かってるんだよ。佳樹があんなにクライアントに強く当たってるの、マネさんが来てからなの知らない?」
初耳だった。佳樹はずっとあの感じだと思っていたし、そもそも彼らの昔話はあまり聞いたことがない。
「前は俺達でclientのとこ行ってたの。どんなに安い仕事でも、俺らのこと下に見てくる人でも、ニコニコして言う通りにしてなきゃいけなかったんだよ。仕事もらえなくなっちゃうから」
あれは悔しかったよな~と曽良が遠い目をして言った。
琉愛も聞いてないフリをしながら、ヒザを抱えて物憂げにしている。
それぞれ、苦い思い出があるようだ。
「でもマネさんが来てくれたから。俺らは俺らの仕事に集中できるし、佳樹は強気で文句言えるってわけよ」
そう言って曽良はちらりと視線をキッチンにやった。
その先には、先日ドールに貰ったグラスタンブラー。
「どんなにまともで安定した生活できるって言われても、ドールは辞めたくないよな~」
ちくりと、マネの心に棘が刺さる。
前職を無理矢理辞めて生き倒れそうな所を拾ってもらった手前、恩返しの気持ちもあってドールのマネージャーをしているが、その実いつかはちゃんとした定職に就きたいと思っていた。
でもドール達と仕事をするのは文句を言いつつ楽しくて、今はまだ考えたくなかった。
「おじいちゃんになっても続けてるの?SeniorDollだよもう」
「あ~年代物になって余計価値ついちゃうかもね!」
曽良の引き笑いとディランの豪快な笑い声が、マネの憂鬱を掻き消してくれる。
今はまだ楽しんでいていい。そんなことを思えた。
夕方になるとマコトの依頼に向かっていた三人が帰ってきた。
三人とも顔が煤けていて、Tシャツの裾は所々焦げていた。
「佳樹逃げるのめっちゃ早くねぇ?!」
「罠かも知れないってマコトさん言ってたぞ。聞いてねェオマエらが悪いって」
「でも起爆装置なんて言ってたか?!」
何があったのかは聞けなかったが、言葉の端々から物騒な現場だったことは推測できた。
それにもかかわらず、彼らの表情は生き生きとしている。
彼らは普通の人生を諦めたのではなく、ドールの仕事に誇りを持っていて、自ら好んでこの世界にいる。
――かつてのマネとは違うのだ。
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