俺ら、そんな安くねぇかんな6


 そのテーブルを見て、マネは思わずあんぐりと口を開けた。

 マネの姿に気付いたドール達は揃って「やべ、バレた」という顔で半笑いを浮かべていた。


「……これは、どういう状況ですか」


 ドール達の家に行くとやけに部屋が騒がしく、その時点で嫌な予感はした。

 部屋に入るとドール達がダイニングテーブルを囲み何やら騒いでおり、その中心にはアタッシュケースに入った札束が。


 マネはため息とともに頭を抱えた。

 このタイミングで報酬がもらえる仕事といえば――


「週刊誌の件ですよね?!何かあるとは思いましたよ!クライアントと連絡取れないんですから!」


 途中報告も兼ねて連絡をしようとしたが、着信拒否されたのかクライアントの永田と連絡がつかなかった。

 週刊誌の仕事にあたったのはつい昨日のことだ。彼らが何かしたのだ、と直感した。


「でもこの大金はなんですか!想定の十倍はありますよね?!親父狩りでもしたんですか!」

「あっ、これはマネさんの分。ちゃんとあるよ?」

「貰いますけど!出所は教えてください……って皆さんより束が薄いですね?!当てつけですかッ」


 怒っているマネが面白いのか、視界の隅で叶楽カナタ琉愛ルキアが笑いを溢している。それもまた腹が立ってくるのだった。

 そう思って二人の方を睨むと、叶楽が曽良ソラに目配せして手を挙げた。


「報酬配り終わったしさぁ、そろそろ種明かししない?マネさんが来たら教えてくれるって話だったじゃん」

「そーだよ。俺もまだこのアタッシュケースがどこから来たのか分かってないんだよ」

「わーッたよ。マネさんも落ち着けって、話してやっからさァ」


 佳樹ヨシキがニヤニヤしながらマネを手招きし、誕生日席に促した。


「まず、マネさん。貴方今回の仕事をどの期間を見込んでいくらで受けました?ってことですよ」


 ドール達は揃いも揃って背が高い。

 成人男性の平均身長に満たないマネが囲まれると、テーブル越しとはいえその迫力に圧倒される。

 マネの口調も思わず慎重になる。


「……半年の見込みで三十、ですね」


 そう、と佳樹は手にした札束でテーブルを叩いた。

 マネは動じないが、代わりに叶楽が肩を震わせて驚いていた。

「急に脅さないでよビックリするじゃん」


 ごめんごめん、と吹き出した佳樹に脅すつもりはないことは分かっている。

 底知れぬ自信と見た目がそう連想させるのだ。


 そして小柄なマネだが、その代わりに度胸は座っているつもりだった。

 どんなに屈強な野郎に凄まれても折れない自信がなければ、この厄介なドール達の面倒など見てられない。


「見込みの三十が、どうしたら十倍近くに増えるんですか?」

「その前にさァ、六人半年で三十って安上がりすぎない?って思ったわけ、俺らは」

「週刊誌の記者とはいえ、サラリーマンからの依頼ですからね。限度はあるかと。だから短期決戦で行きたいって、言い出したのは佳樹さんですよね?」

「そう。でも急に、コイツが閃いちゃったんだよね」


 そう言って佳樹は隣のディランの肩にもたれかかった。


「うん、前にも依頼してるみたいだったから、なんか裏があるんじゃない?って。でも前と同じclientって気づいたのは琉愛だよ」


 ディランに話を振られた琉愛は、まあね、と自慢げに鼻を鳴らした。


「で、そこからは――」

 マネのタブレットを盗み見た情報から永田の家と職場を突き止め、

 一週間の監視でスクープの手口に気付き、

 同時並行で哀をモデルにするため、SNSを仕込み、ルナに協力してもらい永田の懐に潜り込んだ。


「それで、永田さんを脅すことにした、と……親父狩りもいいところじゃないですか……」

「でもさマネさん、このケースは永田サンが置いてったやつじゃねぇの。今日来たら増えてたんだよなぁ?」


 そうそう、と曽良が頷き叶楽と一緒に首を傾げた。

 他のドール四人はニヤニヤと勿体ぶってなかなか言おうとしなかった。


 アタッシュケースがどこから湧いてきたのか――「俺、ちゃんと不倫写真撮ってたしね」


「あー!分かっちゃった!」


 琉愛の呟きに被せるように、曽良が閃いて手を叩いた。


「そうじゃん、琉愛がしっかり馬場ちゃんのスクープ撮ったから、それで馬場ちゃん脅したんだ!芸能人ならお金持ってそうだし!」


「うわ、天才だ絶対それだって」

「惜っしいなァ」

「えっ違うの?!」

「マネさん分かる?」


「……馬場悠美の所属する事務所の社長、と言ったところですかね」


 さっすが、と哀が静かに拍手した。


 馬場悠美の身辺は、この仕事を受ける時に一通り調べていた。


「彼女が所属しているのは小さな芸能事務所です。他に有名なタレントはいないので、事務所の経営は稼ぎ頭である彼女の活躍に左右されます。

 そんな大事な彼女に不倫疑惑が湧いてきた。経営者としては、事務所の存続のために主力タレントの不祥事は何としても避けたかった……ということでしょう」


 マネが簡単に調べた範囲での憶測でしかないが、目の前の大金を見るとあながち間違ってはいないのだろう。


「なるほど、社長ね~そりゃお金持ってるわあ~」


 曽良が腕を組んで大袈裟に頷いた。

 それじゃあ……と、琉愛がわざとらしくソワソワし出し、それを見て他のドール達がまたニヤニヤし始める。


「見事正解したマネさんにはこちらを差し上げます!」


 琉愛の懐から取り出された箱を見て、マネは怪訝な顔をした。


「……これはなんですか?」

「俺と曽良で買ってきたんだぜ。遊園地の帰りに、なぁ?」

「そうそう~。駅前のちょっといいお店でね~」

「ちなみにいくらしたの?」

「言わねぇよ!」


 叶楽のツッコミにディランが豪快に笑い、佳樹が釣られて笑う。対するマネは首を傾げていた。思い当たる節が全くないのだ。


「まァ開けてみてよ」


 ドール達のニヤつきから嫌な予感がして、警戒しながら両手に収まるサイズの重量感のある箱を開ける――「マネさんビビりすぎだって!」


 耐えかねた叶楽が吹き出したのと同時に、マネは中身を見て「えっ」と声を上げた。


 中身はグラスタンブラーだった。

 取り出して照明にかざすと、グラスの底から下半分に渡って描かれた白と赤の花がライトに照らされて半透明に輝いた。


「マネさん、俺らンとこ来て一年でしょ?」

「一年間もさ~、こんな厄介な野郎共の面倒見てたの、大変だろうと思って」

「ドールって名乗るくせに全然お利口じゃないしね」

「感謝の気持ちと謝罪の気持ち、あとこの先の迷惑料の先払いね」


 てっきりとんでもない悪戯を仕掛けられると思っていたマネは口をパクパクさせた。


「マネさん気をつけてね?それ割ったらマジ、速攻クビだかんね?」

「重ッ!お前メンヘラ彼氏かよ」


 え、あ、とマネはしどろもどろになりながら何を言うべきか迷った――「あ、あの……ありがとうございます!」


 それを見たディランが、ヤーッハッハッハ!と我慢できずに吹き出した。


「マネさん面白い顔してるね!」


 やりたいことは済んだのか、ドール達はケタケタ笑いながら片付けを始めた。




 ドール達が選んだプレゼントのグラス。

 描かれた二輪の花はゼラニウムであると後から叶楽から聞いた。

 値札の隣に書いてあった花言葉で決めたそうだ。


『信頼』『真の友情』


 ドール達を表すのにぴったりな言葉だと思った。

 そしてその言葉をプレゼントされたことで、一年経ってドール達の仲間に入れてもらえたようで嬉しくなったことは秘密である。


 マネはプレゼントを、ドールハウスの食器棚に六人分のグラスと並べて置いておくことにした。


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