暗殺者も依頼を拒否るステルス美少女ダンジョン配信者

「ピョン」


 いつもの迷子な語尾の一つを掛け声に卯佐美は両手を広げて飛び降りた。超高層ビルの屋上から藁などないコンクリートの地面へと向かって。


//うぉぉぉ、ヒュンッってなる

//あのダイブって鷹と鷲どっちだっけ

//扇風機の風を顔に当てると臨場感増すぜ

//落ち、おちち……なんてね


 同速で追従落下する撮影用ドローンの上部へ浮かぶリスナー達のコメントに慌てる様子が無いのを見て少し不満そうに口元を歪めた卯佐美はドローン後方へと向けて片手を伸ばす。


//掴まれるかと思ってびっくりした

//肝が冷えるんで急にこっちに手を向けるのはヤメテもろて

//冷や汗かいた


「おい、なんでフリーフォールより卯佐美が手を向けた事にビビるウサ」


//だって、ねぇ?

//うんうん

//ウサミンだし


 コメントに冷めた視線を向けて卯佐美は伸ばしていた手を閉じた。


//ヒッ!?

//……あれ、なんともない


 もちろん画面越しにリスナーへ何かをしようとしたわけではない。その答えは速度を緩めたドローンが画角を広げ、卯佐美の動きを配信画面に映し出した事で明らかとなる。


「あ~~~ああ~~~~~」


//唐突なターザンで草

//アサシンの次はアメコミ?

//すげー東京っぽい大都会だけど妙に違和感ある


 高層ビルと高層ビルの間を振り子の様に弧を描いて卯佐美が飛び回るここは『大都怪TOUKYOU』と呼ばれる非致死性ダンジョン。はいそこ、Uが二つ余計とか言わない。


「はい、あちら首都に無いのに首都の名がついたランドっぽいエリアペコ~」


//あ、シーが無い

//なんで最寄り駅が東京駅なんだよ……

//通り過ぎるだけで寄らないのね


 レンガ調の建物を通り過ぎ、卯佐美は音もなく石畳の地面へと着地する。それも警備兵風の装備を纏った人型豚オーク人型豚哨戒種パトロール・オークの背後へ。


 背を向け合いながら進む人型豚哨戒種と卯佐美。


//なんで気付かれてないのwww

//ウサミンが銃構える真似して中腰で後ろ歩きしてんの茶葉

//不思議そうに見てるオークもいる……って、気付かれた?


「――……」


 同胞の背後に若干の空間を取りつつピッタリと付いて歩く卯佐美を見た別個体の人型豚哨戒種が綺麗な二度見を決めたあと、一瞬声を上げようとして動かなくなった。


//気付いてない?

//綺麗な二度見、俺でなくとも見逃さないね

//二度見に首の動き少し変じゃありませんでした?


 動かなくなった人型豚哨戒種をよく見れば気付けるだろう。その二度見が首の筋肉を使った動きではなかった事に、そして首に細く入った深紅の真一文字にも。


//なんだろう首の動きじゃなかったような

//赤い線……

//タヒ、タヒんでる!?


 その証拠に次々と動かなくなる人型豚哨戒種に違和感を感じたリスナー達のコメントが慌ただしくなっていった。


「お疲れウサ。ま、もう聞こえてねぇペコだろうけど」


 卯佐美が勝手に背中を預かっていた人型豚哨戒種が路地を通り過ぎるのに合わせて裏路地へと移動した卯佐美が人型豚哨戒種へと声を掛ける。


 当然返答は無い。それどころか人型豚哨戒種は微動だにしなかった……否、極僅かに首が後ろへズレていた。


 哨戒種と呼ばれるモンスターが出現するダンジョンは一般冒険者からはステルス系ダンジョンと揶揄される。一度見つかると並みの冒険者では対処しきれない数の仲間を呼ぶのでクリアするにはステルス性――見つからない事が重要とされる為だ。


 見つからない為に重要な事は何か。


//こう……ふつうは隠れるなりするもんだよな

//見つかる前に駆け抜けるってのが普通だと思ってた


 逆光で目を赤く輝かせる卯佐美のカットインが配信画面を遮る。


「目撃者を全部消せば見つからないラビ」


 カットインが消えると同時に人型豚哨戒種がいた大通りをビル風が吹き抜けると立ち止まっていた人型豚哨戒種の首から上だけが一斉に動いた。


//恐ろしく速い首狩り、気付かんかった

//倒したヤツはここだと他の奴に見つかるか全滅させるまで残るんだけど……光塵化してるね

//オールキルノーアラートってことぉ!?


「ここのはドロップがしけてるペコだからわざわざ見つかってドロップアイテムを呼ばせる旨味がねぇんだピョン」


//人型豚哨戒種と書いてドロップアイテムと読む

//ラードを貰っても使い道がラーメンくらいしか思いつかねぇ

//でもちゃんと回収するのは偉い


「採取依頼を受けてあるラビだからこいつは納品分ぺこ。多すぎると買い取ってくれねぇ事もあるから依頼を受けるときはちゃんと確認するウサ」


/日本ダンジョン食材組合広報課/だからといって毎回買い取り限度まで狩らなくても規定分で大丈夫なんですが……納品お待ちしてます

//確認するほど狩れないですが習慣付けるように頑張ります


「依頼の納品分と全国の孤児院に配る分から溢れた分がプレゼントだから買い取り限度増やしてくれともいいペコだけど?」


/NYAGOO@猫谷/それでも余った分はスタッフが美味しく頂きました

/砲主マリーネ/食費が浮いて助かってます

/メカ子さん/こんどAIでも食べれるモノも狩ってきて~

/スーパーエリート@巫女乃サクラ/その脂もあまったら贄にするにぇ

/お揚げ大明神/お揚げもよろしく~

 

「……ギルメンのコメントは無視するとして、観光しながら進んでくピョン」


 撮影用ドローンはレンズを広角に切り替えて卯佐美の顔の高さで並走し、一人と一機は裏路地を通り抜ける。


//なんかウサミンとデートしてるみたいで良い

//あれは雷門? なんで裏路地の先に!?


 卯佐美とドローンが雷門らしき建物を抜けた先にあったのは警視庁本部庁舎。


「雷門と桜田門は別もんラビなんですけど!?」


//あ、そんな大声出すと――ラードが増えたね

//分かってたダンジョンだもんデートには向かんって


「こっちは都庁ペコか。位置はおかしいけど建物はそのまんまウサだな」


//お台場はレインボーな橋の先であって上には無いんだよな~

//3D広告は新宿だ、秋葉じゃねぇ!

//あの派出所はあの場所にあるから意味があるのに……


 東京に行ったことが無いヒトでももっとマシな東京の地図が描ける。そう思わざるを得ない程に怒りを通り越して呆れかえる観光の終着点は地理だけでなく歴史も混沌に呑まれていた。


「江戸城ってこんなんだったピョン?」


//たぶん築城当時の江戸城

//これが見れるんならハチャメチャな地理もゆるせ……ゆるせるか?

//なんか飛んできたぞ


 江戸時代に健在だった江戸城を再現されたモノを覆う巨大な影もまた似た役割を担う建物。


「あれ、さっき見た都庁ペコだよな」


//おいおいおい変形してるぞ!

//まて、江戸城も何か様子が変――飛んだ?!

//都庁と江戸城が変形合体したんだが……これは無いわ


 天を衝く巨体。ヒトの形へと変形した都庁を彩るように江戸城だったモノが分解されて装着されていく。配信画面いっぱいに映ったそれにカーソルを合わせるまでもなく鑑定結果が表示された。『都庁守護巨兵ガーディアン・江戸城鎧装アームズ』と。


「東京ってか、日本をバカにし過ぎじゃボケェ!!」


//ウサミン語尾……今回ばかりは忘れても仕方ない

//ヤってくれウサミン、いやもうヤってくれたか

//もうちょっとマシなデザインは無かったのかよ、ダンジョンのバカヤローが!


 卯佐美の怒りを前にして、巨体は何の意味もなさなかった。配信画面にはもう鑑定結果は表示されていない。首の無い守護巨兵は只々光の塵となって消えていくのみ。


「ふぃ~スッキリしたところで今日の配信はここまでにしとくウサ。本作品この配信を気に入ってくれたなら作品のフォローチャンネル登録レビュー高評価してしてくれると嬉しいペコ。ではでは乙ピョンでしたラビ~」


//よくやってくれたウサミン! おつペコ!!

//乙ピョンラビ

//おつウサですわ~


――本日の配信は終了しました――

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