ex 僕と先輩の仲について 下
変に取り乱したりしないように、軽く深呼吸してから通話に応じる。
「もしもし」
『よう、楓。悪いなこんな時間に』
分かっていた通り先輩の声だ。
今、自分だけに向けてくれている先輩の声。
「良いですよ。普通に起きてる時間ですし……それに僕と先輩の仲じゃないですか」
思わず笑みを零しながら、なんでもないようにそんな返事を返す。
それから先輩に問いかけた。
「それで、どうしたんですか?」
どんな話だろうか。
どことなく一日通して陰鬱な気分だったが、ようやく明るい気持ちになりながら先輩の言葉を待ち、やがて耳に届く。
『いや、これ楓に聞くのちょっと反則なのかもしれねえけどさ…………渚の奴、家に帰ってからどんな感じだったかなって思ってさ』
……冷静になって考えれば、一番ありそうな話。
『あ、いや! 変な意味じゃ無くてさ……いや、ちょっと待て。どう聞いても変な感じに聞こえるな。これちょっとストーカーみてえなのに片足突っ込んでねぇ!?』
自分で話を振っておいて慌てる先輩に対して、先輩らしいなと笑みを零してから答える。
「大丈夫ですよ。あれですよね。今日一日姉さんの前で上手くやれてたって思ってたけど、実際心とかを読める訳じゃないので。上手くやれてたかなって事が気になってるんですよね」
「え、何お前心読めんの? すっげえエスパーじゃん」
「いやいや、僕と先輩の仲だから分かっただけですって」
「その理屈だと俺にもその芸当できてもおかしくねえと思うんだけど…………こんな電話を掛けてる通り、俺は楓に対しても渚に対しても、ある程度しか考えは読めねえな」
「僕や姉さんはガード硬いですから」
「それ遠回しに俺が滅茶苦茶分かりやすい奴って言ってるよな!」
「あはは、どうですかね」
……実際分かりやすい。
分かりやすいから、先輩と姉の落ち着く先が見えてしまう訳で。
……何も気付けないような鈍感である方が気が楽だった。
「それで、姉さんの事ですよね」
そして言いかけて、ふと思う。
いくらでも、適当な事は言える。
ある事ない事を適当にでっちあげて、自分にとって都合の良いような事を悪びれも無く告げる事だって、今の自分の立ち位置ならできる。
多分、きっと。
それ位の事をやらなければ、文字通り自分にとって都合の良いような事には。
自分の望むような未来は訪れない。
そう考えながら、口を開いた。
「機嫌良さそうでしたよ。あんな姉さん中々見ないって位。ノロケだって一杯聞かされましたよ。だから先輩の言動が間違ってたかどうか、みたいな事でしたら、少なくとも間違いなんかじゃない筈です。そこのところは安心してください」
考えても、考えても、そんな言葉は喉から出て来なかったのだけれど。
都合の悪い言葉しか出て来なかったのだけれど。
「そ、そっか……」
「そんな風に分かりやすく安心する位ならもっと思い切って踏み込めばいいのに……なんて、そうしない理由も分かってますけどね」
「それも、俺とお前の仲だからか?」
「いやこれは姉さんから聞いたからです」
「ああ、流石にね」
「まあ聞く前から大体察してましたけど。何せ僕と先輩の仲ですし」
「俺とお前の仲すげな!? いや、まあそれは流石に冗談だろうけど」
「どうですかね。まあ僕で良かったらこれからも頼ってくださいよ。なんていうか……そうだ。ラブコメとかでうまく立ち回る友人キャラみたいに大活躍するんで」
「お前……マジで最高かよ」
「最高でしょ」
そう言って笑いながら考える。
なんでこんなに自分の首を絞めるような事ばかり言ってるんだろう。
やろうと思えば妨害だって何だって、ある程度の事はできる筈なのに。
だけど自分でも分かる。
頭で考えて、その上でそんな行動を取れるのであれば。
きっと自分は、課された碌でも無いルールをとっくに破っている。
そんな物も破れなかった時点で、きっと自分には何もできないのだ。
と、そこで先輩が言う。
「……しかし仮に今後そうやって相談とかに乗って貰ったりするとしてだ。俺ばっかり助けてもらうってのもおかしな話だよな」
「いやいや気にしないでくださいよ」
「気にするって」
そして一拍空けてから先輩は言う。
「だから、って訳じゃねえんだけどさ。なんか手ぇ貸して欲しい事とか有ったら遠慮なく言ってくれ。できる事ならやるからさ」
そんな申し出。
そんな申し出に、少し間を空けてから楓は答える。
「だったら……迷惑にならないタイミングとかで良いんで、勉強教えて貰って良いですかね?」
少しでも一緒に居たい。
そんな願望を、絞り出すように。
「勉強?」
「はい。先輩成績良かったじゃ無いですか。で、知っての通り僕の志望校も先輩達と同じ所なんですけど、やや不安なので。見て欲しいかなと」
「ちなみに渚には頼まねえんだ」
「姉さんもギリギリで、先輩に勉強見て貰ってた側じゃないですか。だからその辺で姉さんの事は信用してないです」
「ほう……それが分かってるなら、頼る相手選択大正解。見込み有りだな」
「てことは?」
「空いた時間って感じにはなるけどさ、どんと来いよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「気にすんな。俺とお前の仲だろ?」
そう、そういう仲だ。
仲の良い先輩と後輩。
理想の関係とは違う、そういう関係。
こんな約束を取り付けたところで、何も変わらない。
それこそ無理矢理全部壊すような覚悟でもなければ、何も変えられない。
それでも……それなのに。
一緒に時間を過ごせると思えるだけで、嬉しくてたまらない。
たったそれだけで、全部が終わってしまったような気分だった一日に、光が差したように思えた。
とても淡い光ではあるけれど。
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