ex 僕と先輩の仲について 上

 自分が先輩に対してそういう感情を抱いた事に対して、分かりやすい理由なんて物はない。

 少なくとも偶に読む青春ラブコメみたいな劇的な出会いやイベントがあった訳では無いから、それをうまく言葉にはできない。


 ……いつのまにか、なんかいいなと。

 一緒に居て楽しくて、落ち着けて、安心できるなと。

 そんなふわふわした感覚を、気が付けばずっと抱き続けていた。


 だけど……それだけふわふわした感覚でも。

 それが気の迷いなんかじゃない事だけははっきりと分かる。


 だからこそ、人の幸せを素直に喜べないのだから。


「……良くない。良くないよこれ」


 夜。就寝前。

 自室で枕に顔を埋めながら、楓は静かにそう呟く。


 まだ二人の仲に決着が付いていない。

 親友以上恋人未満。


 そう考えているとそれは駄目だと分かっていても……自分が勝つ為に出来る事は無いのかと、そんな事を繰り返し考えてしまう。


 権利が無い事は分かっていても。

 道が用意されていなくても。


 全部自分で無理矢理作ってしまえば良いんじゃないかと、そんな事を。


「……それは駄目だ」


 ゆっくりとベッドから体を起こす。

 ……今、自分が何を考えていたのか。

 それを改めて自覚し、小さく拳を握ってコツンと額を打つ。


「それだけは……やっちゃ駄目だ」


 権利も道も、自分で全部用意する。

 それがどういう事か。


 ……それは姉が苦しみながらもやり切ったルールを、自分だけ破ってしまう事。


 全ての障害はあの謎ルールが原因で、それさえ無ければ……結果がどう転ぼうと、挑戦は出来るのだから。

 戦う事無く負けてしまうなんて事にはならないのだから。


 だけどそれは駄目だ。

 そんな自分勝手な事は出来ない。


 最終的に何が起きるか分かった物ではないのだから。


 ……そう、分からない。

 そのルールを破る事によって、具体的に何が起きるのかは分からないのだ。

 ただ、良くない事が起きるという事だけが教えられている。


 勿論そんな曖昧な理由だけなら、こんなおかしな宗教みたいなルールはきっと自分も渚もどこかでそれを破っていただろう。

 だけど理由は曖昧でも、その曖昧な理由の中身が文字通り良くない事は理解できているから。


 こんな滅茶苦茶なルールが、家や親戚内だけでなく学校などでもまかり通って。

 そして何より自分達自身が、性別を偽る為のちょっとした魔法のような力を使えて。

 そんな非現実的な事がいくつにも重なっているのが昨日までの自分達で、今日の自分だ。


 良くない事は、きっと本当に良くない。

 だから……足踏みしているのだ。


 きっと、致命的に手遅れになるまで。


 そんな風に色々な感情がぐちゃぐちゃになっていた所で、スマホの着信音がなった。


(……誰だろ、こんな時間に)


 軽く首を傾げてからスマホに手を伸ばし、画面を確認する。


「……あ」


 そこに表示されていたのは、今まさに自分の思考の中心に居る存在。


 明人先輩だ。

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