第10話 心の昇華

 翌朝、アグレブを捜索していた街の警備隊が、街から程近い街道沿いの林の中で彼の遺体を発見。その遺体はバラバラにされており、一部は野生動物によって持ち去られていた。その顔は苦悶に満ちた表情を浮かべたままだったという。

 その報告を受けたギルドマスター・カイは、自ら訴え出た器物損壊や詐欺、不法な魔道具の所持・使用について、被疑者死亡で処理し、この一件の幕を降ろすこととした。

 アグレブの死因については他殺の可能性が高かったが、これまでの横暴な振る舞いや、子どもへの性的悪戯の可能性が取り沙汰され、誰からも追求の声は上がらなかった。


 自我を取り戻したハイトロール・ザグラスは、本人から街の住民の前で断罪してほしいとの希望があり、街の広場で罪を告白することになる。拘束はされていないものの、その場に両膝を付き、多くの住民が見守る中、これまでしてきたことを告白した。

 ひとの財産を強奪してしまったこと、ひとを暴力で屈服させてきたこと。そして、アグレブに敵対する多くのひとをあやめてしまったこと、アグレブ自身への見世物として何人もの女性をはずかしめ、あやめてしまったこと。

 自分には生きている資格がないと、ザグラスは自ら後ろ手を組み、額を地面につけて首を差し出した。

 街の住民たちがどうするべきか困惑する中、カイが異議を唱えた。違法な魔道具を用いられていて、意識はあっても命令に逆らえなかったことが最大の問題であると。そして、死ぬことで罪の意識から逃れようとするのではなく、人々に貢献することで心を清めるべきだと。罪を犯していないのに罪悪感だけを抱えているザグラスに必要なのは贖罪ではなく、心の昇華だとカイは訴えた。

 ミルルを始め、大半の住民がその意見に賛同。ナオキたちもその住民たちの判断を歓迎する。地面に両膝をついたまま涙を流して頭を下げるザグラスへ、優しく微笑みながら手を差し伸べるアラゴの姿に、多くの住民が拍手を贈った。ザグラスもまた、自分を救ってくれたアラゴの手を両手でしっかりと握り、涙ながらに頭を下げた。


 その後、ザグラスはムタナークの街の優しき守護役として活躍することになり、街を守る半神として住民たちや子どもたちに愛される存在になっていくのだった。


 街の娼婦たちを取り巻く環境も変わっていく。

 聖女エリザベス(リズ)の訴えや提案に、領主や教会、ギルドが動き始めたのだ。

 領主は、娼館に医療積立金の支払を要求。利用者にその負担をさせるように指示を出した。積立金は領主にて管理し、病気となった娼婦の治療に当たり、娼館や娼婦の負担を減らすために金銭的な補助を積立金から行っていく制度を開始。余剰金は、娼婦の避妊方法や健康維持の研究と確立に用いることとした。

 ギルドは代読のサービスを開始。娼婦に限らず、文盲もんもうの住民が書面で契約などを交わす際に、その内容を双方同席の下で読み上げ、認識に相違がないか確認させるサービスだ。また、双方で文盲もんもうだった場合も、ギルドが間に入り、書面にして保管するサービスも始めた。これによって交わされた書面には、ギルドが特殊な判で押印しており、この押印は信用の証となっていく。

 あの『捨て場』は整備され、慰霊碑を建立こんりゅう。今後、教会が埋葬や祈祷を行っていくことになった。また神父の好意で、教会を文字の読み書き、簡単な計算方法などを無料で学べる場として開放することになった。この施策は大好評となり、街の住民の識字率は著しく向上することとなる。


 娼婦や文盲もんもうの住民など、立場の弱いひとたちへ幅広く救いの手を差し伸べようとする聖女エリザベスの思い。様々な施策で具現化したそれは、やがて「エリザベス・ルール」という名前で世界中に広がっていく。

 エリザベスという娼館出身の美しき聖女が、世界中の人々からうやまわれるようになるのは、もうしばらく先の話である。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る