第56話 決闘の練習①

 桔梗院は大きな大元の建物に渡り廊下が枝分かれする形でそれぞれの学年の棟があり、教室がある。


 それぞれの棟に向かうまでの見事な庭園や木々の植え込みは見もので、たまに外国の偉い人も見に来ることがあるそうだ。


 大元の建物には何があるか。職員室や集会を行う講堂などだ。サクの入学式もそこで執り行われた。


 見た目は少し大きなお寺といった感じだが、内部はその何倍も広い。他の学年棟と同じ。見かけよりも大きな内部構造となっている。


 移動教室での授業を終えて庭園の様な渡り廊下を眺めながらサクも教室に戻ろうと歩いていると、桔梗院の建物を越えた先。桔梗院の敷地の1番奥にある建物に目が止まった。


 そこは1つの大きな寺が建っている。


 あれは日本魔法学の福寿先生が和尚を勤める桔梗院の寺。何度か授業で中に入ったことがあるが内部はかなり広く、3クラスぐらいは入れそうなほどの空間が広がっていたはず。


 そんな寺の前に見慣れた黒の三角帽子とローブと金髪の少女が何やらしゃがみ込んでいるのが見えた。


 その後ろ姿を見て足が自然とそちらの方に向かう。


「何やってんだ?」


「んー?あぁ、宗方じゃーん」


 サクが問いかけるとビクッと身体を揺らすドロシー。一方の凪の方はMnect片手にやる気のない返事を返してきた。


 凪と言葉を交わしたあと、隣のドロシーに目を向ける。


「な、なな何?」


 激しく動揺するドロシーに違和感を覚え、サクがドロシーの体の向こうに視線を向けると、そこには1匹の子犬が行儀よくお座りをしていた。


「へえ、かわいい犬だな」


 真っ白な毛並みと、真っ赤な瞳が特徴的な子犬だった。初めて見る犬種なので魔法界ならではの犬種なのかもしれない。


 何故か目を逸らすドロシーの横にしゃがみ込みながらサクは尻尾を振る白い犬に手を伸ばす。


 子犬は特に抵抗することもなくサクの手を受け入れてくれた。そんなサクのことを隣のドロシーは不機嫌そうに睨む。


「何?何しに来たの?」


「別に何でも。桔梗院にこんな犬いたんだな」


「そーなんよ。授業帰りに見かけたらドロシーちゃんが立ち止まっちゃって。だからちょっと愛でて行こうと思ってさ」


「なるほど、確かに可愛いしな。お前もこういう犬が好きなのか?」


「……別に、たまたま目に留まっただけっていうか」


 いつもキレッキレの反論をぶつけてくるドロシーは何故か歯切れ悪く答える。


 そして恨みがましくサクを睨んでいた彼女は子犬の方に向き直った。


 サクとは違い、ドロシーは触れもせずにただ子犬の顔をじっと眺めているだけだ。


「よしよし……誰か飼ってんのかな」


「さぁ?」


 サクが頭を撫でると子犬は気持ちよさそうに目を細めてなされるがままだった。


 そんなサクの隣のドロシーの表情が何を意味するのかよく分からなかった。


「あれ、どうしたの3人とも」


 しばらく子犬を愛でていると背後から声をかけられる。振り返るとそこにいたのはサクのクラスメイト志村睦だった。


 今日も彼のローブの隙間から忙しなく何かの魔法動物の尻尾や蔓、たまにヨダレのような液体がこぼれ落ちている。


「何だ、こいつもお前のペットか?」


「違う違う、僕の式神じゃないよ。その子ははくって言って福寿先生から世話を頼まれてるだけ」


 そう言うと睦は手に持った何か干し肉のような物を白に差し出す。すると白は嬉しそうにその肉を頬張った。


「この子は【犬神】なんだって」


「【犬神】……って確か」


 確か日研のオタとロイ先輩が前に話していた。犬を媒介にした呪術の1つ。


 犬を地面の中に埋めて顔だけ出した状態にして数日放置。飢餓状態になった犬の前に食べ物を置き、それを食べようと首を伸ばした所を切り落とす。


 そこで生まれた怨念を利用して自身の力に変えるという術。初めて聞いた時は非人道的な術だと気分が悪くなったのを覚えている。


「酷い。先生がやったの?」


 ドロシーの声が少し強くなる。


 確かに、あの優しい福寿先生がそんな非道な術に身を落としているなんてこと考えたくない。だが、福寿先生が管理しているのなら、過去に福寿先生が犬神の儀式を行ったと考えるのが自然かもしれない。


「ううん。白はあれにとり憑いてるんだってさ」


 そんなサク達の反応を見ても睦は変わらない態度である一点を指さす。


 そこにあったのは本堂の中心に祀られた金の仏像。確か、観音像とか言う直立した仏像で高さは160〜170センチと言ったところか。


「へぇ……でも、犬神って普通人にしか取り憑かないんじゃないだっけ?」


 サクは寺の中から顔を覗かせている金色の仏像を遠目に見ながら睦に尋ねてみる。


「そーなん?宗方えらい詳しいね」


「ちょっと最近そんな話を聞くことが多くてな……」


 確かオタの話では犬神は生きた人に取り憑き、その人間に使役されると言うことだった。そんな犬神が命を持っていない仏像に取り憑くなんてことありえるのだろうか。


「よく知ってるね。でも魔法の世界は普通なんてことはそう有り得ないからね。みんな違ってみんな普通なんだよ」


 そう告げる睦のローブからゴソゴソと何かが顔を出す。


 そこから現れたのはエメラルド色の鱗に身を包んだ小さなドラゴンだった。


「でも、かわいそうかもね。犬神の儀式って契約という名の呪いだからさ。それを解くためには本来術者が死ぬか契約を破棄するしかない。相手が仏像じゃそれも叶わずに永遠に1人で生きていくしかないから……」


 犬神は主人となる人間のためにその身を捧げ、そして主人が命を落とした時にその役目を終える。


 主人が命を落とす前にその所有権を他の者に譲渡することも可能らしいがそれが何も物言わぬ仏像では譲渡なんてことはできない。あの仏像が壊れるかどうかしないと永久的にあの仏像を守るために縛られ続けるということになるのだろう。


「かわいそうだな……」


「うん。僕も不憫に思う。せめて僕が式神にしてあげれば大切に面倒見てやるんだけどさ。でも仏像に取りついた犬神ってことで他の学年の生徒はみんな知ってるらしいし、その恩恵にあやかろうとよく拝みに来るんだって。そのおかげでこの子もみんなから可愛がってもらってるみたいだし……もしかしたらこの子はこの子で幸せなのかも」


 何がこの子犬にとっての幸福かは分からないが今こうして幸せそうにしているのなら、この子犬がここに来た意味もあったのかもしれない。


「ふーん……」


 じーっと食い入るようにドロシーは犬神白の顔を見つめる。


「あなたも……私と同じね」


「同じ?」


 ドロシーのふと呟いた言葉が妙に気になった。尋ねてみるもやはりドロシーは何も答えない。


「でも、あんた式神ばっかだし……それこそ白ちゃんかわいそー。宗方みたいに式神は1つにしたらどう?」


「え?サク君式神いるの!?」


 凪の言葉を聞いて睦が目を輝かせる。


 そう言えば、いつも外に出たがらないから桔梗院には連れてきたことがないし、クラスメイトとそんなに話すこともないから知らないのか。


「まぁ一応……な。ただの付喪神だしそれだけたくさん式神持ってお前にとっては何も面白くねぇと思うけど……」


「見たい見たい!ちょっとここに呼んで見せてよ!!」


 どうやら睦にはそういった垣根はないらしい。あらゆる魔法生物が好きで見てみたいのだろう。まぁサクとしても別にそれは構わない。


 しかし1つ問題があった。


「呼んでって言われても……今あいつ部屋にいると思うから呼びようもないぞ?」


 今頃うちのクラはいつものあの6畳1間で寝てるか日向ぼっこしてるかだ。当然学校に連れてきていないし連れてこようと思ったこともなかった。

 

「式神だったらここに呼び出せばいいよ」


「え、そんなのできるのか?」


「うん。ちょっと見てて」


 そう言うと睦は腰のポーチから杖を取り出す。そこから現れたのは素朴なやや黒みの木の杖。睦は杖を上に向けてクルリと1回転させる。


「【召致しょうち】」


 睦がそう呪文を唱えると何も無い空間にパシュン、と小さな音がなり、そこから小さな猫のような獣が現れた。


「式神基礎魔法一式。【召致しょうち】。式神契約を結んだ式神をどこからでも呼び出すことができるんだよ。ほらやってみよう」


 睦に促されてサクも杖を構えてみる。


 そう言えばアゲハさんも式神にまつわる魔法があると言っていた。まだ授業では習っていないがこれだけたくさんの式神を持つ睦が教えてくれるのだから多分間違いはないだろう。


 ちなみに呼び出された猫のような獣はサクの足元にやってくるとスネをこするように身体を押し付けてくる。


 それを見た凪とドロシーはどこか羨ましそうにしていた。


 しかし、ほんとにクラがここにやって来ることなんてあるんだろうか?


 見様見真似でサクは呪文を唱えてみることにした。


「【召致しょうち】」


 すると、睦の時と同じようにパチンと小さな破裂音。それと同時に現れたのは桜の枝がささった灰色の花瓶。


「キキっ?」


 呼び出された灰色の花瓶は小さな鳴き声を上げてサクの手元へと落下する。


「おぉ、まさかほんとに来るとは」


「わぁ!すごい!!付喪神だね!!」


 睦が吸い寄せられるようにサクの手元のクラに顔を近づける。


「悪いな、急に呼び出して。ちょっと魔法の実験台になってもらったんだ」


 困惑したようにキョロキョロしているクラにサクは簡単に状況を説明する。


「キッ!キッキッキー!」


 すると、クラは予想通りプンスカと怒ったような声を上げた。


「え?その子人の言葉が分かるの?」


「ん?そうだけど?」


「えぇ!?付喪神ってFランクの魔法生物だから、人語は理解できないはずなのに!」


 そう言えば、クラがサクの杖を持ち逃げした時にもクラが言葉を理解する素振りを見せたことに先輩やアゲハさんも驚いていたか。


 魔法生物学で最初に学んだことは、魔法生物にはその知能や力、危険度によっていくつかのランクが存在すると言うこと。


 ちなみにクラのような付喪神は最低のFランク。このレベルの生物は自我が薄く、意思疎通は困難とされる。


 ちなみに睦の肩に乗っているドラゴンはランクA。意思疎通もできれば強力な力を持った生物だ。


「うわぁ〜いいなぁ!かわいいなぁ!ねぇ!しばらく僕に観察させてよ!」


「ま、待て待て。次授業だろ、終わりだ終わり!クラも怖がってるからまた今度!」


 興奮冷めやらぬ睦を宥めながらサクは逃げるようにして1年1組の教室へと戻るのだった。

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