第54話 ピクニック③

 アゲハさんが用意した弁当はとても気合が入っていてどれも格別にうまかった。


 ひとしきりみんなで食事を楽しんだ後、皆思い思いの過ごし方で過ごす。散策に出かける物、バドミントンのようなラケットで逃げ回る虫のような玩具を撃ち合うもの。イビキをかきながら草原の真ん中で昼寝するもの。


 サクはというと腹ごしらえを終えて、シートの上でしばし横になっていた。


 木陰が心地よかったことと、木の下から見上げる桜があまりにも美しかったから。


 満腹の満足感も相まってうつろうつろと微睡みがサクのまぶたを重くした。


「来て……よかったな」


 叔父さんとはこんな風に2人で花見なんてしたことがない。せいぜい春の祝いとして寿司を食べて桜咲く河川敷を歩いて帰ったぐらい。


 そんなたかだか1、2年前の思い出のはずなのにそれが妙に胸に染みるのを感じた。


 それに浸りながらいよいよサクの意識が闇に落ちそうになった時。


「なーに1人黄昏てんのさ」


 夢の世界に旅立とうとするサクを呼び止める存在があった。


「何しに来たんだよ凪」


 目を開けるとそこには桜の園の同級生こと凪の姿がある。


「ん?別に。宗方がそこにいたからちょっと絡んでやろうと思って」


 そう言って凪はサクの隣に腰掛けてくる。


「珍しいな。お前が人に絡みにくるなんて」


 いつもMnectの相手をしている凪がこうして話に来ることに珍しさを感じながら身体を起こす。


 何か用事でもあるのだろうか。


「いや、さ。改めて兄貴のことごめんって言いたくて。びっくりしたっしょ、あれさ」


 あれ……とは、恐らく彼女の兄こと嵐の凪に対する過保護な態度なことだろう。


 変に気を使うのも今更と感じたので素直に頷いた。


「まぁ、少しびっくりした」


「あはは。宗方って正直だね」


 サクの答えを聞いて凪は吹っ切れたように笑う。


 そして一瞬の沈黙の後、意を決したようにポツリと一言。


「うちさ、親いないんだよね」


 そう言った。


「えっ」


 突如告げられた一言にサクは驚き……と言うよりも呆然と言う言葉が1番しっくりくるだろうか。


 予想だにしていなかったことにサクの頭は真っ白になり、ただ凪の横顔を見つめるしかなかった。


「うちの両親……あんまりいい家柄じゃなくてさ。まぁ俗に言うヤクザとかそんな感じだったの。その抗争か何かで死んじゃって菊の紋が運営する孤児院に引き取られたんよ」


 そう話す凪はどこか悲しそうだがいつもと変わらずひょうひょうとしている。


 いつもの調子で打ち明けられた凪の身の上話にサクはどう答えればいいのか分からなかった。


 そもそも、どういう意図で語っているのかも分からない。このまま話を聞いていればいいのか。何か気の利いたことを言えばいいのかもわからない。サクのこれまでの人生で経験したことのないことだった。


「兄貴があたしに過保護なのもそのせいなんよ。残った唯一の家族だから、心配してくれてんの。その気持ちは……まぁ正直感謝してんだけどたまにうざいって感じ」


 嵐からすれば凪は唯一残された大切な家族。しかも妹だ。当然心配にもなるだろう。


 いささかやり過ぎな所もあるが、嵐のあの必死な姿の裏にはそう言った事情もあったのかと納得させられた。


 同級生で、そんな重い人生を送ってきたという凪のことをサクは強いと思わされた。


「宗方は?」


「俺?」


 だから、凪にそう言われた時。自分が情けないように思えた。


「あたしだけじゃなくて、訳ありな人らばっかでさ。桜の園って魔法孤児が集まる寮なんよ。あたしも話したんだから宗方がいいなら聞かせてよ」


「俺なんか……凪に比べれば大したことないよ」


 大きな過去を抱えた凪に話すなんて、情けないと思った。しかし、それは話してくれた凪に対する冒涜だとも思う。


 凪がどう言う思いで彼女の過去を話してくれたのかは分からない。分からないけれど、その事実に応える唯一の方法はサクもまた、自分のことを嘘偽りなく伝えることだと思った。


「まだ物心着く前に親が死んで、叔父さんに引き取られたんだ」


 そう、確かサクが2歳の時。


 覚えているのは黒い喪服に身を包んだ大人の波と、そんな中たった1人だけ。立ち尽くすサクのことを受け止めてくれた煙草の匂いが染みついた黒いスーツ。


 それがサクと信玄の出会いだった。


「それだけ。両親の記憶なんてほとんどないし辛いなんて思ったこと一度もない」


「一度もないの?」


 驚いたような顔で凪は尋ねてくる。


「うん、一度もないな」


 分かる。正直自分でも疑問なのだ。普通親がいなければ寂しかったりするものだろう。


 強がりでもない。本当にそう思うのだ。


 不便に思うことはあってもそれで枕を濡らす夜なんてもの経験したことがなかった。


 亡くした親のことを悼むことができない自分は冷たい人間なのだろう。そんな自分を何度毛嫌いしてきたことか。


「羨ましい」


 凪は手に持った紙コップのお茶を口に流しこむ。そして小さく息を着いてまた口を開いた。


「あたしは……今でも寂しいって思うよ。辛いとも思う。何であたしには親がいないんだろって」


 どこか遠くを眺めるように凪は言う。


 凪の言葉がサクに突き刺さった。


 普通じゃないと。そう言われたような気がしたから。


「叔父さんとはうまくやれてたの?」


「いや……大喧嘩して家飛び出してきた」


 今思い返しても腹立たしい。


 晴影さんがうちに来たこと。そこで起こったあらましを凪に伝える。


 そしてここに来るまで魔法とは無縁の生活を送ってきたことも話した。それを聞いて凪は心底驚いたような顔をして見せた。

 

「マジか。全然気が付かなかった」


「うまく溶け込めてた?」


「たまに変なこと言うなってぐらい」


「じゃあ溶け込めてないな」


「かもね」


 そんなことを言いながら笑顔を交わす。慣れない感情に少し心がふわふわした。


「ありがと。あんたと話せて良かったよ」


「どうして?」


「あたしだけじゃ無いって思えたから。こんな辛気臭い話、普通の人らには話せないっしょ?」


「間違いない」


 サクもこんな話を打ち明けたのは凪が初めてだった。


 元いた学校でも、こんな話打ち明けられる間柄の友人はいなかったし、サク自身打ち明けたいとも思ったことがない。


 正直、どうでもいいと思って生きてきた。そう言う所も踏まえて、自分はなんて虚しい人間なのだろうと感じる。


「そんじゃ、宗方。ほい」


「ん?」


 すると、凪がいつもいじっているMnectを開いてサクに見せてきた。


移人うつろいびとの世界にいたんじゃ見たことないんでしょ?そりゃMnectのことも知らない筈だわ。こーやって操作すんの」


 Mnectは小さな長方形の黒い石版で、そこにはスマホの液晶画面のように様々な文字や写真、アプリのような物が浮かんでいる。


 それを凪は分かりやすく実際に操作しながらサクにレクチャーしてくれた。


「うわ、すげ。スマホみてぇ」


「スマホ?何それ?」


移人うつろいびとが使ってる電気で動く機械。電波飛ばしてSNSとか見れるんだ。そっくりだよ」


「えー、専門用語多すぎー。もっと分かりやすく説明してよ」


「マジか。どこからが専門用語だと思う?」


「機械、電波、SNS」


「ほとんどじゃんか」


「あははははっ」


 こうしてサクは凪からMnectの事を教えてもらい、サクはスマホの事を凪に教えた。


 凪との距離が、不思議と深まった様な気もした。

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