第53話 ピクニック②
桜の園の建物を出て、舗装されていない山道を登る。
熱くなり始めた日差しがクーラーボックスを担ぐサクの体力をじわりじわりと削り取っていた。
てっきり魔法で運ぶのかと思っていたが、アゲハ曰く「こういうのは魔法を使わないからいいんですよ」と言って原始的に担いで運ぶことになった。
ちなみにサクは重すぎる荷物のせいでどんどん集団から置いていかれそうになっていた。自身の式神であるクラまでもがサクを置いて歩いていく始末。
「ま、待って……」
自身の運動不足を呪う。
ろくに習い事も何もしてこなかった身。男であるだけで力も何も無い。むしろ細い。
男として、せめてもう少し筋肉をつけておけば良かったなんて後悔をしてももう遅い。後悔は先に立たなかった。
「おい」
その時、サクの担いでいた荷物の重みが消える。
それと同時にサクを追い越す大きな影がサクの視界の横に現れた。
そこにいたのは大柄な色黒の男。2mありそうなほど大柄な彼は派手な色をしたジャージに身を包みながらサクが苦戦していたクーラーボックスを軽々と担いで前集団を追いかけ始めた。
「すみません……」
「気にするな。ほら追いかけるぞ」
「は、はい」
大男の先輩に背中を押されながら駆け足で前の人達を追いかける。
「俺は大海原大和。1年坊主、お前は?」
「宗方サクです」
「そうか。確か1番最後に入って来たやつだったな」
春終わりの生き生きとした緑の中を走りながら大和先輩はそう言う。
先輩なのは分かるが一体いくつぐらいなのだろう。気になるがそれ以上は何も言わずに大和先輩は走っている。
聞いてもいいのだろうか。こういう時の距離感をどうすればいいのかサクは苦手だった。
「初めまして宗方サク。僕はズーム・クローズ。このデカブツと同じ高2さ」
「え?誰?」
すると、大和の方から少し高い声変わり前の小学生のような声が聞こえてくる。
「おいおい後輩君よ、僕が見えていないのかい?」
改めて大和先輩の方に目を向けると、彼の肩に小さな何かが乗っかっているのが見える。
それは身長30センチほどの小さな男の子で大和先輩の大きな肩の上から手を振っているではないか。
糸目で柔らかそうな茶髪が風になびいて揺れて、頭には水色のバンダナを巻いているのが特徴的だ。
子どもじゃない、明らかにそういう種族なのだろう。多分……小人か?
「こいつ、口下手でね。困るだろ?会話も続かない。おかげで顔は悪くないしガタイもいいのに女子にモテない。全く困った男でね」
「は、はぁ……」
ペラペラと早口でまくし立てるようにズーム先輩が告げる。
大和先輩は口下手かも知れないがこっちのズーム先輩はおしゃべりだ。
「あ、そうそうこの前も聞いてくれよ。こいつハンカチ落とした女の子にハンカチ返すのに5分も無言で追いかけ回してさ。おかげでその女子がビビって法行所に連れてかれるとこだったんだぜ?信じられる?ヤバいだろ?」
法行所とは確かサクのいた世界で言う交番みたいな場所だったはずだ。ズーム先輩はこちらが聞きもしないことも喋り続けて止まらない。
「黙ってろ、ズーム」
黒歴史を後輩に暴露された大和先輩は不機嫌そうに不服を申し立てるがズーム先輩は全く聞いていない。
「図体だけでっかくてさー。毎朝毎朝早朝にランニングとか筋トレとかやってんの。ムキムキマッチョ。木彫熊さえ素手で倒せるんだ、人間兵器だろ?」
延々と大和先輩をいじり倒している。
ちなみに木彫熊とは山に住む魔法動物で、木の幹や根を抉ってそこに同化して身を隠す性質を持つ熊だ。その体長は3mを優に超え、遭遇したら逃げることを推奨される危険な生き物だと最初の魔法動物学で学んだ。
それに素手で勝てるなんて、控えめに言ってこの大和先輩は化け物だ。
「は、はは。でも俺も少しは鍛えた方がいいかもしれないです」
自身の細い腕を見ながらため息をつく。
大和先輩と比べると3倍ぐらいの差はありそうだった。
男として、先ほどのクーラーボックス然り多少の筋肉はつけておきたいと感じる気持ちは無きにしもあらずだ。
「なら俺と一緒に鍛えるか?」
すると、意外なことに大和先輩がサクのその発言に食いついた。
「え?」
「俺でよければ効率のいい筋トレを教えてやれる」
「おぉ?大和が他人に興味を持つなんて珍しいこともあるな」
まさかそんなことを言われると思っていなかったのでサクは少し驚いてしまった。
「魔法使いで身体を鍛えようと思う奴はそういない。みんな俺を変人扱いするんだ」
確かに身体を鍛えなくても魔法があれば重い荷物に困らないし無理に鍛える必要もないのか。
小さな同級生に変人扱いされ、無口な大和先輩が1人黙々と筋トレをしている姿を想像して同情に似た感情を覚える。
「毎日……って訳にはいかないですけど、気が向いたら」
「そうか。俺は毎日やっている。気が向いたら朝5時半に門の前に来い」
そんな朝早くからやっているのか。少々気が重いが、断るのも気が引ける。
それに、こうして助けてくれた相手だ。お礼としてせめて1回ぐらいは付き合ってもバチは当たらないだろうと思った。
こんな小さな約束を交わしながら桜の園のメンバーと合流。さらに30分ほど山道を歩いた。
大和先輩は気を良くしたのかサクから荷物を預かってからずっとサクの代わりにクーラーボックスを担いでくれた。
なのでサクは集団の後ろの方から桜の園の他のメンバーの事を観察することが出来た。
クラスの面々も多種多様な種族が集まっているが桜の園もまた沢山の種族で溢れていると思う。
桜の園には男子が15人。ノアだけが参加しなかったのでここには14人いる。女子は13人。アゲハさんを入れて合計28人。
女子は女子でかたまって話をしており男子はチラホラと小さなグループに別れて話しているようだった。
唯一の同学年のリアムは朱色の髪をした男の先輩と楽しそうに会話している。
リアムが話している男子生徒は背中から真っ赤に燃えるような翼が生えている。ジーン先生の魔法種族学で学んだ翼を持つ種族、鳥人だろう。
桜の園はかなり山奥にある寮だ。そこから大体1時間ぐらい歩いている。一体どこに向かっているのか。
きっと都会なら暑さを感じるのだろうが山道は涼しい。クーラーボックスさえ無ければ春の陽気がとても心地く思える。
周りの景色は面白く、これまでサクが見たこともない花や植物が自生しているのが見えた。
文字通り踊るように揺れる木々や、ガラスのように透けた白い花。
空飛ぶ虫に噛みつこうとするツルも見かけた。
どうやら場所によって魔力で満ちた地域があるらしい。いわゆるパワースポットのようなもの。魔法生物達はそういった所を住処としているそうだ。
そう言った場所は
この山は霊峰として特に力に満ちた場所であること。その力ゆえ、魔法の力を持たないものは入ることもままならない。言わば空間と空間の狭間にある場所らしい。
授業で習った場所をこうして実際に歩いて目にして、身体で感じて楽しみを感じる。
参加した時は面倒くさいと思っていたが、こうして実際に足を運んでよかった。
アゲハさんに感謝しなければならないと思った。
「さぁ、つきましたよ」
そんなふうに思っていると、先頭を歩くアゲハさんが振り返ってニコニコと笑顔を向けてくれる。
見ると木々のトンネルか終わりを迎え、白い光が木陰になれた目に染みる。眩しさに目を細めながらトンネルを抜けると、そこに草原が広がっていた。
地面には色とりどりの花が咲き誇り、まるで宝石のようにキラキラと輝いている。
サク達が歩く山道は草原の中に続く1本の獣道として草原の中に伸びており、その行き着く先には1本の大きな木が立っていた。
「あれ、桜の木ですか?」
サクは思わず隣の大和先輩に尋ねていた。
「そうそう。あれが万年桜の木。一万の歳を重ねる間、ああして桜の花を咲かせ続ける神秘の桜さ。綺麗だろ?桜の園に咲く桜、あれの苗木らしいぜ?」
ところが返事を返してきたのはズーム先輩。
今は5月の頭。ズーム先輩の言葉の通り丘の上に立つあの桜の木は既に時期を過ぎているにも関わらず満開の花を咲かせていたのだ。
その桜の花は普通の桜に比べて色が白く、より一層幻想的に見える。
「あの桜の木の下で愛を誓い合った2人は永遠に結ばれるって噂でね。桜の園の寮で付き合った奴らはあそこでそんな迷信を信じて愛を誓い合うんだと。大和にはない経験だろ?」
「俺は女は好かん」
大和先輩達の会話を聞きながら、サクは桜に見蕩れていた。
言葉にできないが、美しくて目を離せない。サクの心を鷲掴みにされたような感覚だった。
それと同時にふと、桜の園に着いた時に見た人影のことを思い返す。
真っ白な髪の誰か。あそこで咲く桜のように白い髪をした何者か。
「そう言えば先輩。桔梗院に白い髪の人っているんですか?」
「白い髪?あー……白じゃないけど多分あいつだな。ほら見える?あそこにいんの」
大和先輩に聞いたつもりだったがやっぱり代わりに肩のズーム先輩が答える。
「ほら、中等部3年の女子。人魚の竜宮乙姫さんだ。珍しいよね、銀髪だなんて。希少な人魚の中でもより珍しい一族だからレア中のレア」
「へぇ……」
ズーム先輩が指さした先に居たのは白……と言うよりは銀髪だろうか。太陽の光をキラキラと反射させる女子生徒がいた。
ロングヘアの髪が山風に揺れ、瞳は大海原のように美しい蒼色。
エレナではないが、一目見れば釘付けになるほどの美人だった。
「なになに?一目惚れか?」
「違いますよ。ちょっと気になっただけです」
「いやはや、実に高嶺の花と言わざるを得ないね。彼女は演劇部の若きエース、花形女優ってやつさ。校内のファンは数知れず、彼女に告白して玉砕した男子の数も星の数ほどさ。おかげで変な恨みを買ったのか1年の時に呪いを受けたこともある」
「え?呪いですか?」
いささか不穏なワードにサクは思わず問い返していた。
「呪いと言ってもまぁそんなたいそうなものじゃ無いさ。せいぜい熱が数日下がらないとか、そんな子ども騙しみたいな呪いだったね。結局犯人は見つからずじまいだったけど」
「迷惑な話ですね」
超絶美人で演劇部のエース。
輝かしい肩書きがみんなからの羨望を得る一方で、そういった歪んだ想いを向けられることがあるのか。
嫉妬、怒り、独占欲。それがあの竜宮先輩に呪いという形で向けられた。身勝手な人の心の醜悪さに身震いした。
すると、ふと竜宮乙姫先輩がこちらの視線に気がついたのかこちらの方に目を向ける。
そしてはにかむように恥ずかしそうな笑顔でこちらに向けて手を振った。
「おっおっおっ?これは脈ありかい、1年坊主。やったな」
「いや……別にそんな」
不覚にもその可愛さに頬が赤くなってしまう。
なるほど。そりゃ確かに強烈だ。と、1人で妙に納得してしまった。
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