第52話 ピクニック①
ゴールデンウィーク中日。ピクニック当日。
サクは桜の園の食堂でピクニックの準備を手伝っていた。
大所帯なので荷物も多いらしく、男手が欲しいとアゲハさんが言っていたのでリアムも誘って手伝いを申し出たのだ。
素行が悪そうに見える彼だがなんだかんだいってこういう時に力を貸してくれたり男らしいところがある。サクの印象としては意外といいやつというイメージだ。
サク達は玄関先にクーラーボックスを運ぶように言われアゲハさんからそれを受け取るところ。
「はい、それじゃ男の子は重い荷物持ってあげて下さいね」
「へいへい」
そんな風にアゲハからクーラーボックスを受け取るのは金髪の男子生徒。
名前はよく知らないが、ここに来た初日に階段で黒焦げになっていた生徒だったはず。
多分女子寮に忍び込もうとしていたのだろう。あまりかかわるとろくなことにならないかもしれない。
「やぁやぁ。君らの名前はなんと言う?」
そんなことを思っていると、突然彼がサク達に声をかけてきた。
改めてその顔を見てみると、金髪の髪をしている割に日本人のような顔をしている。髪を染めているのだろうか。
「リアム・シモン」
「宗方サクです」
関わりたく無いと思った矢先にまさか声をかけられるとは。これからピクニックに行こうと言う相手を無視するわけにもいかないのでリアムに乗っかる形で自己紹介した。
「そうかそうか。リアムとサクと言うんだな?………………時に君達」
すると、優しい笑顔だった彼の表情が突然氷のように冷たい無表情へと変わる。
その変貌ぶりにサクは驚いた。
「あー、君達の同級生……女木島凪という娘がいるね」
「え、あぁ……凪の事ですね」
「なぁぎぃ!?」
静かだった彼の様相が崩れ、激しく声を張り上げる。
刹那。目の前の彼が鬼の形相でサクの胸ぐらに掴みかかってくるではないか。
「貴様ァ!?凪ちゃんと下の名前で呼び合う仲なのかぁ!?言えぇ……どういう関係なんだぁ、まさか良からぬことを考えては……」
「な、なななんです!?別に凪とはそんな関係じゃ……」
ガクンガクンと首を揺さぶられながらサクは悲鳴を上げるように弁明する。
何だこの人。何でこんなにしつこく凪のことに首を突っ込んでくるのだろう。
ひょっとすると凪の彼氏とかなのかもしれない。
しかしこの前、木ノ葉楽の話をした時に「いーな。あたしも彼氏欲しー」とか言ってたから今凪に彼氏はいないはず。
じゃあ何か。女子寮のある桜の園2階に忍び込もうとしていたところを見るに、まさか凪のストーカーか?
それだったら同じ寮に通う同級生の身の安全のためにも何か言うべきなのかもしれない。そんな慣れないことが頭をよぎる。
後で思えば多分、焦って普段とは違う思考回路になっていたのかもしれない。
「だ、ダメですよ。凪には凪の人生があるんですから、フラれたのなら素直に身を引くのが男ってもんじゃ……」
「なぁにぃ!?この俺に凪ちゃんのことで説教するつもりか!?さては俺よりも凪ちゃんのことに詳しいアピール……貴様さては彼氏か何かか!?」
「そんなんじゃないですけど!?ちょ、リアム助けてくれ!」
この男、話が通じない……というか聞いてない。
これでは埒が開かないと判断したサクはそばにいるリアムにヘルプを出した。
「そんじゃアゲハさん、これ玄関まで持っていくぞ。これで全部だな?」
「ええ。ありがとうリアム君、助かりましたよ」
隣で激しい修羅場を繰り広げているのにリアムもアゲハさんも意に介さずにピクニックの準備を進めているではないか。
「待てリアム!いくらなんでも薄情だろ!」
「んぁ?別にいいだろ。どうせそろそろ……お、来た来た」
のんきにそんなことを言うリアムの視線の先。食堂の引き戸が音を立てて開かれる。
「ねーアゲハちゃん。何かあたしらが手伝うことあったり……」
そこに現れたのは彼の話の中心たらしめる女木島凪だった。
「はあ!?ちょ、宗方!?離しなよ、何やってんの!?」
驚いた顔の凪はサクと金髪の男の間に割り入って引き剥がそうとしてくれる。
だが、この男が仮にストーカーなら逆に刺激してあまりよくないのではないか。
「凪ちゃん!俺はこんな目つきの悪いガキ認めないぞ!!」
実際、金髪の男は凪に向かってそう豪語している。この男の神経を逆なでしてしまえばサクの関与しないところで凪が何かよくない目にあってしまう可能性がある。
それはサクにとっても後味が悪い。
「や、やめてあげてください!付きまとうのは凪がかわいそうですから!」
「凪ちゃんのことで何か言いたいなら俺を倒してからにしろだと!?」
「そんなこと言ってない!言ってないって!」
「宗方あんた何言ってんの!?何か勘違いしてない!?」
「おー、思ったよりも面白くなってきたな。やれやれ」
「ほらほら、もうそろそろお終いにして。いきますよ3人とも」
過熱化してく当事者3人と、淡々と作業を続ける2人。
もしかすると凪の危機かもしれないのにあまりそれを気にかけていないアゲハさんの態度に引っかかりつつも、サクももう引き下がれないところまで来ていた。
そんなサクの孤立奮闘劇は凪の言葉で終止符を打たれることになる。
「あーもう!馬鹿!馬鹿兄貴!いい加減にして!!宗方はただの同級生だって!!これ以上宗方に迷惑かけるなら二度と口利いてやんないから!!」
「兄貴!?」
「そ、そんなあ!!俺はただ凪ちゃんの禊を守るために……」
「過保護だっていつも言ってんでしょ!?自分のことぐらい自分でできるって!!あといい加減あたしのことちゃんづけで呼ぶのやめてくんない!?」
凪の言葉を聞いてサクは驚きを隠せなかった。
そんなサクの様子を見て凪はため息をつきながら紹介する。
「ごめん宗方。こいつは女木島
言われてみれば、金髪の髪に外国とは違う日本風の顔。凪と特徴が酷似しているのがわかる。
兄妹揃って同じ髪色。てっきり凪は髪を染めているのかと思っていたが、どうやら地毛だったらしい。
凪は「そーいやあんたにまだ言ってなかったかー」と言う。一応他のメンバーには言っていたらしいがサクは他のメンバーよりも遅くここに入ったこともあって聞きそびれたそうな。
驚きと同時に安堵で力が抜ける。
「そ、そっか……よかった」
「あのさぁ。何がどうなってうちの馬鹿兄と喧嘩してんの?ことと次第によっちゃ絶交だかんね?」
すると、今度は凪の視線がサクのほうに向く。ごまかしても仕方ないのでありのままを話すしかないだろう。
「あ、いや。この前この人が女子寮の階段を登ろうとしてて……」
「はぁ!?まだ懲りてなかったの!?あたしがここに来て何回目よ!?」
何回目……。つまりあれが初犯じゃなかったのか。
「だ、だってぇ……凪ちゃんが心配で。変な男にいじめられてないかとか変な男がついてないかとか変な男に騙されてないかとか」
「もうあたしは子どもじゃないの!いい加減妹離れしなよ!!そんなんだから顔はそこそこいいくせにモテないんだよ!?」
「辛らつだよ凪ちゃーん。でもそんな顔もプリティだね!」
「きっしょ。もう1週間口きかないから」
「凪ちゃあああああん!!」
断末魔の声をあげる嵐をよそに凪は再びサクの方に向きなおる。
「んで?それで何でこんなことに?」
「え…と。凪のことすごい聞かれたからてっきり凪のことが好きで付きまとってんじゃないかと思って。ストーカーは凪が困るからやめるように言ったんだ。そしたらこんな大事に……。ごめん、凪の兄ちゃんをストーカー呼ばわりして」
早とちりした自分が恥ずかしくなる。
おかげで人の兄をストーカー呼ばわりした挙句、当人に助けてもらうなんて馬鹿なことをしてしまったと自分の行いを恥じた。
「ぷっ、あはははは。宗方あんた面白いね」
てっきり怒られるかと思ったが、当の凪はケラケラと爽快に笑い始めた。
「心配して言ってくれたんだ。いーじゃん、意外と男らしい」
「な、凪ちゃん。まさかこいつのこと好きになったんじゃ」
「うっさい、黙ってて馬鹿兄貴」
凪は嵐の頭を引っぱたくと嵐の首根っこを捕まえてずるずると食堂の外に引っ張り出す。
「あんがと。ほんとにあたしにストーカーでも出たら頼りにさせてもらうわ。サンキュー」
「待て待て!実の兄を差し置いて凪ちゃんを守るなんて朱天様が許しても俺が許さんぞー!!」
そう言って嵐は凪に引きずられて玄関の方に消えていった。
「意外だ。凪に兄貴がいたなんて」
そんなことを思いながらサクもまたアゲハから持たされたクーラーボックスを肩に担いで玄関の方に向かおうとした。
「あ、クラどうしよう」
そこで、クラを部屋に置いてきたことを思い出した。
この桜の園から連れ出したことがなかったが、果たしてクラは着いてくるのだろうか。
ここ最近は同級生の女性陣に可愛がられて懐いている素振りも見えるし、一緒に遊んでもらえるのであればクラも喜ぶかもしれない。
ちなみにリアムは何の気ない素ぶりを見せつつも、人目をはばかってクラの中に水を流し込んだりしているところを数回目撃している。素直になればいいものを。
取り敢えず行きたいかどうか確認だけでもしておこう。
アゲハに一言断って部屋の方に向かう。
人気のない廊下を進んで行くとサクの部屋の2つ手前の扉が急に開かれる。
中から現れたのは桜の園の問題児。ノア・フューカスだ。
「……どけよ」
サクを見るなり不機嫌そうにノアは言う。
「……お前は行かないのか?」
そんなノアにサクは一言尋ねた。
今回のピクニックはみんなの親交を深めるためのアゲハさんの催し。桜の園で1番馴染めていないのはこのノアだと言うことは誰の目から見ても明らか。
表立って言わないが、きっとアゲハさんにとって1番参加して欲しい男だろう。
「行くかよ面倒くせえ。ゴミはゴミ共とつるんでろ」
相変わらず口の悪いことこの上ない。すぐにでも足を踏み鳴らしてどこかへと行ってしまいたい衝動に駆られるが、頭にいつも世話になってくれているアゲハさんの笑顔がよぎる。
「アゲハさん、お前のこと心配してんだよ。別にいいだろ1日ぐらい。顔出せよ」
「お前みてえな落ちこぼれが俺に意見できると思ってるのか?」
高いところにあるノアの冷たい目がサクを見下ろす。
「【フリーバティ】。基礎中の基礎魔法。そんなもんもろくに使えなかった格下のお前ごときが指図するな」
「それとこれは関係ないだろ。それに今はもう使えるようになった」
一時の気まぐれで話しかけたことを後悔した。
ノアは最初からこういう奴で、本当にみんなと仲良くするつもりがないと言うことが改めて理解出来た。
「そうかよ、勝手にしろ」
そう一言、言い捨てるように言ってサクは自室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます