第51話 日本魔法史研究会③
部活見学会も終わり、4月は終わりを迎えようとしていた。
肌寒さを感じる夜は減り、日中の暑さの方が目立つ季節になった。
怒涛のイベント続きで密な1カ月。体感として流れるように一瞬で過ぎ去っていき、もう5月に入るのか、といった心境だ。
明日からの土日を終えて、2日学校に通えばそこからゴールデンウィークに入るこの日、桜の園の食堂にてノア以外の1年生メンバーで夕食を食べていた。
「まさか、サク君とドロシーちゃんが部活に入るなんてねー」
山菜の味噌汁を飲みながら沙羅が言う。
「意外だな、お前らが日本魔法史なんてもんに興味あるとは思えなかったぜ」
「こいつのせいだ」
サクは向かいに座って黙々と箸を進めるドロシーを睨みつけながら毒づく。
「なんで入ってもいいなんて言ったんだよ、おかげで俺まで入部させられる羽目になったじゃねえか」
「あんたが私に全部丸投げしようとしたんでしょ?」
ドロシーは淡々とそう答える。
「どうせ、私が断るのに便乗して逃げるつもりだったくせに。ほんとにやりたくないなら自分で断ればよかったじゃない」
「う…そ、それは……」
「はーい。あたしドロシーちゃんの意見に1票ー」
「私もー」
日研に入る経緯は簡単に説明している。それを知る沙羅と凪はドロシーの意見に賛同した。
「く、くそ……!おいリアム、お前は」
「あきらめろ。お前の負けだ」
4対1。ドロシーの圧勝だった。
「俺の味方はお前だけだよ。クラ」
「キ」
湯飲みに入った水を花瓶の中に流し込みながらクラにそう泣きつく。
クラはこうして水を中に流し込むことが食事らしい。最初は半信半疑だったが本当にそれ以外の食事に準ずる行為を見たことがないし、実際クラも元気そうなので間違いなさそうだ。
4月が終わりを迎えるのにも関わらず、クラの頭に刺さった桜の枝は今日も綺麗な花を咲かせている。どうやらこいつの桜の枝はこいつと一心同体のようだ。
そんなクラはじっとサクの顔を見た後、てこてことドロシーのそばまで歩いていった。
「キッ」
「裏切者」
お前、俺の式神のくせに。
なんて冷たい奴らなんだ、なんて思いながらも諦めのため息をつく。だってドロシーの言葉がすべてだ。
実際、あそこで断るであろうドロシーに便乗しようとしていた自分が悪い。本当にやりたくないのなら率先して自分が「入部しません」と伝えていればよかったのだ。そうすればドロシーもそれに続いて「入部しない」と言ってくれていたのかもしれない。
「あんたが馬鹿なのよ」
そう言ってドロシーはひょいとクラを抱き上げて自身の膝の上に乗せ頭をなでる。クラは心地よさそうに目を細めていた。
複雑な心境でそれを眺める。
そんなサクたちを沙羅が興味深そうに観察していた。
「……ねえ、ドロシーちゃんとサク君ってなんだかすっごく仲いいよね」
「「は?ないな(わ)」」
「そういうとこだよ」
きれいにハモる2人を見て沙羅は笑う。
「確かに、ドロシーがこんなにしゃべるとこあんま見たことねえな」
そういう話題に疎いリアムまでそんなことを言い始める。どうやらよっぽど彼らには2人が仲良く見えているらしい。
「いーじゃん、付き合っちゃえば?」
当然ゴシップネタが好きな凪は食いついてこちらをはやし立てるようなことを言い出す始末だ。
「ありえない。天地がひっくり返ってもない。こんな泣きむ……」
「そんなことより!お前らは部活入ったのかよ!?」
ドロシーが余計なことを言う前にサクは口をはさむ。
悔しながらこのドロシーには見られてはいけないことをたくさん見られてしまっている。泣き虫とか下手なことを口走る前に会話を横切る。
「私!園芸部に入ったよ!」
「なんだ。河童なんだから魔法水泳部とか魔法薬学部にでもはいりゃよかったのによ」
河童は泳ぎが得意な種族且つ、どうやら魔法薬学にも精通した種族らしい。ジーン先生の魔法種族学でそんなことを聞いた気がする。
「やーめーてーよー!私、自分が河童なの嫌なんだから!!」
頭を抱えながら悲鳴をあげるように沙羅が叫ぶ。
沙羅は自身が河童であることにコンプレックスを持っている。
だが確かに女の子からしたら河童の姿は抵抗があるのだろう。頭に乗った白い皿のような部位は一見禿げているように見える。
だから沙羅は髪を伸ばしてそれを隠すようにくくり上げたり、学校ではナイトキャップのような帽子を被ってそれを隠している。
「だから敢えて河童とは違う部活に入ったの!他のクラスメイトにも秘密にしてるし、学校の種族調査も秘密で通してるんだから!水場の部活なんてぜーーーーーったい無理!はい、私の番は終わり!次凪ちゃんね!!」
「んー。あたしはテニス部入った」
「へえ」
まあ、何となく凪らしい。しかし、テニス部なんて魔法の学校にもあったのかと思う。サクがいた
今度暇つぶしに見に行ってみようかなんてことが頭をよぎる。
「リアムは?」
「俺はエアボード部だ」
エアボード部?
聞いたことのない単語に首を傾げる。
「あんた乗れんの?才能ないと難しいんでしょー?あれ」
「舐めんな。まだ乗せてもらっちゃいねえが絶対に乗れるようになってやる。ずっと憧れてたんだからな」
エアボードが分からないサクを置いてけぼりに話が進んでいく。
他のメンバーの話しぶりを見る限り、魔法世界ではメジャーなものなのだろう。
今後の話題についていけなくなっても困るので今度アゲハさんか晴輝にでも聞いてみるか。
「んで?さっきは何言いかけたん、ドロシーちゃん?」
そんなことを思っていると再びサクの尊厳の危機が迫る。
いい感じに話をそらせていたはずなのに凪は決して逃がそうとはしてくれない。
ドロシーが「泣き虫」と言いかけたことを追及してくるではないか。
何とかしてドロシーが余計なことを言う前に何とかしなければ……そう身構えていると。
「別に。何もないけど?」
ドロシーは凪の問いかけに何も答えなかった。
「えー……まあいいけどさー」
少し残念そうに告げる凪。
てっきり話のタネにされるかと思っていたサクは少し拍子抜けする。
「みなさーん。ゴールデンウィークのピクニックについてお話がありまーす」
「あ、アゲハちゃん!」
すると、厨房のほうから尻尾をぶんぶんと振ったアゲハさんが満面の笑みでこちらにやってくる。みんなの意識はそちらに流れたのでサクの尊厳は守られた。
サクは安堵の息をつきながらドロシーに目を向ける。
「貸し1つ」
一方のドロシーは口パクでそう言った。
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