第49話 日本魔法史研究会①

 4月も終わりが近づき、心地よい気温から次第に暑さを感じる日々が増えてきたこの頃。


 あの波乱の試験を終えてから1週間ほどが経っていた。


 桔梗院での生活も次第に慣れてきて、新鮮が薄れ始めてきたこの頃。


 来週にはゴールデンウイークを迎える桔梗院で新しいイベントが行われていた。


「部活見学?」


「そ。サクはどこかの部活に入ったりしないの?」


 実験棟へ移動中、晴輝にそんな質問をされた。


 これからの授業は「魔法薬学」で初めて薬の調合を行う。つまり実験棟での初めての授業となる。


 実験棟では文化部系の部活が活発に行われていて、ここへの移動にあたりふと思いついたそうだ。


 そう言えば数日前ぐらいに紫藤先生がホームルームで今日から部活の体験入部が始まるとかなんとか言っていた気がする。


「俺は特に入るつもりはないけど。晴輝は?」


 入るつもりがないというか、そもそもどんな部活があるのか知らない。それに特別興味があるわけでもなかった。


 どうせ入らないだろうが参考までに晴輝はどうするつもりなのかと尋ねてみる。


「僕は【日本魔法部】だね。父さんからもそう言われてるし」


「晴影さんが?」


「そ。代々土御門家はそこに入るのが通例なんだよ」


「うわ……めんどくさそうだ」


 サクの言葉に晴輝は驚いたような顔をして見せた。


「めんどくさい?どうして?」


 サクは一瞬耳を疑った。だって、普通そうだろう。親に自分の入る部活まで口出しされるなんて過干渉もいいところだと思う。


「どうしてって……お前は嫌じゃないのかよ」


「嫌とかそんなのはないよ。別にそういうものだからそうってだけで」


「お前……」


 何か言おうとしたが、やっぱり止めた。人の家の事情になんて部外者が口をはさむものではないだろう。


 特に晴輝の家の事情はサクが思っているよりも複雑なようだし、晴輝が納得しているのならそれをサクが横槍を入れるのもまた筋違いだと思った。


「どう?サクも来る?」


「まさか。部活なんてめんどくさい」


「あはは、サクらしい」


 そんな会話をしながらサク達は2階の1番手前の教室へと足を進ませた。


 魔法薬学の教室には6つの大きな机が並べられている。サクがいた小学校でいう理科室のような教室だ。


 分厚いカーテンで窓を遮られていて昼間だと言うのに薄暗く、何やら怪しい薬品の匂いが鼻をつく。


 机の周りに並べられた丸椅子に腰掛けながら教室を見渡した。


 サクの知る理科室と大きく違う点は大きなテーブルの上に1人1つずつ黒い魔法釜が用意されていることか。


「イーッヒッヒッヒ……よぉく来たね、哀れなモルモット共」


 持ってきた教科書を机に並べていると奥の部屋から怪しい笑い声と共にこの魔法薬学の先生が現れる。


 黒よりもさらに黒いローブに身を包み、大きな三角帽子を被った女性。


 魔法薬学教師、パナセラ先生。


 長い黒髪はボサボサに傷んでいてろくに手入れされていないのがオシャレに疎いサクにも分かる。そのお陰でろくに顔を見たこともない。


 しわがれた声的に恐らく年配なのだろう。腰も曲がっているのか猫背で前屈みに歩いている。


 まさに魔女。それも物語で悪者として描かれる悪い魔女というのが1番しっくりくる。


 実際陰で生徒からは「魔女」というあだ名をつけられていた。


「イッヒッヒ。基礎から始まりようやくあんたらモルモットは万能の学問……薬学の世界の扉の前に立ったというわけさ」


 生徒の事をモルモット呼ばわりするパナセラ先生は杖を振る。すると部屋の薬品棚がひとりでに開き、中から怪しげな植物の葉や粉、カエルか何かの生き物の干からびた足のようなものが全員のテーブルへと飛んでいく。


「魔法の薬はなんだってできる魔法使いにとって切っても切り離せない無限の学問さ」


 それを聞いた狸の獣人こと木葉楽が勢いよく立ち上がった。


「せ、先生!そんじゃあオラの身長を伸ばすことはできるべか!?」


「そうさねぇ……もちろんできるとも」


「おおおおお!やったどお!オラこの授業がんばるだ!」


 小さい身長を気にしているのか楽が歓喜の声をあげた。


「ただし、副作用だけは気を付けるこったね。ちょうどいい、ここで問題だ。人体に影響を与える薬品で最も副作用が大きくかつ生成が困難な薬品の分類はなんだい?」


 そんなこと、まだ授業で習っていないはずだ。


 他のクラスメイトも頭をひねっている中、1人高々と手を挙げる生徒がいた。


 確か、彼は薬仙寺錠だったか。


「ひ、ひひ……人の思考を操る薬品ですね?一番有名で手ごろなのは『惚れ薬』。法に触れる薬品であれば『洗脳薬』もあります」


「いっひっひ。その通りだ薬仙寺。お前は薬学についてだけは優秀だね」


 先生と生徒、怪しげな笑みを交わしながらパラセナ先生は続ける。


「魔法の薬品は精神や思考、骨格、身体的特徴の順に強力な薬が必要になる。強力な薬になればなるほどそれが抜けたときに体への負担は大きなものになるし持続時間も長くはもたない」


「え……じゃあオラの身長は……?」


「あんたの身長を伸ばすんなら相当強力な薬がいるだろうね。それももって数時間ってところさ。髪の色やら瞳の色を変えるのなら数日……あたしぐらいの薬師になりゃ2週間はもたせられるがね」


 先生は一番前に座る楽に顔を近づけながら言う。


「しかも、骨格を作り変えるんだ。体への痛みは想像を絶するね。体の筋繊維、神経、あらゆるものがぶちぎれて再結合する。その痛みはまさに生き地獄さ」


「う、うひいいい!?」


「それでもよけりゃあ、いつでもあたしのところに来な。あたしの薬の実験台にしてやるさ」


「けっ、けけけっ結構だぁ!?」


 離れた席からでもわかるほど楽が震えあがっている。


「くだらない」


 すると楽と同じテーブルに座っていたエレナが冷たい声で告げる。


「薬で己を偽るなど、愚者のすること。心の底から軽蔑する」


「そっ、そんなあ……」


 そして楽は大べそをかきながら机に崩れ落ちた。


「ねえねえ宗方」


「ん?なんだよ」


 するとテーブルの向いに座っていた凪がこそこそとサクに耳打ちしてくる。


「木ノ葉、エレナに告白したらしいよ」


「え、マジで」


「もー、凪ちゃんダメだよー」


 すると隣に座っていた沙羅が困ったように会話に入ってくる。


 学校が始まってまた1カ月も経っていないのにもう告白か。それも低身長であまり顔もパッとしない木ノ葉楽が、サクですら見惚れてしまいそうなほどの絶世の美女エレナに告白。


 高嶺の花にもほどがあるだろうと思った。


「結構ひどい振られ方だったらしいよ?それで低身長の事もつっこまれたんだとか」


 それで低身長を解決できる薬がないかと聞いたのか。エレナではないが正直少々浅はかではあると感じる。


 だが、それはつまり楽がまだエレナをあきらめていないということか。


「あんまり人の恋愛をいじっちゃだめだよー」


「いーじゃん、もう1年中で噂になってるし。みんな知ってるって」


「俺は今の今まで知らなかったぞ」


「あんたは魔法の試験でそれどころじゃなかったから。聞いてなかったんでしょ」


「う……」


 どうやらサクは隠していたつもりだったが周りからはそう見えていたらしい。


 途端に恥ずかしくなってしまう。


 この恥ずかしさを消せる薬とかないのかなあなんてことが頭をよぎる。そう考えれば魔法薬学は確かに無限の可能性があるように感じた。


 同時にそれは人の欲望もまた無限大ということになるのだろうが。


「でもよかったよー、サク君がこうして退学にならずに桔梗院に残ってくれて」


 いたたまれない気持ちでいると沙羅がそんなことをいう。


「これでゴールデンウィークも一緒に桜の園で過ごせるね」


「ゴールデンウィーク?なんでまた」


「え、サク君それも聞いてないの!?」


 びっくりしたように沙羅が声を上げる。


「ゴールデンウィークに全桜の園メンバーでピクニックするってアゲハさんが言ってたんだ!私みんなでピクニックとか初めてですっごい楽しみにしてるのに!」


「あー……」


 そう言われてみれば、確か食堂の壁にアゲハさん手書きのポスターが貼ってあったような気がする。


 ここ最近アゲハさんがご機嫌なのもそのせいか。


 と言うことはつまり、大人数で食事をするということ。少々気が重い。


 だが、アゲハさんのことだ。きっとやる気満々に準備を進めてくれているのだろう。そこに参加しないと言えばきっと彼女は悲しむ。


 お世話になっているアゲハさんが悲しむ顔は見たくない。


「絶対サク君も来るんだよ!みんなで楽しくお弁当食べるんだ!」


「……そうだな」


 ニコニコと嬉しそうな笑顔を見せる沙羅を見て不覚にもサクの口元も緩む。


 沙羅は不思議な子だ。体全体から陽のエネルギーがでているというか。この子がいるだけで自然と周りも明るくなれるというか。


「イッヒッヒ……無事にゴールデンウィークを迎えられたらの話だけどねえ」


 沙羅の背後にぶちぎれしているパラセナ先生の姿がある。


「「あ……」」


 おしゃべりすぎるところが玉に瑕だが。

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