第44話 約束
サクは宙に浮かぶ野球ボールを目にしてへなへなとその場に崩れ落ちた。
やった……。
やったんだ……!
「やったーー!!!サク君!!サク君!!!」
膝をつくサクの腕を掴み上げながら空希さんがサクのことを抱きしめる。
自分は、やれたのだと言う事実が空希さんの熱を感じることで実感としてサクの心に刻まれた。
「……まさか、本当にやってのけるとはな」
紫藤先生はそう淡々と言ってのけたけれど、その声には隠しきれない高揚が込められているような気がした。
「だが、空希。試験の邪魔をしたことは許さん。後で校長室に来てもらうぞ」
杖を紫のホルダーにしまいながら紫藤先生は言う。
「うげ……!?そんなぁ……紫藤先生……」
いつものように申し訳なさそうに笑う空希さん。でもそれは一瞬でまたすぐにサクの方に向き直る。
「おめでとう!君の努力の結果だよ!!頑張ったね!!さすがだよ!!」
そして、まっすぐにサクのことを称えてくれた。
「俺の力じゃないです」
けれど、サクは素直にそれを受け取らなかった。空希さんはそれでも賞賛の嵐を送ってくれる。
「何を言ってるんだ!君が頑張って勝ち取ったものなんだ!だから……」
「違うんです。俺
そう言ってサクは少し悲しそうな顔をした空希さんの腕から離れると、深く深く頭を下げた。
「昨日はごめんなさい!!」
今度はサクがグラウンドいっぱいに響き渡るほど大な声で謝罪の言葉を叫んだ。
サクの謝罪を聞いて、空希さんは驚いたような顔をする。
「あの時言ったことは、本心じゃないです!本当は……感謝しても感謝しても、しきれないくらいで。俺、馬鹿だから素直に他の先生達に相談もできなくて……それでも空希さんは最後まで見捨てないでくれた」
サクは伝えなければならない。そう思った。
自分の愚かさと、無様さを心に刻みながら。
「ドロシーから、大切な記憶が魔法の力になるんだってこと教えてもらったんです。でもこれまで生きてきて覚えてること色々試したけど……全部ダメで」
「でも……今は使えたよね」
自分の考えがまとまっていない。きっと支離滅裂なことを言ってしまっている。そんな自覚はあった。
それでも空希さんはサクの言葉1つ1つをまっすぐに受け止めてくれる。
「あ、そっか!君にとって、いい記憶が見つかったんだね!よかった。魔法が使えなくて悲しい顔をしていた君が今は晴れやかな顔をしてる。僕はそれで……」
「俺、空希さんのこと想って魔法を唱えました」
そんな空希さんに応えるようにサクもまた自身の思いの丈をぶつける。そんなサクの言葉を受けて空希さんは目を丸くして見せた。
「空希さんがずっと励ましてくれたこと。1人で心ぼそかった俺のそばにいてくれた。俺が空希さんを遠ざけたのに、何の成果も出せななかったのに、それでも俺を最後まで見捨てないでいてくれたこと……その気持ちに答えたいって思って魔法を唱えたんです」
そうだ、きっとサクは1人じゃ魔法を使えるようには決してなれなかっただろう。
サクの練習を見てくれた人が空希さんじゃなかったのなら、きっとサクは桔梗院から去ることになっていた。
「俺の力じゃない。空希さんがいてくれたから……空希さんのお陰で俺は魔法を使えるようになれたんです」
空希さんがサクを魔法使いにしてくれた。だから、サクは空希さんの想いに応えたい。
叔父さんを見返してやる。その想いでサクは桔梗院に来た。
そしてその為に魔法使いになることを目指した。
だが、今ここでサクに新たな目標が生まれる。叔父さんへの当てつけじゃなくて、もっと前向きな……明るい未来を見つけられそうな、新しい願い。
「ありがとう……ございます。あの時の約束、まだ有効ですか?」
「あの時の約束?」
空希さんはサクに問い返す。
「空希さんの分も、立派な魔法使いになってくれって約束です」
「っ、ああ」
プレハブ小屋で、空希さんが言った言葉。独りよがりな願いだと空希さんは言ったけれど。
「俺……空希さんに魔法使いにしてもらった。だから、恩を返したい。空希さんの分も……空希さんが誇れるような魔法使いになりたいんです」
朝の日差しを浴びながら、我ながららしくないことを言っている自覚はあった。
でも、それでも。やりたいんだ、俺自身が。
その為になら、サク自身本気でやっていける気がしたんだ。
何にも熱を持てないサクが、初めて熱を持って言えたこと。誰かの期待に応えたいという願いだ。
「……、あっははは。君は面白い子だなぁ、サク君」
サクの言葉を聞いて心底楽しそうに笑う空希。
「うん……よろしく頼むよ。僕の分まで立派な魔法使いに……『彼は僕が教えたんだ』って自慢させてくれよ。君が立派な魔法使いになるのを、楽しみにしてる」
そう言って空希さんは僕に手を差し出す。サクはその手を強く握り握手を交わした。
空希さんとの約束。
初めてだ。空希さんの手のぬくもりを感じながらサクはそんなことを思った。
青春だとか、思い出の1ページだとか。それを形容する言葉はたくさんあって、サクがこれまで一度も触れることができなかったもの。人生を彩る芸術のひとかけら。
自分にはふさわしくない、自分はそこに混じれないと思って来た。
だけど、この時、この瞬間、サクは生まれて初めてそう形容されるそれの1つに触れることができたような気がした。
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