第39話 浮遊魔法⑧
その日の放課後もサクはプレハブ小屋へ足を運んだ。
そこにはもうすでに空希さんと、ソファに横たわるドロシーの姿があった。
何でお前がそこにいる、と思ったが気にしていても仕方がない。サクは早速机に鞄を放り出して腰のホルダーから杖を引っ張り出す。
「早速始めようか」
「はい」
そう言ってまた昨日と同じように怪しい日本人形に【フリーバティ】を唱え続ける。
しかし、また何の進展もなく1時間程が経過した。
「う~ん……やっぱり変わらないねえ。僕が魔法を使えたらもっと実践的なアドバイスをしてあげられるのかな」
空希さんは万策尽きたのか、うなりながらそんな弱音を零した。
「誰か、魔法が使える先生に相談してみようか?」
「そ、それは遠慮させて下さい」
空希さんは驚いたように「どうしてだい?」と尋ねてきた。
空希さんからしたら当然かもしれない。だって退学の危機だと言うのにこんなことを言うのは馬鹿なのかもしれない。
だが、サクも複雑だった。自分だけできないと言う事実が恥ずかしくて情けないのだから。そう言うレッテルを貼られるのが嫌だったのだ。
「あんまり、知られたくないというか。なんか情けないじゃないですか。みんなできてるのに俺だけできないだなんて」
「そうかな。別に僕はそう思わなかったけど」
その言葉を聞いてサクはしまったと思った。
空希さんもサクと同じで魔法を使うことができない。
魔法が使えないことを卑下することはつまり同時に目の前にいる空希さんのことも卑下することと同じなのだと言うことに口をついてから気がついてしまった。
「すみません」
「あはは。謝らないで、気にしてないからさ」
せっかくこうして便宜を働いてもらっている相手に無礼を働いたこと、そしてそれをこうして許してもらえたことに申し訳なさがつのり、これまでとは別の意味で自身がみじめに思えた。
暗いプレハブ小屋に沈黙が流れる。ドロシーの本をめくる音が妙にうるさく聞こえた。
「あの……どうして空希さんは魔法が使えないんですか?」
しばしの沈黙を破るようにサクは口を開く。ためらいはあったが、サクはそれでも空希さんに尋ねてみた。
「そうだねぇ……僕にも分かんないな」
どんな顔をされるかと思ったが、空希さんはいつもと変わらない調子で答えた。
「僕も桜の園出身でね。丁度アゲハさんと同じような時期に桔梗院に通っていたんだよ」
「え……!?そうだったんですか!?」
空希さんが桜の園の先輩だったことにサクは驚く。
「そ。僕も君と同じ。魔法が使えないから学校を退学させられそうになったんだ。だけど、晴影理事長がそれを許さなくてね。結局魔法が使えないまま魔法学校を卒業することになった」
魔法が使えない人間が魔法学校を卒業するなんておかしなこともあるものだと率直に思った。
サクが元居た世界で言えば字が書けない、読めないのに学校を卒業するようなものだろう。
「どうやって卒業を?」
「幸い僕は西洋魔法の才能は無いけど陰陽術の才能はあったみたいでね。そっちで何とかやり切れたんだよ」
「陰陽術……?それだったら空希さんは使えると?」
確か晴輝が見せてくれたあの式紙魔法とかいうカーブミラーを直して見せたあれだろう。
確かに杖を用いた魔法とはまた一線を画すような物な気はする。実際の違いはよく分からないが。
「そう。陰陽術の……特に式紙魔法とか、符術魔法とかなら使える。どうも僕には魔法の根源の力がないらしくてさ。最初から道具に魔法の力が込められてる魔法なら僕自身に魔法の力がなくても扱えたんだよ」
「そう……なんですね」
空希さんの話を聞いて、サクは複雑な気持ちになった。
桔梗院は6年制の学校。
この3日4日ぐらいでもサクは惨めな気持ちを持って生活していた。それが6年。陰陽術が使えるとしても、その間この苦痛を抱えて空希さんは桔梗院で過ごしたのか。
「ま、僕の場合はレアケースだよ。きっと紫藤先生は通常の魔法を使えないと許してはくれないと思う。すごく真面目な先生だからね」
「気が重くなりました」
淡い期待は空希にばっさりと切り捨てられる。
どうやらこの目の前の問題から逃げも隠れもできないらしい。
「でも、僕は君に魔法が使える様になってほしいって思うなぁ」
「どうしてです?」
「だって、サク君こんなにも頑張ってるじゃないか。僕もそばで見ていて君を応援したいなって思うんだよ」
「よ、よして下さいよ」
空希さんの言葉がこそばゆくてたまらず目を逸らしてしまう。
「勝手な願いかもしれないけどさ。サク君とはこうして関わることができたんだし、この苦難を乗り越えて魔法が使えない僕の代わりに、立派な魔法使いになって欲しいなーって、僕の独りよがりな気持ちもあってさ。是非是非あの紫藤先生の試験を乗り越えて、最高の魔法使いになって欲しいよ」
「あはは…俺になれますかね」
「なれるなれる!その為にも紫藤先生をギャフンと言わせてやろう!」
「うーん……頑張ってみます」
重い気持ちを引っ張るようにサクは再び魔法の練習に戻った。しかしそれでも決して魔法はサクの杖から飛び出してはくれなかった。
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