第36話 浮遊魔法⑤

 空希は2人の顔を見比べながら告げる。


「ここ、僕の作業部屋なんだよね。どうやって入ったの?」


「……普通に。鍵空いてたし」


 ドロシーはバツが悪そうに顔を逸らしながら答える。


「えぇ!?……あぁ、そういえば鍵閉めた記憶ないなぁ」


 驚いた後、1人納得したように頷く空希。何て危機管理能力が足りてないんだと思う。盗られたら困る物とか無いんだろうか。


「そっかそっか。まぁ別にイタズラとかしてないんなら良いんだけどさ。あまり褒められることじゃないからね」


「ごめんなさい」


「……すみません」


 ドロシーは素直に謝罪する。サクはどうしたものかと少し思い悩んだが、ドロシーに倣って謝罪の言葉を述べた。


 どうやら空希にサク達を叱責するつもりはないらしい。そのことに2人は安堵の息を漏らした。


「そもそも、何で君らはここに来たの?」


 そして空希は至極真っ当な質問をする。


 空希の質問にサクは今日の授業で魔法が発動できなかったこと。その練習をする場所を探していたらここに辿り着いたことを正直に話した。


「それじゃあドロシーさんは?」


「別に。1人になれる場所が欲しくて」


 一方のドロシーはそう言った。


 1人になるのなら桜の園でもできるだろうに……なんて事が頭をよぎる。


「そっかそっか。そうだなぁ……」


 2人の話を聞いた空希はうーんと頭を捻る。


 サクとドロシーは共に空希の次の言葉を待った。


「うん。まぁ、いいよ。他にもここ使ってる子いるし」


 紫藤先生にでも告げ口されるのではないかと思っていたので空希の言葉が予想外だった。


「うん。それより魔法の練習するんでしょ?僕でよければ見てあげるよ」


「え?いいんですか?」


「うん。どうせ今日はやることなかったし、ここの整理に来ただけだったからさ」


 確かに誰かが教授してくれた方がありがたい。


 どうせ空希にはサクが魔法を使えない事は知られているし、その為の練習をすることも打ち明けてしまったのだから別に隠す意味もない気がした。


 素直に空希に頼むほうがよさそうだ。


 空希は積み上げられたガラクタの中から折り畳み式のパイプ椅子を2つ引っ張り出してサクに差し出す。


「じゃ、私は本読んでるから。話しかけないでね」


「うん。ごゆっくり〜」


 ドロシーはまた定位置のソファに横になり本の世界へと旅立っていった。


 傍若無人なやつだ。あんな図太い態度なら別に他の奴の事なんか気にしなくてもいいだろうに。


 そんなことを思いつつサクは改めて空希と共にパイプ椅子に座って机に置かれた変な日本人形に目をやった。


「……これ、何ですか?」


「さぁ?僕もよく分かんない」


 生徒の子が置いてったんだよね、とのこと。


 まぁ、別に何でもいいのだが。


 目玉が出目金の様に膨れ上がったおかっぱの日本人形。はっきり言おう、かわいくない。不細工だ。


「それじゃ、早速やってみようか」


 空希に促されてサクはフリーバティを唱える。しかし昼間と同じで杖は沈黙を保ち何も起こらなかった。


 幾度も発音を変えたり力強く杖を握ってみたりしたが何も変化なし。


「本当だね。何がダメなんだろ」


 小一時間ぐらい試行錯誤したところで空希が困ったように苦言を漏らした。


「分かんないです。何かコツとかってないんですか?」


「いや〜……ごめんね、付き添いを買って出たのはいいけど実は僕魔法使えないんだよ」


 そう言えば空希が魔法を使えない、と昼間紫藤先生が言っていた気がする。


「だから、知識的なことでしかサポートできないんだ。ごめんね、偉そうに見てあげるって言ったくせにさ」


「い、いやそんなことは」


 そうは言いつつも少し思ってしまう。もし空希が魔法を使えるのであればもっと実践的なアドバイスが貰えたのではないか。


 でも、せっかく厚意で見てくれているのだしここに忍び込んだことも不問にしてくれた空希に対してそんなことを言うのは申し訳ない。


「魔法の力って確か言霊って言って、言葉に宿る力を増幅させて放つものだったよね。だから『浮かべ』って強く思えばいけるんじゃないかな」


 空希からはそんな感じでサクが知らなかった魔法の知識を教えてくれたりしてサポートしてくれる。


 だから、後はサクの努力だけ。一心不乱に杖を握っては同じ呪文を唱え続ける。


 夕焼け色に染まるプレハブ小屋の中、ただひたすらにサクの声とたまに空希のアドバイス。そしてドロシーが本を捲る音だけが響いていた。

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