第35話 浮遊魔法④
初の呪文の授業を終えたサクは放課後に1人、桔梗院を彷徨っていた。
理由は魔法の練習をする場所を探す為。
今日の授業で魔法を発動させることができなかった。先生が言っていた次の試験までに魔法を使えるようになっておかなければ退学になってしまうかもしれない。
退学になれば叔父に会わせる顔がなくなってしまう。「言った通りだったろう」と言われて叔父の望む人生を生きることになってしまう。
大見得切って家を飛び出したサクにとってそれだけはなんとしてでも回避したい事態だった。
是が非でも魔法を使えるようにならなければならない。だから練習をすることにしたのだ。
桜の園でもよかったのだが同じ寮のメンバーに悟られるのが嫌だったし晴輝にも何となく気恥ずかしい気がして「何とかするよ」とだけ言って別れた。
部屋だとリアムに練習しているのを聴かれるかもしれない。かと言って桜の園の近くの森で練習していたらアゲハさんに見つかるかもしれない。
だから桔梗院の中で見つからない場所はないかと彷徨っているのだ。
講堂の周りには良さそうな場所がなかったので、今日初めて足を踏み入れた実技棟の方へと足を進ませる。
運動場や体育館には多くの生徒がおり何やら運動や魔法の杖を振っているのが見える。
多分部活か何かだろう。
これでは人目につくに決まっている。実技棟は諦めて今度はその反対側。つまり講堂の東側に位置する建物。一度も足を踏み入れたことがない実験棟と呼ばれる建物へと進む。
実験棟は大きな建物1つで、その半分が大きな温室のようなガラス張りになっている。
もう半分は3階建てのコンクリート造りの建物になっていて図書館や理科室のような実験に使う教室があると晴輝が言っていた。
あれだけ広い建物だ。どこかに空き教室でもないだろうか。
1階から2階と順に教室をあたってみるが、人気のない教室は皆鍵がかけられていて開かない。
3階にあがるとそこはまるまる図書室となっており他に教室なんてものは見当たらなかった。
まさか図書室で魔法の練習をする訳にもいかないのでとうとう途方に暮れて肩を落とすしかなかった。
仕方がない。リアムに悟られるのは嫌だが自室で練習をするしか……。
「…………あれ?」
そう思って引き返そうとした時。階段を見て気がついたことがあった。
この建物は3階建て。そうだと言うのに3階の階段のさらに上に上がる階段があったのだ。
屋上に続く階段だろうか。
人目を避けるように階段を登る。その先には予想していた通りに屋上へと続く扉があった。
扉に手をかけてみるとギィ……と錆びた音をたてながら扉が開く。同時に春の暮れかかった日差しがサクの目を焼いた。
コソコソと扉の向こうの様子を伺う。そこに人気はない。
屋上には乾いたコンクリートの床と、落下防止の為の柵が並び、そしてその屋上の片隅に小さなプレハブ小屋のような建物が建っていた。
誘われるようにプレハブ小屋の方に歩み寄り、戸を開いてみると、鍵はかかっておらず中に入ることができた。
中は倉庫のようで古びた本やガラクタのような物が並んでいる。その中央には古びた木のテーブルと椅子。
明かりはなく、窓から差し込む夕暮れ前の日差しだけが部屋の中を照らし出していた。
「ここなら……」
人目もなければ声が漏れることもなさそう。秘密の練習にはうってつけだと思った。
早速荷物をテーブルに放り出して準備に取り掛かる。ガラクタだらけのプレハブ小屋だ。魔法をかける何か手頃な物が転がっていないかと顔を上げたその時だった。
「ねぇ」
「うひぃっ!?」
突如サクの背中から声が投げかけられた。
飛び上がって振り返ると、そこには大きな三角帽子と暑そうな黒いマントのようなローブを被った女子生徒。
「邪魔なんだけど」
「どっ、ドロシー!?」
そこには先ほどサクと共に魔法を扱えなかったドロシーが立っていた。
突然現れたドロシーに唖然としているとドロシーは迷いない足取りでサクを横切ってサクの鞄の隣に自分の鞄を放り出す。
そしてプレハブ小屋の奥にあった古びたソファの上に体を投げ出してローブの懐から本を取り出してまるで我が物顔で読み始めた。
「なっ、何でお前がここに……?」
「それはこっちのセリフ」
慌てふためくサクに対してドロシーは本から目を逸らすこともなく告げる。
「ここ、私が見つけた隠れ家なんだけど。何であんたがここにいんの?」
「それは俺のセリフだ。俺が先に見つけたんだ」
「嘘。私ここ見つけたの一昨日だし」
どうやらサクが見つける前にドロシーはここを見つけていたようだ。
早い者勝ちというのであれば確かにサクにとって分が悪い。
だが、せっかく見つけた絶好の場所。サクだって簡単には譲れない。
「隠れ家?そんなん桜の園でもいいだろ。譲ってくれよ」
「あんたが言う?あんたこそ桜の園で探しなさいよ」
「お、俺だって!ここでやることが……」
「どうせ魔法の練習とかでしょ?」
「んな……!」
なんと、サクの思惑は目の前のこの少女には筒抜けのようだった。それがサクにはすごく恥ずかしく思えてしまった。
その羞恥心を隠すようにサクはまた言葉を続けた。
「わ、悪いかよ。お前だってうまく魔法使えてなかったじゃねぇか。このままじゃ俺ら一緒に退学になっちまうぞ」
「あぁ、あれ?別に私は問題ないし」
焦るサクとは違いドロシーは妙に落ち着き払っている。
何でこいつはこんなに余裕なんだと疑問に思っていると、ドロシーは黒いホルダーから白身の杖を抜き出して適当に杖を振る。
「【フリーバティ】」
そして本から目を離すことなく呪文を唱えた。
ドロシーの杖から真っ白な光が放たれサクの鞄に炸裂。すると鞄は重力を失って宙を舞った。
その光景にサクは開いた口が塞がらなかった。
「おま……魔法、使えんのかよ」
唯一、魔法を使えないという仲間が呆気なく魔法を使ってみせた事実にサクは足元が崩れるような錯覚を起こす。
じゃあ、つまり。今年の1年1組の中で魔法を使えないのはサクだけということ。
本当にこのままではサクだけが桔梗院を去らねばならないと言う事態になってしまう。
空中を舞っていたサクの鞄は重力を取り戻してドサッと乾いた音を立てて床に落下した。
それを呆然と眺めながら、ふと1つの疑問が残る。
「何で、授業で魔法使わなかったんだよ」
「……さぁ?調子が悪かったみたい」
平然と告げるドロシーに、サクは苛立った。
こっちはこんなに切羽詰まってるというのに。仲間だと思っていたのに裏切られた気分だ。
まぁ、仲間でもなんでもない。ただの同じ寮の同級生なだけだが。
「別に邪魔しないなら使わせてあげてもいいけど?」
恨めしくドロシーを見ていると、彼女はどこか上から目線でそんなことを言った。
「…………」
そんなドロシーの態度に腹が立ったサクは床に転がった鞄をひったくりきびすを返す。
「いいよ。使ってろよ、お前が先に見つけた場所だし俺がどっかに……」
そう言ってプレハブ小屋の戸に手をかけようとしたその時、プレハブ小屋の戸がひとりでに開いた。
「「……っ!?」」
驚きのあまりサクだけでなく本を読んでいたドロシーもプレハブ小屋に入ってきたその男に目を奪われる。
「あれ……どうして君らがここに?」
そこには桔梗院の事務員。空希カイの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます