第33話 浮遊魔法②

 価値観を破壊されていく日々を過ごしながらサクは遠い目をする。


「はは……これが破壊と再生か……」


「何意味わかんないこと言ってるの、サク」


 桔梗院での授業を受け始めて1週間ほどが経った。これまでサクの常識はもろく崩れ去り、毎日詰め込まれる魔法と言う名の知識に頭が壊れそうになっていた。


 別にそれが嫌だというわけではないが、サクがこれまで過ごしてきた移人うつろいびととしての人生がまるでまやかしだったのではないか、というような感覚に陥ることが増えた。


 新たな常識、価値観、知識を身につけていくことで夢と現実が分からなくなっていく。


 そして今日もこれからまた新たな知識が詰め込まれていくことになるわけだ。


 次は担任の紫藤あやめが担当する魔法基礎学の授業の予定だ。


「でも授業で外に出るなんて初めてだな」


 いつもなら教室で難しいことをひたすら覚えるだけなのに今日は桔梗院の西門をくぐった先にある実技棟の方に来るようにと黒板がひとりでに文字を書き起こしたのだ。


 それに従いサク達は西側の門をくぐって実技棟の方へと向かっている。


 実技棟には大きな運動場が1つ。それの隣にはまた巨大な体育館のような建物と、その奥には何やらテニスコートのような小さな区画がフェンスに囲まれていくつも並んでいる。テニスコートにしてはネットもないので何に使うかはよくわからない。


 更に向こうには何やら大きな円形の建物があるがそれも何なのかは分からなかった。


 運動場にたどり着くとそこにはジャージ姿に着替えた紫藤先生の姿があった。


「集まったな。では早速授業に移っていくぞ」


 そういうと先生が彼女の杖を振る。


 するとカゴに収められた野球ボールがふわふわと空中に浮遊し、サクたちの元へと飛んできた。


「これ何ですか?」


「親交を深めるためにキャッチボールでもするんじゃね?」


「ふざけたことを抜かすな。これは授業だぞ」


「う、うひ~……冗談ですって~」


 ギラリと睨まれたお調子者の阿波護は苦笑いしながら両手をあげる。


「じゃあ、一体何で運動場にみんなを集めたのです?」


「喜ぶがいい。今日は貴様らに1つ魔法を伝授する」


 腕を組みながら告げる紫藤先生にサクは耳を疑った。


 魔法を伝授。つまりサクも魔法を使えるようになるということか。


「せ、先生!?早くありません!?」


 高鳴る鼓動を感じているとクラスメイトから驚きの声が上がった。


「そ、そうだべ!魔法は基礎知識を覚えてからって聞いたぞ!?まだオラ達そんな魔法に詳しくないべ!」


「知っているよ。だがこれは必要なステップだ」


 そう言って紫藤先生はクラスメイトを見渡す。


「私の専門は『魔法基礎学』。魔法の基礎を教える科目だ。故に君らが現状どれだけ魔法の力を持っているのか把握する必要がある」


「魔法の力?」


「そんなもん調べてなんになるってんだよ」


 ドリアードの咲とリアムが口を挟むが紫藤先生は特に気にした素振りも見せずに続ける。


「強大な力を持つもの。それを持ちつつもコントロールできないもの。その逆、魔法の力が全くないものもごくまれにだが存在する」


常人とこしえびとなのに魔法が使えない?まさか、そんな人いるはずがないでしょう」


「いや。君らの身近にいるぞ。桔梗院の事務員をしている空希は常人の生まれだが魔法を行使することができない」


 紫藤先生の言葉を聞いてサクは驚いた。言われてみれば、確かに空希が杖を抜いて魔法を使っているところを見たことがない。


 晴輝が持っていたような紙切れを使っているのは見たことがあるが、あれはまた別なのだろうか。


「さて、君らにここで問題だ。魔法の力の根源は?遠野沙羅」


「うげっ!?私!?え、えぇっと……何だったっけ……?」


 突然の指名に慌てふためく沙羅。それを予見していたように紫藤先生はため息をついた。


「普段から授業でうたた寝しているからそうなるのだ。他に分かる者は?」


「はい」


 すると絶世の美女ことエレナが手を挙げる。


「人の想いの力です」


「うひょー……流石エレナ様……今日も輝いてるべ」


 たぬきの獣人、楽がそんなことを呟くのが聞こえる。


「そうだ。故に魔法を放つ時、そこに想いを込めろ」


 そう言って紫藤先生は杖を構える。


「そして、狙いを込めてこう唱える。【フリーバティ】」


 詠唱とともに先生が杖を振る。すると光の直線が真っ直ぐに地を転がる野球ボールに炸裂した。


「わぁ……」


 どこかからそんな声が耳に入る。多分小人のアリスか誰かだろう。


 地を這うだけだった野球ボールは重力を忘れたかのように地を離れ、ふわりふわりと宙を浮いて見せたのだ。


「これが基礎浮遊魔法【フリーバティ】だ」


 再び紫藤先生が杖を振ると、野球ボールは再び地に吸い込まれて転がる。


「では順番にやってもらおう。我こそはという者は?」


「はい」


 先生が問うとほぼ同時。快活な声が響く。声の主は自信に満ちた顔でズンズンと前へと歩み出た。


「貴様か、ライリー。呪文は分かるな?」


「当然です」


 そう言うと彼女の腰のホルダーから杖が引き抜かれる。その杖は銀色に輝き、太陽の光を反射させた。


 そして流れるような手つきで杖を構えるとそのまま一呼吸。



「【フリーバティ】!」



 力強く呪文を唱えて杖を振った。


 ライリーの杖からは火の玉のような閃光が撃ち出され野球ボールに着弾する。


 それと同時に野球ボールは天高く飛び上がって見えなくなってしまった。


「やれやれ、イカれた魔力だな」


「当然です。さぁ、次はあなたです、土御門晴輝」


 そう言うとライリーは勝手に晴輝を指さして高らかに宣言した。


「見せてみなさい。世界でも有数の土御門家の力を……あぅっ!?」


 すると、ライリーが突然頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。


「いつから貴様はこの授業の教師になった?ライリー……?」


「ぐ…ぉ……申し訳、ありません」


「ら、ライリー様!?」


 何をしたかは分からないが恐らく先生が何かしたのだろう。頭を抱えるライリーは涙目になりながらメイの所へと帰ってきた。


「まぁいい。折角だ晴輝、お前もやってみるか?」


「そうですね。別に構いませんよ」


 そう言って今度は晴輝が杖を構え、晴輝は呪文を唱えた。


「【フリーバティ】」


 晴輝の杖からまるで花びらのような光が放たれる。そして野球ボールはふわりふわりと宙を舞い、紫藤先生の方へと流れていった。


「ふむ。上出来だ」


 野球ボールを受け止めながら紫藤先生は満足そうに笑った。


 その後も順に野球ボールへ浮遊魔法【フリーバティ】を撃ち込む授業が進む。


 それらを眺めながらふと気がついたことがあった。


「杖から出る光って、人によって違うんだな」


「そうだよ。その人の素質で変わるんだってさ」


 例えば今魔法を使った小人のアリスはハートの形をした光だったし、セイレーンのソフィアは音符のような形をした光が撃ち出されていた。


「あの魔法の光は魔弾って言うんだ。その人をその人たらしめる物に変わるんだってさ」


「杖みたいだな」


「まぁ、似たようなものだからね。サクはどんなのになるかな」


「別になんでもいいけどさ」


 と言いつつ気になるのは事実。早く試してみたい気持ちもあったが、果たして上手くできるだろうかという不安も強い。


 しばらくみんなの様子を眺めつつ、なるべく後の方になるのを待つことにした。


「おい、後は貴様らだけだぞサク、ドロシー」


 そんなことをしていると先生がこちらに向かって声をかけてくる。


「うげ……」


「…………」


 気がついた時には残りはサクと同じ桜の園メンバーことドロシーだけになっていた。


「先行って」


「……分かったよ」


 ドロシーがそう言うのでしぶしぶサクは杖をホルダーから引き出しながら前に出る。


 前のクラの騒ぎもあって、ここ最近ホルダーを開けたことなんてない。杖を握るだけで不思議と気持ちが昂った。


 さて、呪文は確か【フリーバティ】。狙いを定めて杖を振るだけでいい。


 人生初の魔法の行使に自然と胸が踊る。


 クラスメイトが見守る中、サクは杖を振った。



「フリーバティ!」



 光が放たれて、野球ボールは宙を浮く。そして何事もなくサクの番を終えて最後、ドロシーが魔法を使って授業は終わり。


 何の滞りもなくそれで終わり。





 そうなるはずだった。






「………………え?」



 ところが、サクの握る黒檀の杖は沈黙し、何も起こることはなかった。

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