第32話 浮遊魔法①
桔梗院の授業が始まった。
授業の率直な感想としては、少し拍子抜けだった。
魔法の学校なのだからもっと実践式で様々な魔法を教えてもらえるのだと思っていたのだが、どうやらそうではない。
基本的に座学ばかり。魔法とはどういったものなのかやその歴史などの説明を中心としたものが授業の中心だった。晴輝の話ではまずは魔法への理解を深めてから魔法の実技へと移る目的があるそうだ。
しかし聞きなれない単語ばかり、それに春の陽気も重なって眠い目をこすりながら授業を受ける羽目になっていた。
そうして迎えた次の授業は「日本魔法学」の授業だ。
「それでは……日本魔法学、始めて参りましょう。私は福寿と申します。以後お見知りおきを」
そう言って頭を下げたのは髪の毛1本もない頭をした温和な雰囲気を醸し出すお爺さん。
お坊さんが着ている紫の袈裟を揺らしながら錫杖と呼ばれる背丈ほどはあろうと言う杖を振る。すると黒板にスラスラと福寿先生の名前が書かれた。
「さて、まずは私の身の上話でもしましょうか。30年ほど前に妻を亡くしてから魔法僧の道を進み始め、昨年からこの桔梗院で教鞭をとることになりました」
魔法僧という言葉にサクは首を傾げる。また聞いた事のない言葉だ。
「先生、魔法僧って何ですか?」
そんなことを思っていると沙羅が手を挙げて質問した。見渡してみるとサクだけでなく他にも分からなそうにしている生徒もいるように見える。あまり有名な物でもないのかもしれない。
「魔法僧とは、己の魔法の力を高めるために修行を重ねる僧のことだ」
すると福寿先生ではなく後ろの方、先生の代わりにライリーが沙羅の問いかけに答える。
「苦行に耐えることで身も心も鍛え、魔法の力を研ぎ澄ましていく。私が日本魔法の中で唯一尊敬するに値する者たちだ」
「ほっほっほ。そのような大層なものではありませんよ」
大きな評価を(勝手に)するライリーに福寿先生は笑う。
だが、日本魔法で唯一尊敬するという言い回しが少し気になった。
「ライリーさんの言う通り。魔法僧とは魔法の道を極める為に出家した者のこと。
疑問符をあげるサク達に改めて福寿先生は説明してくれる。
「私も魔法の力を研ぎ澄ます為に修行し精神を鍛え、様々な日本魔法を扱えるようになったというわけです」
福寿の説明を聞いてサクは素直に感嘆する。
齢にして60を超えるであろうあのおじいさん先生が厳しい修行を乗り越えて魔法僧になった。それだけで彼の人生の重みを感じたような気がした。
「しかし、私も歳です。逝去してしまえば何も残らない。けれどこうして教鞭をとることで若いあなた達に知識を残すことができる。ですからこうして2年ほど前から余生をこの桔梗院で過ごすと決めたのです」
そう言って福寿は教科書を開く。
「それでは参りましょうか。まずは日本魔法の始まりと、その推移について教科書5ページを開いてください」
そう言って福寿先生は教科書を読みながらサク達に授業を開始した。
「日本の魔法の起源は実は正確には分かっておりません。この日本という国を創生したといわれる
開始数秒でサクは吹き出しそうになった。
ゲームや小説なんかで聞いたことだけはある。日本神話の神、伊弉諾と伊奘冉。それは神話であって実話じゃないと思っていた。それをあたかも事実の様に、それも授業の中で語っている。
「2人は魔法の起源を生み出しそれを継承していくこととなります。特に彼らの実子である
とある王国の女王と聞いてサクの頭に浮かぶのは1人の女王。小学校の社会で習ったことがある。
まさか……とは思いながらもサクの予想は的中する。
「邪馬台国の女王、卑弥呼。彼女は魔法の力を行使して実に巨大な大国を建国しました。みな常識ですね」
常識だと…?サクの中で常識という概念が音を立てて崩れ落ちていくのが分かる。
授業を受けるみんなの反応を見ると、「うんうん」と楽しそうに頷く沙羅の様子が見える。あの反応、間違いなくこれを常識だと思っているとみて間違いない。
一方ライリーを始めとした留学生のみんなは興味深そうに福寿の話に聞き入っているようだった。
「卑弥呼を中心として様々な魔法の流派が乱立していきました。これを俗に『魔法乱争』の時代と言います。魔法の流派は栄枯盛衰を繰り返し、やがて1つの流派へと統一されていく流れとなります。それを成し遂げる上で大きな貢献をしたその人物、それこそがかの有名な……」
「安倍晴明!」
どこかから声が上がる。
「そう、安倍晴明。彼の時代に日本の魔法は陰陽道としての側面が強くなり、その勢力を拡大していくことになります。そうして政治を裏から動かしていく実権を手にしたわけですが……」
まるで、何かのゲームの話のようだ。
これまで暮らしてきた同じ日本の国の話なのに、遠い異世界の話のように聞こえる。いや、実際もう異世界と言っても過言でもないのかもしれない。
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