第29話 クラスメイト①

 堅苦しい入学式を終えてサクたちは教室へと案内された。


 晴輝と一緒に教室に入る頃にはもうすでに生徒たちは和気藹々と会話を楽しんでいた。


 1−1は全員で20人。一目見ただけで人の姿をしている者もいればリアムのような獣の特徴をした体のものや明らかに人とは違う様相の者もいた。


 OLから自由に座れと言われたのでサクと晴輝は後ろの方の席に着くことにした。てっきり晴輝は教室の一番前に座ると思ったが「目立つと色々やりにくくてさ」と言って晴輝の方が乗り気だった。


 有名人と言うのは気楽じゃないのだと思った。


 ひとまず晴輝と共に椅子に落ち着きながらこの数日桜の園で起こったことや晴輝の日々の話などを報告しあった。


 そんなことをしているとやがてクラスの机が埋まり、皆それぞれ赴くままに過ごし始める。


 楽しそうに話をしている男女子。Mnectを触る凪。難しそうな本を読み漁っている男子やただ静かに椅子に腰を落ち着かせている女子。


 これがサクの新しい学校生活の始まり。新たなクラスメイトとの出会い。


「で、実際のところどう?」


「どうって?」


 ぼんやりと教室を見回していると、ふと晴輝がそんなことを問いかけてきた。


「前話してくれたじゃないか。君のその……疎外感?少しは紛れたのかなって」


「……どうだかな」


 晴輝の問いに少し頭を悩ませつつもそう答える。


 先程の入学式で計らずとも再認識してしまったあの感覚。それを打ち明けることはできなかった。


 一方で物珍しくて退屈はしない日々を過ごしているとは思う。それと同時に自身が別世界へと足を踏み入れたのだということは毎日痛感する日々。


 そういう意味では前の変わり映えの無い生活よりはマシだとも言えるのかもしれない。


 だがこれが落ち着いてきた時、サクはどう思うのだろう。


 この非日常が日常になって。物珍しさを感じなくなったその時。果たしてサクのこの胸に落ちた影は消えているんだろうか。


「俺は……」


 サクが何かを言おうとした時、教室の扉がガラリと音を立てて開く。


 見ると、先ほどの紫の髪をしたOLが教壇の方へと高いヒールを鳴らしながら歩いているところだった。


「静粛にしたまえ、若人」


 別に大きくはないのによく通る声で女性は言う。


「私は紫藤あやめ。今年1年諸君らの担任だ」


 サク達を牽引していたから薄々理解していたが、やはり彼女がサク達の担任らしい。ざわめいていた教室も紫藤先生の登場でやがて静けさを取り戻していく。


「さて、皆も知っての通りこの桔梗院は中等部と高等部で分かれている。中等部の間は私も含めこのメンバーで研鑽を積むこととなるわけだが……」


 鋭い目で教室を見渡しながら先生は告げる。


「多種多様な種族。立場の者がいる。しかしこの桔梗院の場ではみな平等に学徒だ。決して互いを卑下することなく認め合い高め合えるように」


 そう言うと紫藤先生は1番左前に座る女子に目を向ける。


「それでは、最初のホームルームらしく自己紹介としよう。出席番号順に出てくるように」


「は、はいっ」


 すると、1人の生徒が飛び上がるように席を立つ。


 兎の耳のような青いリボンを頭につけ、青いスカートをベースにした服装。金の長髪と青い瞳が特徴的な小柄な少女だった。


 早速外国の子からか、なんて思いながらその子を目で追いかける。


 彼女がパタパタと慌ただしく教壇に立とうとしたその時、ガンッと言う音が鳴り響く。どうやら教卓に足をぶつけたようだ。


「あ、あぁっ!?」


 そしてそのままクラス全員の前で盛大にすっ転んでしまった。


「あらー……」


 誰かの憐れむ声が聞こえる。サクも思わず苦笑いをしてしまう。


 何ともいたたまれない空気が1組の教室を支配した。


「う……ぅぅぅ……」


 すると、彼女は真っ赤にした顔を覆いながら泣きそうな声を出し。


 シュルルルル……。


「っ!?」


 彼女の身体が縮んだ。それも半分ぐらいの大きさに。決してサクの見間違いなんかじゃなかった。


 たまらず変な声が漏れてしまう。だと言うのに他の生徒は誰も変わった様子はない。


 何で!?あれ……魔法の世界じゃ普通なのか!?そんな疑問が口から洩れそうになったが何とか持ちこたえることに成功した。


「恥ずかしい……!見ないでぇ!」


「はぁ……元に戻れ。後がつかえているんだ」


「は、はいぃ……」


 そんな身も心も萎縮する彼女に紫藤先生は容赦ない言葉をぶつける。すると、彼女の身体はシュルルルルと元の体へと戻り、改めてクラスメイトに向き直った。


「わ、私はアリス・ミニ・ハミット。小人と人間のハーフです……その、よろしくお願いします」


 小人のハーフ……?


 パチパチと教室で鳴る拍手を聞きながらサクは1人合点がいった。


 彼女が小さくなるのはそういった種族だからということか。だから誰も驚いた反応を見せなかったのだろう。


 危ない、変に目立つところだった。


 隣でくすくす笑っている晴輝以外はサクの動揺に気が付いていないようだ。最後尾に席を取って心底安堵した。


 咳払いしながら心の平静を取り戻す。


 とりあえず、冷静に。どんな奴が出てくるか分からないが大きな反応をすることは避けよう。


 次に教壇に上がったのは赤錆色の髪をした男子生徒。


「よっしゃ!俺は明智!明智つよしってんだ!特にさっきのアリスみてえな特技はねーけど!」


 そう言いながら明智は自分の制服のポケットから拳大の石を取り出して、何を思ったのかそれを自分の頭に叩きつけた。


 ゴキリ。


 鈍い音が教室に響く。


 教室から小さな悲鳴が湧くが、砕けたのは明智の頭ではなく石の方だった。


「ドワーフの血を引いてっからよ!こんな感じで頑丈なんだ!まー他に特に言うこともねーや!よろしく!」


「自分のパフォーマンスは構わんが……ちゃんと片付けていけよ」


「うっす!」


 あやめ先生に注意されながらも一切嫌な素振りを見せずに明智は自分の頭が砕いた石を拾って自分の席へと戻って行った。


 明智の次は緑色の瞳をした金髪ボブカットヘアの少女。


 彼女の姿を見て、教室に……いや、正確には男子に緊張が走った。


 なぜ?それは簡単。


「私はエレナ・ヴィナ。ご覧の通りエルフだ、よろしく頼む」


 淡々と自己紹介を終える彼女が、まるで絵本の中から飛び出して来たような絶世の美少女だったから。


 くっきりとした顔立ちと、雪のように白い肌。エルフの特徴として少し大きな彼女の耳でさえも彼女を完璧たらしめる要素の1つ。


 彼女が息をするだけで教室の空気が澄んでいくような錯覚を覚える。


 すごいな、魔法の世界。スノウ先輩といい、こんな綺麗な子が世の中にいるんだと呆然と思った。


 席に戻るエレナを目で追っていると、もうすでに次の生徒が前に立っていた。


「お、オラ、木ノ葉このはらくってんだ!」


 見てみると、低身長ぽっちゃりとした男子生徒。頭からは2つの丸い耳が生え、目の周りには大きなクマのような模様が入っていた。


「見ての通り、狸の獣人だぁ!よっ、よよよろしく!」


 どこか緊張した面持ちの彼。彼の視線は教室の一点に固定されている。


 そちらに目をやってみるとそこには楽に興味なさげに外を見つめるエレナの姿があった。


 あぁ……これはエレナに見惚れてるんだな。


 色恋沙汰にあまり詳しくないサクでさえそう思った。だが、あまりにも分不相応というか。はっきり言って釣り合っていないと言うか。


 高嶺の花に恋してしまった哀れな楽が席に戻る。それでも彼の視線はエレナに釘付けだった。


「皆様初めまして。私は咲・フローラですわ」


 次に教壇に上がったのは黄緑色の髪をした女子。頭には左右対称に白い花の髪飾りをつけているのが印象的だ。


「私はドリアードですので、園芸が趣味ですわ。日本の儚くも美しい花々を見るのが楽しみです、うふふふ」


 ニコニコと可愛らしい笑顔を振り撒きながら咲は自己紹介を終える。


 ドリアードが何かは分からないが、彼女の肩から植物のツルのようなものが揺れていた。多分植物にまつわる何かなんだろう。その何かは分からないが。


「ジェシカ・クロムウェルです」


 その次は薄紫色のボブカットの女子。青い瞳が美しい女子生徒。だが、サクはそんなこと全く気にならない。


 何故?それは簡単……。


「ご覧の通り、デュラハンなので。首が取れますけど……転がってたら踏まないように気をつけてください」


 彼女の首が胴体を離れ、教壇に乗っているからである。挨拶を終えたあとは両手で抱えて席に戻っていく。


「初めまして。僕は志村睦です」


 ジェシカの次は優しそうな顔持ちの男子。


「他のみんなと比べて僕はただの人族です。何の特徴もない僕だけど、仲良くしてくれると嬉しいです」


 そう言って笑う睦。


「特徴がない……?」


 そんなことを言う睦は嘘つきだと思う。


「キュー」


「ピピー」


 だって、さっきから彼の服の隙間から変なモコモコしたしっぽ見たいな物体がゆらゆら揺れているし、なんかネズミみたいな生き物が顔を出している。


 ボゥッ


 何なら、その服の隙間から今炎みたいなものが漏れていたような……?


「おい。使い魔の躾はしっかりしておけ。万が一にもこの教室が火事にでもなってみろ」


「あははは。大丈夫ですよ、この子達全員いい子なんで」


 紫藤先生の言葉にそんな風に答えながら睦は席に戻る。


「わ、私はソフィア・コーラリアです。よろしく……」


 次はウェーブのかかった桃色の髪で自身の顔を隠すように告げる少女。彼女の目は光の当たり具合でまた別の色に見えるような輝きを持つ。


 挨拶をしているソフィアの頭上に何か小さな影が見える。ハエかなにかだろう。それがブゥンッとソフィアの肩に止まる。


「……え?き、きゃぁぁぁぁあ!?」


 刹那、ソフィアが悲鳴をあげた。女子らしく虫が苦手なんだろう。


 だが、ソフィアの悲鳴は大気を激しく震わせ鼓膜どころか教室の窓ガラスをゆらし、ビシイッっとヒビを入れた。


 何だこれ……何だこれ!?


 サクは頭を抱えながらそんなことを思う。


 確かに誰かが言っていた。「普通なんてない」って。だが、あまりにも普通じゃなさすぎる。もはや個性しかない。これでは何もないサクが浮いてしまうのではないかと思った。


 俺も何か個性を出した方がいいのか!?いや、でもそんなものないし……。


「それじゃ、サク。お先」


 そんな一人相撲をしていると次のクラスメイトが教壇に上がる。サクの隣に座っていた晴輝だ。


 次は晴輝か。


 よかった……ここでようやく普通の人の晴輝を挟める。そうすれば少しはサクの気持ちも落ち着くか……。


 そんなサクの期待は一瞬にして崩れ去る。


「僕は土御門晴輝。菊の紋頭目土御門晴影の第二子です」


「「「「「「………………………………っ」」」」」」


 晴輝の言葉を聞いて、クラスの空気が一瞬にして張り詰めた。


 そうだった……晴輝は晴影さんの息子。それだけでデカい個性だった。


 あまりに普通に接しすぎて、すっかり頭から抜け落ちていた。


 一人勝手に裏切られた気分になりながら頭を抱える。自分の番が来るのが怖かった。


「貴方が土御門晴輝ですね」


 その時、今度は教室の後方から1人の女子生徒が立ち上がる。


「ら、ライリー様……ダメでございます」


「お黙りなさい、メイ。私は行かねばならないのです」


 そして隣に座る女子生徒の制止を無視して教壇の方へと歩いていくでは無いか。


「おい、席につけ。お前の順番はまだ……」


「口を出さないでください先生。これは大事なことですので」


 そして紫藤先生の制止を無視して彼女は晴輝の方へと近づく。


 金の長い髪とエメラルドのような深い緑の瞳。同じ歳なのに自信に満ちた彼女の表情はどこか大人びて見える。


「初めまして土御門晴輝。私はライリー・レオ・メイガス。【十字杖の騎士団クロス・ワンド】第1席メイガス家当主アンドリュー・レオ・メイガスの1人娘ですわ」


 そして彼女は他の生徒には目もくれず、教壇の上の晴輝だけを見ながらそう自己紹介をした。


 【十字杖の騎士団クロス・ワンド】?


 聞きなれない言葉にサクは首を傾げる。


 しかし他の生徒を見てみると驚いた反応をしている。なにか有名な集団なのだろうか。


「…………よろしく、ライリーさん。同じクラスになれて光栄です」


 あまりの出来事に一瞬固まった晴輝だったがそう言って友好的にライリーに握手の手を差し出した。


 流石晴輝。あんな飛び入り相手にも完璧な対応じゃないかと思う。


「…………」


 突然の状況への最適解に見えた晴輝の姿。だと言うのに、ライリーの顔は見る見る不機嫌なものへと変わっていく。


「貴方……本当に菊の紋当主の息子ですか?」


「はい。そうですけれど……」


 笑顔を崩さない晴輝に対して、ライリーは差し出された手をはたいた。


 それも教室に響くほど大きな音でだ。


「優秀な魔法使いと聞いていましたが……私は貴方を過大評価していたようですわ」


 一触即発の雰囲気に教室の空気が凍りつく。


 突然乗り込んできて、突然失望するライリー。一方の晴輝はと言うと何事も無かったかのように笑顔を崩していなかった。


「何故野心がないのです?高貴な一族のプライドは無いのですか?日本の頂点の息子がこんな腑抜けだとは」


 1人怒り狂うライリー。他の生徒は唖然とその光景を見送るしかない。


「ご期待に添えず申し訳ありません。ですが僕は第二子……次男ですので。次期当主になるのも僕じゃありません。そう言った話は兄の方に」


 第二子。ということは晴輝には兄がいるのだろう。そして当主の息子とは言え跡継ぎになるのは晴輝ではなくその兄と言うことか。


 あんな完璧な晴輝の兄。一体どれほどの人物なのだろうかとこんな空気の中でそんなことを考えてしまっているサクがいた。


「ライリー・レオ・メイガス」


 2人のやり取りを見ていた紫藤先生がやがて深く息をつきながら横槍を入れる。


「先程言ったばかりだぞ。多種多様な立場の者がいるがここでは等しく一個人一生徒だと」


「し、しかし先生……」


「しかしも何も無い。お前のその態度はクラスの風紀を乱す。大人しく席に戻れ」


「ぐ……」


 ライリーは頬を赤く染めながら怒ったように床を踏み鳴らして席に戻った。


 その所作でさえ洗練されたように無駄のないもののように見えた。晴輝とはまた別の意味で完璧だと思う。


 そんなライリーの背中を見送った後、一礼をして晴輝はサクの隣へと戻ってきた。


「おつかれ。災難だったな」


 席に戻ってきた晴輝にサクは耳打ちした。実際どれほど大変なことが行われていたのかピンと来ていなかったが。


「あはは。別に慣れてるし大したことないよ」


 対する晴輝はなんでもない様に笑って見せた。慣れてるって……お前どんな人生送ってきたんだ、と。そんなことが頭をよぎった。


 菊の紋当主の息子。


 その肩書がこの魔法の世界でどれほど大きな影響を持つのかと言うことはまだサクには分からない。直接本人に聞くのもはばかられるので聞くこともできないもどかしさを感じた。


「さて、若人ども」


 すると、先ほどよりも明らかに不愉快そうな紫藤先生が低い声で言う。


「同じことを言わせるな、ここでは立場など関係ない。学舎の元等しく一生徒だ、種族や立場を理由に他者を貶めることは消して許さん肝に銘じておけ」


 先生のメッセージはクラス全体という名目のもとライリーに送られたメッセージだったがライリーは無視した。


 そんなトラブルがありつつ、次は沙羅が教壇の方へ向かう。


「こんにっちはー!私は遠野沙羅!みんなと仲良くできるといいなって思いまーす!」


 沙羅は先程の殺伐とした空気を払拭するように元気に自己紹介をする。


 そのおかげでどんよりとした空気もどこか軽くなった。こういう時は沙羅の天真爛漫さがありがたい。


 ようやく1年生の教室らしい朗らかな空気が戻ってきた。


「俺の名は……トミー・ハムザ」


 前言撤回。なんだコイツは。


 次に壇上に上がったのは青黒い髪をしたロン毛の男子生徒。彼は全身に包帯を巻いており、目ですら包帯で隠されていた。


「俺の包帯を外そうとするなよ?隠されし俺の邪眼がお前たちを蝕むことになる」


 ポーズを決めながらそう言い残したトミーは満足そうに席に帰っていく。沙羅のおかげで和らいでいた空気がまた重くなる。


 そしてまた、次の生徒も重苦しい空気を醸し出す。黒い地面まで着いてしまいそうなほど大きなローブに身を包んだドロシーだ。


 被っていた帽子は流石に脱いでいたが、それでも見ているだけで暑苦しそうである。


「ドロシー。よろしく」


 沙羅と違ってぶっきらぼう。淡々と自己紹介を終える。全クラスメイト最短だ。


 なんて事を思っていると、次は日に焼けた爽やかな男子。


「ハイサイ〜」


 顔も中々にイケメンでいかにも気さくな優男といったような男子が手を振りながら自己紹介する。


 見た感じでは陽キャというのか良く似合う。


「俺は仲間なかま阿波護あわもり!沖縄出身、島人しまんちゅさ!ゆたしくな〜」


「「「「「………………?」」」」」


 クラスのみんなの頭に疑問符が浮かぶ。


「あぁ、ごめんごめん。方弁じゃ分かりにくいな。よろしくってことさ〜」


 すると、クラスのみんなの反応を分かっていたように阿波護は軽快に笑いながら自己紹介を続ける。


 それも含めて阿波護の狙いだったのだろう。狙い通りに皆彼の自己紹介に釘付け。掴みは完璧だ。


「みんなと楽しい学園生活送れたら嬉しいさ。ゆたしく……じゃなくてよろしくな〜」


 そう言って阿波護はにこやかに席へと戻っていった。


 何となくわかる。あいつはクラスで誰からも好かれるようなそんな奴だ。きっとクラスの中心になるんだろうなと思った。


 次に教壇に立ったのは大きな体を持った男子。


「俺はフウド・ロペス。特技は料理だ、よろしく」


 身長は中1なのに180はありそうなほど大きい。ほっぺたは丸く膨らみ温和な性格なんだろうと言うことが顔を見るだけでわかる。


 そんな彼は背中に何やらデカい棒のような物を背負っているが……あれは何なのだろう。まさか……杖?


 あんなでっかい杖もあるのかと驚いた。あれでは杖というより丸太だ。

 

「さて、次」


 ノシノシと席に戻っていくフウドを見送っていると、紫藤先生がそう言う。


「あっ……!」


 そうだ、フウドの次がサクの番。他の生徒の自己紹介に夢中になって忘れていた。


 慌てて立ち上がり、サクは教壇に立つ。ガタンと静かな教室に机の音が響く。


 個性豊かな生徒達の視線を受けながら教壇へ。


 そうだ……落ち着け。別に自分の名前を言えばいいだけじゃないか。


 教壇に立ちながらクラスメイトを見渡す。自己紹介を終えた生徒もまだの生徒もここからだとよく見える。その光景が先程の入学式を想起させた。


「…………」


「おい、どうした。名乗れ」


 黙るサクに紫藤先生が声を掛ける。


 そうだ。自分を変えるんだろう?叔父さんを見返してやるんだろ?


 ここに来た決意を思い出してサクは自分の手を強く握る。


 やってやれ、宗方サク。これが初めの一歩。


 堂々と自分の名を名乗れ。それだけの話。魔法なんて関係ないだろう。


 大きく息を吸って、熱くなる顔の火照りを冷ます。


 そして大きな声ではっきりと。そして何も目立つことのないように言い放つ。


「はっ、はじっ……始めまちて!」

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