第28話 入学式⑤

 鳥居の森を抜けると大きな階段が現れた。それを登っていくと今度は鳥居が可愛く見えるほど大きな門がサク達を出迎えてくれる。


 和風のその門は大きな寺院に構えていそうな様式で、門の左右には筋骨隆々なポーズを決めた2体の木像が桔梗院へとやって来る生徒達を見下ろしていた。


 社会の教科書で同じような像を見たことがあったような気もする。金剛力士像とかいったか。


 その迫力に満ちた木像は今にも動き出しそうで思わず見惚れてしまった。


「ふっふっふ。小僧、我らが肉体美に身惚れたか?」


「うお!?しゃべった!?」


 その時、右の木像が自身の筋肉を見せつけるようなポーズをとってサクに声をかけてきた。


「あっはっは。いい反応だね」


「おまっ……先に言えよ!」


 そんなサクの反応を楽しむように晴輝は笑う。周りからもくすくすと笑い声が聞こえてくるのが分かり、顔が熱くなる。


「なんなんだよ、こいつらは……!」


 恥ずかしさをかき消すようにサクは晴輝に尋ねた。


「彼等は木人ぼくじん。意志を持った木から作られた木像なんだ」


「木が意志を?まさか、どうやって」


「樹齢1000年を超えた木は神が宿るってね。実際には長い時を生きていくと意志の小さな木々にも自我が芽生えるんだ」


 晴輝の話を要約すると木の意志の力は弱く自我などはない。しかし1000年の時を積み重ねることで意志の力も強くなり自我を持てるほどに大きなものになるということ。


 チリも積もれば山となる……ということらしい。


「すげぇな」


「そう。どんなものにも想いや気持ちがこもるもの……それこそが魔法でこの世の真理。だから日本には付喪神っていう物に宿る神様だっているんだよ」


「あぁ……それなら知ってるよ」


 ここ最近1番のビッグニュースだ。晴輝にも話しておこう。


「へぇ、桜の園にいたの?」


「まぁ……今は俺のペットみたいなもんだけど」


「えぇ!?それって式神になったってこと!?」


「お、おぅ。まぁな」


 サクの言葉に晴輝は驚きを隠せないようだった。


「別にいいだろ?ペットの1つや2つ」


「いやいや……式神って結構大事だよ?日本の魔法には式神魔法とかそんなのもあるし、相性だって大切だ。僕なんかまだまだ自分の式神を選ぶ覚悟も決まってなんかないっていうのに」


 晴輝のその反応を見て新しい制服のシャツが汗ばむのを感じた。


 嘘だろ?式神ってそんなに大層なものだったのか?てっきり捨て犬を拾ったような、そんな感覚でしか無かった。


 魔法に精通している晴輝が慎重に吟味する式神。それをサクは半ば勢いで決めてしまった。


 やっちまった……と思う反面、それでもまぁ仕方ないか、と踏ん切りがついている自分もいた。


 なんだかんだでクラは懐いているようだしここ最近はあいつが可愛く思えてくることもある。


「君の式神、何て言うの?」


「クラって名前にした。桜の枝が頭に刺さってる花瓶の付喪神なんだ」


「へぇ……サクにクラ……それに桜。うん、いいと思う」


 アゲハもクラの名前を聞いて満足そうにしていたが、そんなにいい名前かと疑問がよぎる。


「名は体を表す。名前はその存在をより確固たるものにするから」


「どういうこと?」


「名前は人を、そして存在を作る。『そうあって欲しい』っていう願い……魔法なんだよ。サクとクラは繋げてサクラ。桜を通じて君たちは繋がっている。そして頭2文字は君だ。だからサクが主でクラが僕って言うことになるんだ」


 ようは桜の文字を見た時にサクが最初に来るからサクが立場が上ということになる。


 サクとクラが出会ったのは桜の園。つまり桜を通じて繋がるということは、桜の園を通じてサクとクラは繋がっている……ということらしい。


 そんな言葉遊びみたいな事があるのかと思ってしまうが晴輝の話し方を見る限り嘘はついていないように見えた。


 普段、何気なくしている事が繋がりになったりその繋がりが魔法になったり……。思わぬ所でこの世は魔法に満ちているのかと、思った。


「思いもよらないところで魔法が転がってるんだな」

 

「そうだよ?だから、悪い魔法使いに騙されないようにね。色々最近物騒だからさ」


「騙されねぇって。ていうか、物騒って何だよ」


「そうだね。例えばここ最近子どもの魔法使いの誘拐事件が起こってるんだ」


「誘拐?」


「うん。父さんも調べてるみたいだけど、なかなかの手だれの仕業みたいでさ。犯人の証拠もなければ被害者も犯人の顔すら見ていないんだって」


「おいおい。物騒だな……何のためにそんなことしてんだよ」


「さぁ?でも何かの実験をしているとかって噂だよ」


「うわぁ、怖」


 サクの頬が引きつる。


 誘拐した子どもで実験?そんな悪魔崇拝みたいなこと、ほんとにあるのか?


 いや、そもそもアレは悪魔に何かを叶えてもらうために行うのだから、そう考えれば魔法の為に実際そういったことをするのも頷けるかもしれない。


「まぁ、そんな危ないこともないだろ。危なかったら晴輝に何とかしてもらうよ」


「やめてよ、責任重大じゃないか」


 そんなことを言い合いながら門をくぐるとそこに現れたのは大きな寺のような建物。


 大きな木造の建物が1つ。そこに入るために数段の階段があり、それを登ると中へ入る扉と左右に通路が伸びている。


 それは建物を囲うように作られており、その先は幾つにも枝分かれして目の前の建物よりも少し小さな建物へと繋がっている。


 ここから見えるだけでも左右に3つずつ。計6棟ある。


「寺だな……これ本当に学校か?」


「学校だよ。寺子屋の名残だってさ」


 寺子屋と言えば社会で習った。昔の寺が学校のように読み書きを教えていたんだっけか。それが転じて魔法の学校になったということらしい。


「桔梗院は僕らの歳から6年間通うことになるんだ」


「じゃああの建物が教室みたいなもんか」


 枝分かれした建物が6つ。ちょうどサク達が通う年数と同じ。きっと学年ごとにあの建物が割り当てられいるんだろう。


 でも、それにしては少々手狭に見えなくもない。


「そう。それでこれが全校生が集まる講堂。僕らの入学式もここで執り行うことになってるよ」


 桔梗院のことに詳しい晴輝がいて心強い。ここに来るまでの不安が一切なくなってしまった。


 晴影はここの理事長もやっていると言っていた。晴輝もどちらかと言えばここの運営側の人間ということになる。


 しかし、自身の親が経営する学校に通うなんてどんな気持ちなんだろうという気持ちがふと頭をよぎった。


 人の流れに身を任せるようにサク達は桔梗院の講堂の方へと歩みを進めていく。


 講堂の前にはもうすでに何人もの生徒らしい子ども達がぞろぞろとごった返しになっている。


 サクと同じローブに身を包んだ生徒もいれば、和服に身を包んだ生徒もいる。


 人と何ら変わらないような者もいればアゲハと同じように獣の耳を生やした生徒や何やら角が生えた生徒。中には翼を広げて空中に浮いている生徒までいる。


 講堂の前に立つだけで再びこれまでの常識が足元から音を立てて崩れ去っていくような錯覚を覚えた。


 その波をかき分けるように先へ進むと何もない空間に何かが光っているのが見えた。


 光の残滓を目で追っていくと何やら文字になっているのがわかる。それを読むとどうやら今年の1年生のクラス分けが書かれているらしい。


 クラスはどうやら4クラス。人数はおおよそ各クラス20人ぐらいと言ったところか。


「え…と……あ!サクも僕も1組みたいだね」


「お、本当だ」


 名前を読んでいくと1組の名前のところにサクと晴輝の名前を見つける。


 どうやら晴輝と同じクラスになったようだ。


 もう少しそれを眺めていると、同じく1組のクラス名簿の中に桜の園メンバーの名前が見つかる。


 リアムに凪、ドロシー……おぉ、沙羅の名前もあった。


 桜の園のはみ出し者、ノアだけが2組の所に名前がある。


「クラスを確認した生徒はこちらへ!」


 つらつらと名前を眺めていると、横手から生徒を誘導するような声が聞こえる。


 聞き馴染みのある声……桔梗院の事務員、空希さんだった。


「空希さん!」


「やぁ、サクくん。それに晴輝くんも。無事にここまで来れたようだね」


 空希さんに声をかけるとサクだけではなく晴輝にも気兼ねなく答えてくれる。


「よかったね。この前のメンバーで一緒になれて」


「そうですね。少し安心しました」


 空希さんの言葉にサクはどこか決まり文句のような返事を返した。


「晴輝くんもサクくんと知り合いだったんだね、一緒のクラスでよかったよ」


「はい。サクがいてくれて心強いです」


 そんな晴輝もサクと同じようなに決まったような返事を返す。空希さんの誘導に従い2つに並んだ生徒の列があった。


「よし、1組の生徒はこちらに並べ。順は問わん」


 すると、先頭に立つ教師であろう若い女性がサク達にそう言い放つ。


 紫がかった長髪。目つきは悪いがぴっちりと決められたスーツ姿。キャリアウーマン……OLと言った単語がサクの脳裏をよぎった。


 隣に立つのは対照的に温和な空気を纏うお坊さんのような格好をしたおじいさん。彼はニコニコと笑いながら新入生の顔を1人1人眺めている。


 お坊さん先生の列には先に行っていたノアの姿もあった。クラスごとに分かれて並んでいるのだろう。


 列に入ってしばらくすると、残してきた桜の園メンバーもやって来た。


「何か、明らかに外国人もいるな」


 クラスの名前を見た時にもうすうす気が付いていたし、何なら桜の園メンバーの半分も明らかな外国人だ。


 たまたま桜の園にそう言った人が集まっているわけではなく普通に外国人の生徒もいるということのようだ。


「そうだよ。魔法の世界は結構交換留学制度が盛んでね。外国からはもちろん日本からも外国の魔法学校に通いたいって人は多いんだ」


「すごいな。この歳でよく外国語を話せるもんだ」


「ああ、いらないよ。言語が違っても意思疎通できる道具があるんだ」


 魔法の世界にはそんな便利な物もあるのかと驚くサクに晴輝は小さく指を差す。


 その先には金髪の女の子がいてその子の首から小さな宝石がはめられたネックレスがぶら下がっている。恐らくあれが晴輝の言う道具らしい。


 あれがあれば言語が違っても話を聞きとれるしこちらが話したことも伝わるようになっているそうだ。


 そんな風に感心しているとOLがせわしなく人数を数え始める。やがて一言「ついてこい」と言って歩き出した。どうやら全員揃ったらしい。


 OLが講堂の中へと向かっていく。OLに続いて中に入ると中はサクが小学生の時を終えた体育館のようになっており、ひな壇に向かって赤い絨毯が引かれている。


 外から見た時にはもっと小さな建物の様に感じたが、明らかに大きくなっている。


 どうやらこれも魔法なのか。天井からは宙に浮かんだろうそく立てがゆらゆらと揺れている。


 その左右には他の学年の生徒たちがパチパチと拍手を鳴らしながらサクたちを歓迎していた。


 中には杖を振って宙に花火のような艶美な光を打ち出す生徒もいるようだった。


 やがてOLに促されるままひな壇の上に立つ。サクはひな壇の2段目。サクの顔を見つめる在校生の顔がよく見えた。


 そこには様々な人種、種族の人々が入り交じり、ここがゲームの世界なのではないかと錯覚させた。しかし、これは現実なんだ。


 あの何の感動もなく終えた卒業式と同じ現実。卒業式の時と同じようにどこか無感情に講堂を見回している自分に驚くと同時に失望もした。


 これだけ新しいもので満ち溢れているのに、まだ自分の心に巣食う氷は消えてくれなかった。あの時と違うのは隣に晴輝がいることと、そこに叔父がいないことだけだった。


 粛々と入学式が執り行われていく。


 理事長としてサクを魔法の世界に呼び込んだ土御門晴影さんが前に出て来る。


 何か祝いの言葉を述べていたようだがサクはそれを無心に聞き流していた。


 変わらない。これだけ環境が大きく変わっているのに、何一つとして変わってくれていない自分をむなしく思う自分がいた。


 魔法の光でまたたくひな壇の上。冬の寒さが終わり、春の暖かさが冷めた心を包んでくれるこの日。


 これから始まるの6年間の中で特別な日。


 あぁ、まただ。またこの感覚だ。


 胸の奥が凍りついていくような。自分だけ取り残されたような、孤独感というのか。いや、それもまた違う気がする。


 別に、孤独というわけじゃ無い。隣には晴輝もいるし、桜の園のみんなもいる。


 けれど、それでも拭いされない違和感。


 俺は、見つけられるんだろうか。


 そうだ、これは始まり。宗方サクの第2の人生の始まりだ。


 胸の奥。心と呼ばれるべきものが揺れ動くような感覚なんて経験したこともない。


 自分の本当じゃ無いような気がするこの感覚。


 そんな自分を変えるための一歩。自分の心を……自分自身を見つけるための旅路。


 これから始まる6年にも及ぶ魔法の旅。その先に待ち受けるものは何なのか。


 OLに連れられて、サク達は講堂の中をまた歩き出す。


 講堂の扉の向こう。光が差し込んで輝くあの出口に向かって。


 夢と希望に満ちた世界へと繋がるあの道。


 自分にとって、本当にこれが希望の道へと繋がっているのだろうか?


 後ろ髪を引かれる感覚はない。むしろ呼ばれているような気がする。


 そう思えば、あの卒業式よりは幾分マシなように思える。


 さぁ、始めよう。魔法の物語を。


 これは無知なサクが世界を知り、無くした大切な何かを取り戻すための物語。


 宗方サク12歳は、こうして桔梗院最初の時を迎えた。

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