第27話 入学式④

 鳥居を抜け、サクの視界に明るい日差しが差し込む。


 うっすらと目を細めながら光に慣らしていく。


「うぉ……」


 サクは鳥居の真下に立っていた。


 その向かい側、いや両隣……その向こうにも。いくつもの鳥居が横並びに並んでいる。


 それらはひっきりなしに文字を変え、渦を生み出しては中からローブに身を包んだ子ども達を吐き出していた。


「何でこんなに鳥居があるんだ」


「日本全国から同じ時間に何人も転移してくるからだよ」


 サクが驚きながら見渡しているとどこかで聞いたような桜のように爽やかな男の子の声が聞こえてくる。


 顔を見なくてもその声の主がはっきりとサクには分かった。


「晴輝」


「久しぶり、サクくん。元気そうだね」


 そこにいたのはローブに身を包んだ同級生。サクを魔法の道に連れてきた張本人、土御門晴輝だった。


「どうしてここに?」


「いやぁ、僕が転移してきた隣の鳥居に【桜の園】って書いててさ。もしかしてと思って待ってたら君だったんだよ」


 運命感じるね、と楽しそうに笑う晴輝を見ながらサクの頬も綻む。こんなにすぐに会えると思っていなかったので悔しながら嬉しかった。


「それじゃ……他のみんなは?」


「桜の園の人かな?そうだね。ここの転移は少し特別だから……他のところにいると思うけど」


 晴輝の言う通り、見渡してみるとあたふたと辺りを見渡す沙羅の姿が見える。


「何で他の鳥居に?」


 同じ鳥居から桔梗院に飛ばされたのだから、てっきり同じ鳥居から出てくると思っていたのだが。


「ここは学校だからだよ。同じような時間に何人も転移してくるから1つの鳥居じゃまかないきれないんだ」


 なるほど。確かに多少の時差はあれど学生が登校する時間は大体同じ。


 アゲハさんの話では転移鳥居は同じ場所に同時に転移しようとすると順番待ちが発生するらしい。


 順番待ち中は鳥居の看板の文字がぐにゃりと曲がり続け、順番が来たらしっかりと文字が現れることになっているそうだ。


「そこで桔梗院の鳥居はこうして38個ならんでるってわけさ」


「38……か。中途半端だな」


 どうせ用意するなら50とかキリの良い数字にすればいいものを……と思う。


「38っていうのは学業の気が上がるって言われる縁起のいい数字だからさ。あえてそうしてるんだよ」


「へぇ」


 晴輝の説明にそんな細かいところまで考えられて作られているのかと驚く。


 そう言ったことも魔法に深く関わったりしてくるんだろうか。


「晴影さんは?」


「父さんは祝辞を読むからって先に行ったよ」


「何だ。別に入学式ぐらい一緒に行けばいいのにな」


 信玄でさえサクの小学校の入学式には慣れないスーツを着て参列したものなのに、いい人そうな晴影さんが晴輝を1人残して行ってしまったのは意外だった。


「あはは。うちはちょっと特別だからね」


「特別?」


「ちょ……ちょちょちょちょい!?サクくん!?」


 晴輝の言葉に首を傾げていると、合流したであろう沙羅、凪、リアムがすぐ後ろで声を震えさせていた。


「あぁ、紹介するよ。こいつは土御門晴輝。俺を桜の園に連れてきてくれた土御門晴影さんの子どもで俺らと同級生に……」


「しししし知ってるよぉ……知らないわけないでしょぉぉぉ……!」


 普通に晴輝を紹介していると、沙羅が手を震えさせながら言う。


 よく見れば他の2人も同じ。目を見開きながら慌てているように見えた。


「き、【菊の紋】当主の第二子!天才魔法使いの名で知られる土御門晴輝様だよ!?」


「まさかほんとにあたしらと同じ学校に通うなんて……うわ〜、まじ眼福だわ……」


「す、すまねぇ、そいつが軽々しく声なんてかけちまって……」


 凪とリアムでさえ背筋を伸ばして緊張した面持ちで晴輝にお辞儀をしている。そんな光景にサクの方が唖然としてしまう他ない。


 そう言えば晴影さんは菊の紋の当主だと言っていた。冷静に考えたらそれはつまりサクのいた世界……【移人うつろいびと】でいう総理大臣みたいなものなのだろう。


 その子どもということで晴輝も有名人だということなのか。


「あはは。別に僕はそんなに偉い人じゃないんだけどね」


 困ったように笑いながら晴輝は一歩下がる。


 まるで晴輝と桜の園のみんなの間に見えない壁があるように見えた。


 決して交わることのない、超えられない壁。


 サクはその狭間にいるような気がした。


「それじゃサクくん、僕はこれで」


「なんだよ、せっかく会えたのに」


 せっかく再会できたというのにどこか他人行儀な晴輝にサクは良い気がしなかった。


 別に仲良しこよしな関係と言うわけでもない。ただ、サクが初めてであった魔法使いで魔法使いになるきっかけをくれた同級生。


 それがどういった関係なのかもわからないが、サク個人としてはリアムたちとは別の意味で晴輝のことを特別視している自覚があった。


「いや、折角の入学式なんだし僕といると色々大変だから」


 そう言って晴輝はそのまま歩き去ろうとする。


 そんな自分から自分を除け者にする晴輝の態度にサクは苛立ちを覚える。


 出会ってから完璧を貫き続けた晴輝。いや、もしかするとこれも他の魔法使いからすれば完璧な対応なのかもしれない。だが、サクはまだそんなこと分からない。


「待てよ」


 気がついたら晴輝の腕を引き止めていた。


「ほら、一緒に行くぞ」


「え……あ、ちょっ」


 サクは晴輝の手を捕まえながら一緒に歩き始めた。


 他の3人はついてくるかと思ったがただ茫然とサクたちを見送るだけだった。少し出すぎた行動だったのか、という考えが頭をよぎるが晴輝を1人で行かせることに比べれば不思議と後悔はなかった。


「い、いいの?」


「いいよ。俺はお前といる方が気楽だから」


 晴輝はサクが【│常人とこしえびと】の世界とは隔絶して生活してきたことを知っている唯一の同級生だ。


 それはつまり魔法の世界に疎いということを隠さなくてもいい相手だということ。


 桜の園のメンバーは嫌いでは無いが隠し事がある以上、どうしても気疲れしてしまうのが本音だった。


「君は本当に変わってるなぁ」


「普通だって」


 最初は抵抗していたが、サクの変わらない態度を見て晴輝は諦めたようにため息をつきながらサクの隣を歩き始めた。


「ほら、色々と教えてくれよ。詳しいんだろ?」


「はいはい。頑固者だなぁサクは」


 綺麗に並んだ鳥居の間を歩きながら2人は軽口を叩き合う。強引に引き留めただけなのに、不思議と晴輝との距離が近くなったような気がした。

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