第25話 入学式②
サクは朝食を済ませた後、清水の隠れ里で購入した制服に着替えて桜の園の外に出る。
「あ、来た来た!」
「遅いっつーの」
そこにはサクと同じように制服に身を包んだ桜の園の新入生の姿があった。
桔梗院の制服は和装か洋服か選択制。
洋服なら白いワイシャツをベースに残りはローブとズボン又はスカートが必須。
他にもいくつかオプションのパーツをつけることは可能だが、サクは興味がないので最低限の物しか着ていない。
桜の園のメンバーは皆洋服を選択したようでそれぞれ個性が目立つような服装をしていた。
沙羅は黒に近い緑のローブを羽織り、膝の下まで伸ばした少し明るめの緑のスカートを履いている。頭にはナイトキャップのような被り物をしていた。
沙羅は河童の種族で、それを恥ずかしく思っているらしい。だからあのキャップはおそらく頭の皿を隠すためのものだろう。
金髪の少女こと凪は今日も気だるげにMnectをいじりながら欠伸をしている。そんな彼女の制服はだらしなく崩されており、黒いローブは少し大きいのか袖が長く、頭にはローブのフードを被っている。
黒髪黒目の少女ドロシーは黒い大きな三角帽子を被り、ローブもスカートも真っ黒。世界のそこだけぽっかり穴が空いてしまったのではないかと錯覚するほどに黒い。まさに魔女といった風貌だった。
サクの隣人、狼の獣人ことリアムはみんなのローブとは少し形が異なっており、腰から下にかけてがタキシードの様に大きく分かれている。
恐らく彼の尻尾の邪魔をしない為だろう。少し派手な赤黒いローブとズボンが特に目を引く。サクには到底着こなせそうにないそれはリアムにはしっくりくる。
そして、もう1人……。
「んで?こいつ誰?」
「あぁ、こないだの買い出しに来なかったはみ出もんだろ」
凪が悪びれもせず最後の1人。水色の髪をした背の高い男、ノアを指差す。
ノアもドロシーのようにツバの大きな三角帽子を被って顔を隠し、黒いローブで身を包んで黙っていた。
「なんか言ったらどうだ、えぇ?1人スカしやがってよ」
「あーん、やめなよー……」
そんな態度のノアにリアムが噛み付く。入学式の朝から流れる険悪な空気に沙羅が嫌そうな声を出した。
「こないだはてめぇが来ねぇせいで待たされたんだよ。一言ぐらい詫びてもバチあたんねぇだろうが」
だが、そんなことでこの狂犬ことリアムは止まらない。
噛みついた相手を逃がすことを知らないのだ。
「……下らねぇな」
一方のノアはそんなリアムを見下すように言った。
「あの事務員が事前に言わなかったのが悪いんだろ。俺があいつに……お前らに合わせてやる義理なんざない」
「んだと?」
リアムの眉間に皺がよる。
だが、それはリアムだけじゃない。凪とドロシーも。何なら普段天真爛漫な沙羅でさえ明らかに怒ったような顔をして見せた。
こんなのに関わりたくないサクだってこのノアの態度は気に食わなかった。
そりゃ、無理に仲良くする必要はないのは分かる。だがあくまでここでは共同生活を送っている。1人の勝手が他のメンバー全員の迷惑になるのだ。
一見協調性に乏しそうなリアムやサクであってもそこはしっかりと弁えている。
だがこのノアは違う。まさに自分勝手。
一度被害を被っている上に、こんな一方通行な主張をされていい気になれるはずがなかった。
「誰にでも尻尾を振る駄犬とは違うんだよ」
「………………てめぇ、もっぺん言ってみやがれ」
リアムの尻尾の毛が逆立つ。
「何度でも言ってやるよ、駄犬。お前と俺は違う。プライドのカケラもないお前なんぞとはな」
「…………っ!!」
やばい、とサクが直感的に感じた。
刹那。
リアムが拳を握りノアに振りかぶる。同時にノアも動いた。
ノアはリアムの拳を躱わし、その勢いを利用するように拳を出す。
カウンター。
リアムの頬にノアの拳が突き刺さりそうになった。まさにその時。
「
ノアの拳が何かに引っ張られるように後ろに下がる。
「うお……」
そして拳を空振ったリアムと、バランスを崩したノアは同時に地面に転がった。
「いけませんよ?入学式初日から喧嘩だなんて」
見ると、そこには杖を片手にご立腹な様子のアゲハさんがいた。
どうやら何かの魔法を使ったらしい。彼女の杖が白い光を放っている。
「ほら、こんなに汚れて」
「気安く触るな」
転んだノアとリアムの砂埃を払おうと近づたアゲハをノアは追い払うように腕を振った。
「こら、ノア君!」
「先に行くぞ」
そして呼び止めるアゲハを無視してノアは1人で先に行ってしまった。
「いーよ、アゲハちゃん。あんなんほっとこ」
「でも……」
「いーからいーから。ほらリアム払うの手伝って」
「お、おい……」
すると、意外なことに凪がMnectを閉じてリアムのローブを払い始めた。
リアムも抵抗しようとするがアゲハと凪に挟まれて逃げ場を失い、やがて諦めたようにため息をつく。
だが、そんなリアムのしっぽがかすかに揺れていることをサクは見逃さなかった。
「意外だ。凪があんな風にするなんて」
「へっへー。凪ちゃんやさしーからねー」
サクの独りごとに沙羅が答える。
「この前もおかずのハンバーグ一切れ分けてくれたし。いい子だよー凪ちゃんは」
「それは……」
「ん?何?」
「………………何でも」
沙羅が涎を垂らして凪のハンバーグを物欲しそうに見てたから仕方なくなんじゃ?と思ったが、それは言わないことにした。
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