第21話 付喪神②
聡明先輩に連れられて、アゲハさんが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「まぁ……なんて酷い」
部屋に入るなり、アゲハさんの顔が青ざめた。アゲハさんの反応を見て改めてサクは自身の部屋を見渡す。
2日前に作ってもらったばかりの部屋は天井に穴は空いているし、襖も真っ二つに割れて押し入れが丸見え。見るも無惨な惨状になっている。
そんな部屋の惨状を見たあと、桜の園の人達は皆部屋へと戻っていった。
他の先輩たちは「グラン先輩がいるなら大丈夫かー」と言いながら戻っていったが水色髪のノアだけはバカにするように鼻で笑いながら帰っていったので腹が立った。
そろそろあのノアに一言文句を言ってやりたいけれど、今はそれどころじゃない。せっかくアゲハさんが色々と手を加えてくれたのに部屋をぐちゃぐちゃに破壊して、どう言葉を返せば良いものか。アゲハさんの顔も見れずに顔を伏せるしかない。
そんなサクの前にアゲハさんがそっと座り込む。何を言われるのかと脈が早くなった。
アゲハさんはそのままの体勢で動くことなく黙っている。これはサクから何か言わなければならないか……と逃げるように逸らしていた顔を上げた。
「あぁ……酷い、可哀想に」
しかし、アゲハさんの口から出た言葉はサクの予想とは大きく異なるものだった。
「痛かったでしょう……ほら、血が滲んでます。あぁ……こんなところも擦りむいて」
「え……」
アゲハさんの手がそっとサクの額に触れる。アゲハさんの指の暖かさがサクの麻痺していた感覚を呼び戻すようだった。
「っつ」
そこでサクは初めて自身の額に痛みを感じる。どうやらあの騒ぎの中で擦りむいていたらしい。
「ほら、ここも……ここもですよ」
そう言ってアゲハさんはサクの全身をくまなく確認していく。それに釣られてサクも自分の身体に意識を戻すと身体のあちこちがひどく痛む。
どうやらサクが気がついていないだけで随分怪我をしていたようだ。
「だ、大丈夫ですって!」
そんなアゲハの手をサクは思わず払いのけてしまう。
頬が熱くなり、胸がこそばゆくなる。初めて感じるむず痒さに全力で後ろずさる。しかしすぐに部屋の壁がサクの行手を阻んだ。
「ダメですよ。ちゃんと治療しないと
サクの怪我をまるで自分のことのように悲しそうな顔をするアゲハさんを見てサクは困惑してしまった。
何故アゲハさんが謝るのだろう。別にアゲハさんが何かした訳じゃないのに。元はと言えばサクが不用心にあの花瓶に触れたのが不味かったのだ。
だから決してアゲハさんのせいじゃない。むしろ部屋をめちゃくちゃにして申し訳ない。
そう思うけれど、アゲハさんの必死な様相を見てサクは何も言えなかった。胸の奥が締め付けられるような感覚に陥って言葉を絞り出せない。
同時に何故か目から涙が溢れそうになったので慌てて目を拭った。
「すぐに治療しますから。少し待ってくださいね」
そう言ってアゲハさんが杖を振る。すると部屋の外から木でできた救急箱が飛んできてそばに着地。手慣れた手つきでサクの額にガーゼをあてがう。
ガーゼには何か薬が塗られているのだろう。冷たくてベッタリとした感覚がある。それと同時にサクの額の痛みが引いていくのも分かった。
アゲハさんになされるがまま、サクは全身にガーゼだの包帯だの貼られたり巻かれたりしていく。不思議なことにそれらはテープで固定している訳じゃないのに外れる気配がない。これも何かの魔法なんだろうか。
「アゲハさん。付喪神です」
サクの治療を行うアゲハさんにグラン先輩が告げる。
「うむ。恐らく桜の園の備品の中に紛れ込んでいたのだと思う。それがサク君を襲った」
「付喪神……?」
アゲハの顔を直視できないサクはグラン先輩に逃げるように視線を向けて尋ねた。
「うん。古い家財に宿る妖精……妖怪とも言うね」
グラン先輩から出てきた【妖精】とか【妖怪】という言葉にサクは目を丸くした。
サクがこれまでいた世界ではそんなの伝説……おとぎ話の世界の話だった。
だが、グラン先輩はそれがごくごく日常のそれのような言い方をしている。
「【付喪神】は100年以上大切に使われてきた物に宿るといいます」
治療を終えたのであろうアゲハさんが立ち上がりながら言う。そばに感じていたアゲハさんの熱が離れ、少し肌寒さを感じた。
「何でそんなのが俺の部屋に?」
つい昨日作られたばかりのサクの部屋になぜそんなものがいたのかが分からない。あの花瓶も魔法で作られたんじゃないのか。
「桜の園の地下には沢山の家財が収めてあって、部屋を作る時にそこから引っ張り出すようになっているんですけど……随分古い建物なので紛れ込んじゃってたみたいですね」
どうやらアゲハさんによれば、部屋の間取りなどは魔法で作り替えることができるが、その中の家具類については魔法で作るわけではない。
桜の園にそれ用の家具が内蔵されておりそこから使う時に引き出されるようになっているそうだ。
つまり、桜の園の地下に置かれていたこの花瓶にアゲハそんの言うその付喪神宿った。もしくは元々付喪神が宿っていた花瓶がここに紛れ込んだ。
そしてそれがたまたまサクの部屋の花瓶として選ばれてここにやって来たということらしい。
つまり花瓶の場所が変わっていたのはこいつが自分で動いていたからだし、リアムが言っていた足音も恐らくあの花瓶の付喪神が歩いている音だったのだろう。
サクはよほど疲れていたのだろう、熟睡していて全く気が付かなかったが。
「大切にすればその分持ち主に恩恵を返してくれると言われているのだ。逆にぞんざいに扱えば持ち主に災いをもたらすらしいが」
「とにかくまずは部屋を片付けよう。何か他に壊れたものはないか?」
聡明先輩とグラン先輩に言われてサクは部屋を見渡す。別に身体1つでここに来たから壊れて困るものは特にない。教科書類も一旦はアゲハさんに預けていたのでそちらの心配もないだろう。
あと思い当たるものといえば……あれだけか。
「…………………………………………あれ?」
ない。
「む?どうしたのだ、サク」
散乱した部屋のものをひっくり返しながら探すが、どこにも見当たらない。
「何か無くしたのかい?一体何を……」
「杖が……ありません」
「「「「……………………………………え?」」」」
部屋のみんなの顔が凍りつく。確か……杖って魔法使いにとって自分の半身。魔法使いの証なんだったか。それを……もらった当日に無くした……?
「い、いやいや待て待て。壊れたなら分かるが無くした?」
部屋の外で見ているだけだったリアムが動揺したように告げる。
「そもそも部屋に持ち込んだのか?」
聡明先輩の問いかけにサクは頷く。そんなひけらかす訳もない。腰のホルダーにずっと入れて肌身離さず持っていた。
「え、えぇと……」
そうだ。腰のホルダーに入れてずっと歩いていた。それを最後に触ったのは……。
「あの付喪神に襲われた時に出しました。魔法なんかまだ使えないけど、あいつをビビらせられるかと思って」
「じゃあこの部屋にあるはずなのだよ」
少しむすっとしたような顔で聡明先輩が言う。その態度にサクは少し萎縮してしまった。
サクが探しそびれているのかもしれない。
「待って、聡明。まだ決めつけるのは早いよ」
すると、グラン先輩が横から口を挟む。
「それで?その時に出した杖をサク君はどうした?」
「えっと……」
あの時のことを思い出そうと躍起になる。しかしサク自身切羽詰まっていたし、今も正直焦っていてうまく思考がまとまらない。
「ゆっくりでいいよ。誰も焦っていないから」
そんなサクの肩に手を置きながらグラン先輩は優しく笑いかけてくれた。
グラン先輩の顔を見て、サクの動悸が収まるのを感じた。1つ大きく息を吐いて、もう一度あの時のことを思い返してみた。
「確か……あの付喪神が俺のところに突っ込んできて……」
そう、最後の記憶は杖を構えた瞬間に付喪神に体当たりされたあの時。あの時までは確かに杖を握っていたはずなのだ。
だがそこで手放したとして、どうして今ここに杖がない?
「ん?おい、なんだよそれ」
すると、リアムが何かに気がついたようで部屋の隅の方を指さした。
「これは……桜の枝だね」
そこに転がっていたのは付喪神の花瓶に刺さっていた桜の枝だった。一瞬杖かと思って期待したのにガッカリした。
「それ、あの付喪神に刺さってたんですよ。落としていったんですね」
「んぁ?あれに刺さってた?」
するとリアムが何かに気がついたように言う。
「まだ刺さってたろ。あいつに枝」
「……いや?確かこの1本しか刺さってなかったはずだけど?」
リアムは一体何を言っているのか。
「俺の股潜っていく時に黒っぽい枝持って走って行ったぞ」
「む、そう言えば僕が部屋を出た時にそいつを見かけたが確かに枝か何かが刺さっているのを見たような……」
そこまで言って、聡明先輩が何かに気がつく。無論、サクも。
あの花瓶には今ここにあるこの枝しか刺さっていなかった。それは間違いない。
じゃあ、リアムと聡明先輩が見た付喪神の花瓶に刺さる枝とは……?
「………………じゃあ、もしかして」
グラン先輩が苦笑いしながら最悪の想像を口にした。
「あの花瓶の付喪神が、自分の枝と勘違いして持っていっちゃったってことかな?」
え?じゃあ、つまりあの付喪神を捕まえないとサクの杖は戻ってこないと言うこと?
この広い桜の園の中で。あんな小さな花瓶を。しかもちょこまかと動き回るオマケ付き。
「嘘だろ……」
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