第18話 杖渡式①

 嵐のような制服選びを終えたサク。


 私服のみんなとは違って1人、黒いローブを羽織った暑苦しい格好のサクはため息をつきながら清水の隠れ里を歩いていた。


「そんなに気に入ったの?その制服」


「違うんだ……あの店員に元の服を消されたんだ……」


 沙羅の悪意のない質問がサクの心を抉った。


 結局あの店員がサクの服を消滅させてしまったせいでサクが着て帰れる服はこれしか無くなってしまったのだ。


 もちろん元に戻してもらうことだってできたかもしれないが、あの完成された制服をあの怪しい店員がまた作ってくれるとは到底思えなかった。


 奇跡の制服を手放すのは惜しすぎた。だから仕方なくサクはこのままの格好で店を出ることにした。その代わりにあの店員は何やら怪しげな薬をサクに手渡した。


 何でも、どんな色でも削ぎ落とせる染料落としの霊薬だとか。そんなもん、いったい何の役にたつのやら……なんて思いながらも悔しいから受け取るものは受け取って帰ることにした。最悪アゲハさんにでもあげよう。


 他のみんなは少し大きな紙袋を抱えている。おそらくあそこに彼らの制服が入っているのだろう。サクと違って無事に終わって何よりだ。


「さて、それじゃいよいよ最後の買い物だね」


 細い階段道なので人とすれ違うのもやっと。そんな中空希さんは少し息苦しそうに言う。


「最後?後何があるんです?」


 妙に薬品臭い人を避けながらサクは空希さんに問いかける。


 制服も買ったし教科書も買った。その他必要な雑貨もあの首振りおばちゃんの店で購入を済ませたはず。魔法を知らないサクには後何が必要なのかさっぱりわからなかった。


「やったー!ついに来たー!!」


「チョー楽しみなんですけどー」


「最後まで焦らしやがって。早くしろってんだよ」


 ところが、沙羅、凪、リアムの3人は空希の言葉だけで次の行き先が分かっているようで興奮気味な声をあげている。


「……ねえ」


 そんな空気の差に拍子抜けしていると、最後尾を歩く最後の1人ドロシーがサクに小さく声をかけてきた。


「何?」


「あんた魔法の世界のこと、全然知らないんでしょ」


「べ、別にそんな事ねぇし」


 嘘がバレた子どものように、サクの言葉尻があがる。


 だが、ドロシーは冷たい表情のまま淡々と言った。


「見てれば分かるし。変に取り繕う方が目立つけど?」


「ぐ……」


 ドロシーの言葉にサクは返す言葉を失う。


 何も言えないサクに対してドロシーは変わらぬ口調で続ける。


「次、魔法使いで1番大切な物を買いに行くの」


「い、1番大切な物……?」


 何も気にしていないドロシーの態度にサクが1人で狼狽えているのが馬鹿らしく感じてきた。


 そのせいでサクの動揺も薄れ、1つ息を吐き捨てると改めてドロシーに向き合った。


「何だよ、1番大切な物って」


 他の3人に聞こえないようにドロシーに耳打ちする。彼女の帽子のツバがサクの頭に当たった。


「杖」


 ずれた帽子を直しながらドロシーは言う。


「杖……」


 ドロシーの短い返答を聞いて晴輝から見せてもらった木の棒が頭をよぎる。


 アゲハさんが魔法を使う時にも確か使っていた。


「あれ、雑貨屋で買ったんじゃねぇの?」


 もう今更ドロシーに見栄を張っても仕方がない。素直に疑問に思うことを尋ねてみる。


「まさか。杖は専門の店で自分に合う杖を作らなきゃならないの」


「へぇ……」


 てっきり、ただの木の棒かと思っていたがそうではないらしい。


「じゃあ、中に何か入ってるとか?」


「中だけじゃなくて素材とかも大事だって」


「素材?木じゃねぇの?」


「魔法生物の角とか、魔法の結晶体とか……色々あるって聞いた。私も詳しくは知らない」


 つまり、杖は人によってそれぞれ違う素材違う物になるということ。


 確かに自分がどんな杖を持つのか。素材も中身も実際に行ってみないと分からないと考えるのは楽しいのかもしれない。


「なるほど。それであんなテンション上がってんのか」


「あなたは楽しみじゃないの?」


「俺?俺は……」


 ドロシーの問いにサクは返答に困ってしまった。


 楽しみじゃないと言えば嘘になるかもしれないが、心の底から楽しみだと言えるのだろうか。


 冷め切ってしまったサクの心は今この状況を楽しめているのかどうかも分からない。小学校の卒業式のそれに比べればいくらかマシなのかもしれないが、その確証だってない。


「……そ」


 答えあぐねるサクの様子を見て、ドロシーはそう呟くと黙ったまま少し距離の空いたメンバーを追いかけ始めた。


「……何やってんだろ」


 そんなドロシーの背中を見送りながらサクはため息をつく。


 春の日差しを浴びる彼らがとても眩しいように見えた。

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