第17話 隠れ里③

 次にサク達が訪れたのは雑貨屋のような場所。


 店内に入るとサクの腰よりも少し小さいくらいの背をした女性が忙しなく首を揺らしながらこちらへ歩いてくる。


「はい、はい、はい。何をお探し?」


 順番にサク達の顔をのぞき込みながら女性が少し早口で問いかけてきた。見たところ顔は中年の女性のそれ。だというのに身体はまるで小学生低学年ほどしかない。


 そのギャップに無遠慮な視線を送ってしまう。


「ここに書いてあるもの、人数分」


「はい、はい、はい。桜の園ね。はい、はい、はい」


 すると、女性は空希からひったくるように紙を奪い取るとそのまま店の奥へと消えてしまった。


「さ。次の場所に行こうか」


「………………え?終わり?」


 凪が唖然としたように告げる。店に入ってからまだ10秒も経っていない。凪の反応も当然だ。


「ここの店長せっかちだから。安心して、毎年ここで同じように頼んでるけど発注ミスなんて一度もなかったからね」


 なんて事を言ってると、サク達の背後から新たな客が入店する。


「おーい、アレくれやアレ!」


「はい、はい、はい。アレねアレ」


 すると、店主は店の奥から何やら怪しげな液体の入った瓶を持って男に渡す。


「おぅ、また頼むわ」


「はい、はい、はい」


 男の買い物にかかった時間。5秒。どうやら他の客も同じなんだろう。


 空希は注文した物品の表をサク達に配ってくれた。これもまた桜の園にまとめて届くことになっているそうだ。間違いはないと思うが念の為に商品が届き次第全て揃っているか確認しておいて欲しいとの事。


ーーーーーーー


 次は他の建物とは打って変わって妙に近代的なガラス張りの店へとやってきた。


 ガラスの向こうには着飾ったマネキンが時々動きながらポーズをとっている。


 恐らく魔法使いのための服屋だろう。ここで買うものといえば1つしかない。


「それじゃ、制服を採寸してもらおうか」


「うわぁーい!制服だ!!」


 すると、沙羅がピョンピョンと飛び跳ねながら両手をあげて身体いっぱいで喜びを表現する。


「そーだね。あたしも制服はちょい楽しみかな〜」


「そうなの!?凪ちゃんオシャレそうだもんねぇ」


「まーね。よかったらあたしがコーディネートしてあげよっか?」


「いいの!?やった!ドロシーちゃんもどう!?」


「私はいい」


「つれないなぁ。ま、別にいーけど」


 女子は制服ときいてあからさまに嬉しそうにしている。


「へっ。さぁて……どう改造してやるか……」


 一方、男子であるリアムは悪どい笑みを浮かべながらそんなことを言っている。


「制服って……決まってるんじゃないんですか?」


 こっそりとみんなの中から抜け出しつつ、サクは空希さんに尋ねる。


 サクの頭の中では制服は学校から決められたものをそのまま着るしかないというイメージだが。


「ある程度はね。でも今は多様性の時代だからある程度自由にしてもいいって決まってる」


 そう言って空希さんは店の中のマネキンを指差す。


 そのマネキンは獣人を模したものとなっており、飛び出たしっぽを元気に振り回していた。


「種族とか、立場とかによっても服は選ばなきゃいけないからね」


 1番分かりやすいのはリアムやアゲハのような種族だろう。彼らは尻尾や耳が生えているのでサクと同じ制服を着れば尻尾が邪魔になる。


 他にも一体どんな種族がいるのか知らないが、彼らのような配慮が必要な人達はいるかも知れない。だったら制服は1つと定めるのではなく多様性を持たせてそれぞれにあった物を選ばせた方が効率がいいということらしい。


「生徒のモチベーションにもなるしね。中には自分の種族を隠したい子もいるみたいだからそんなのも学校は融通してくれるんだ。サク君は人族だから特に制約もなく自由に制服を選べるから色々悩んで楽しんでおいでよ」


「いや……俺は……」


 それぞれに楽しそうに制服を選んでいく他のメンバーを眺めながらサクはこぼす。


「1番、普通ので」


「え、普通のでいいの?」


「はい」


 だって何でもいいし、何が1番いいかだなんて魔法の世界とは無縁のサクには分からない。


 変に奇抜な物を選んで浮いても嫌だし、1番オーソドックスで目立たない物を。


 魔法使いの世界に来る前と同じ。どこか冷めてしまった感情がサクの心を支配する。


「そっか。まぁそうだね、無理強いすることでもないか」


 空希さんはそう言いながらは笑うと特に詮索することもなくサクを送り出してくれた。今のサクにはそれがありがたかった。


 他のみんなを置いてサクは1人で店の中を探索する。店の中にはさまざまな種類の服が並べられていた。


 晴影さんが着ていたような和服から、街を歩いていた人のような黒いローブ。中には中世の貴族のような服まで並べてあった。


 しかし、どれが桔梗院の制服なのかは分からない。店員に声をかけた方が早そうだ。


 見渡すと派手な服に身を包んだ中年の女性を見つけた。首からネームプレートを下げているということは店員なのだろう。


 冷房が効いているのか、少し寒い部屋を歩いて店員に声をかける。


「桔梗院の制服を買いに来たんですけど」


「あらあらあらぁ。んまぁ青春ねぇ、いいわいいわよぉ!どんなのがお好き?」


「ふ、普通のを……」


 食い気味に顔を近づけてくる女性に鳥肌を立てながら答える。


「んまぁっ!ダメよダメ!華の学園生活なのよぉ?しっかりおめかししてマァベラスな生活を送らなきゃ!」


「ひっ」


 そう言って彼女はサクの肩に手を置くと、店の奥側まで引っ張って行こうとする。店の冷房が更に下がったのではないかと錯覚を起こしながら抵抗もできずになされるがままになってしまう。


 連れて行かれたのは店の奥の方。いくつもの小さな隔離空間が並ぶ場所だった。


 試着室かと思ったが、それにしては部屋を隠すカーテンがない。


 そんな疑問が頭をよぎった次の瞬間にはサクは強引にその中の1つにぶち込まれた。


「それじゃぁ早速……」


「ひ、ひいい……」


 すると店員は満面の笑みを浮かべながらこちらへとジリジリと距離を詰めてくる。


 逃げるように後ずさるが、そこにあるのはただの壁だけ。逃げ道はない。


 肉食獣に追い詰められた草食動物はこんな気持ちなのか、と。そんなことが頭をよぎった。


「早速始めるわよぉ……!」


 そんなことをしていると、店員は腰の袋から紫色の杖を取り出してサクに向ける。


「イリュージョン!」


「うわぁぁあ!?」


 杖から放たれたのは紫色の毛玉のような光の塊。それはサクの身体にぶつかり破裂する。


 するとサクの衣服が弾け、ギュルルルルと風切り音を立てながら回転。そしてまたサクの身体へと舞い戻る。


 恐る恐る目を開けると、そこには煌びやかな赤と金のローブ。そしてローブの下にはまるで王子が着るような純白の服とまんまるに膨れたズボンがあった。


「んまぁ!なぁんてマァベラス!!最高じゃない!!」


「どこがぁ!?」


 あまりの惨状にサクは思わず恐怖心も忘れて叫んでいた。


 こんな格好で学校なんかに行ってみろ。きっとあだ名は「王子様」。学校生活はおろか一生呪いを負って生きていく羽目になるのは明白だ。


 断固としてこんな制服を許すわけにはいかない。


「もっと!もっと普通のを頼みます!」


「おかしなことを言うわねぇ。魔法の世界に普通なんて概念ない、みんな普通で普通じゃないのよ」


「じゃあ無難!目立たないやつ!」


 謎の名言を放つ店員にサクは言葉を選び直す。


「無難……ならこれならどう?イリュージョン!!」


 再び店員の杖から放たれる紫の光。サクの王子様スタイルの服はバラバラに分かれ、再びグルグルと生地がサクの周りを回る。


 今度は和服。それも薄手のもの。足には下駄と足袋、頭には頭巾が巻かれている。


「マァベラス!」


「忍者ぁ!?」


 そう、それはまさに忍者そのもの。こんな格好ただのコスプレだ。先ほどより少しはかっこいいと思うが、制服だと思うとこんな物を認めるわけにはいかない。


「何で和服なんですか!?」


「おかしな子ねぇ。和服を制服にしている子もたくさんいるわよ?」


 なんと、そうなのか。流石魔法の世界。


 言われてみれば確かに晴影さんも和服だったし、本当なのかもしれない。


 だが、いかんせん複雑な形状をしているせいでこれの着方や脱ぎ方すらも分からない。単純に忍者はかっこいいが嫌だ。


「和服は嫌です!着にくいし!もっと着やすい身軽な奴を!」


「いいわいいわよぉ!ノってきたわぁ!!」


 果たしてサクの言葉が届いているのか分からないが目の前の店員は高らかに杖をかかげ、3度目の魔法を放つ。


「イリュージョン!!」


 すると、今度は真っ黒。サクの体が真っ黒に染まる。


「これはこれで、マァベラス!!」


「全身タイツ!!」


 確かにこれならチャックを開いて体をねじ込むだけ。だが断る!こんな制服あってなるものか!!


 そんなこんなでサクは店員のきせかえ人形と成り果てながらも何度も何度も試行錯誤を繰り返していく。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「ふっ……ふふふ……随分やるじゃない、坊や」


 それはあんたのセンスのせいだと言い捨てたいがそんな気力も削がれていた。


 ようやく地味目の服装に近づいてきたような気がする。


 この店員いわく、制服は大きくわけて2種類。シャツとズボン、それにローブを合わせたもの。もう1つは着物のような和服をベースにしたものだ。


 着物も少し興味があるが1人で着こなせる気もしないし目立つ。


 だからローブの方で注文を出して今ようやく虹色ローブとヒラヒラ付きワイシャツまでたどり着いた。


「ローブは……黒で……!シャツもヒラヒラのない奴を……!」


「ふ……ふっふっふ。中々抵抗が厳しいですわね。でも、逃がしやしませんわ」


「客の希望を抵抗とか言うな」


「さぁ……行きますわよ!!イリュージョン!!」


 そしてもう何十回目かも分からないサクの服ガチャが始まる。


「………………おぉ」


 注文通りの黒いローブ。しかしただ黒いだけじゃなくローブの裏側や裾には灰色の布があてがわれている。


「無難で目立たないながらもアクセントに灰色の裏地を用意したわ。シャツは動きやすいように装飾の少ないものを。ただしその裏側に光るブローチがおしゃれポイントの1つ!」


 ローブの下のワイシャツはサクの注文通りに装飾の少ない無難なもの。だがネクタイをつけるであろう1番上のボタンの場所に赤い宝石が嵌め込まれたブローチがある。


 それも主張が激しくなく、あくまで自然に。この制服全体に溶け込むようにそこにあった。


 散々弄ばれた後だったので少し癪だが、正直サクの好みにしっかりとハマる。


「ふっふっふ。いかがかしらぁ?」


「ふ、不本意ながら……気に入りました」


 特に灰色の裏地の布が気に入った。これがいい。


「ふふふふふ…あなた、マァベラスよ」


 満面の笑みを浮かべながら店員はそう言ってくれた。


「それじゃ……これにします。ありがとうございました」


 そう言ってサクが制服を着替えようとして、ふと気がついたことがあった。


「…………あの、俺の服は?」


「…………………………………………………………ぁ」


 この制服はサクが身につけていた衣服を魔法で作り替えたもの。


「…………………………」


「…………………………」


 そう、つまり完成されたこの制服をまた元に戻さないといけないということである。

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