第15話 隠れ里①
桜の園に来て2日目。
アゲハさんが1つ杖を振るだけで部屋の壁に小さなスイッチが浮かび上がり、簡単に部屋に明かりが灯されることになった。
サクはようやく点灯させることができた電灯を見上げながら布団に寝転がっていた。この電灯は一見サクがいた世界と変わらないものだったがその内部構造は違うものらしい。
魔石だとか何だとか言われたがサクにはイマイチ理解できなかった。
はっきり言って、この2日何もすることがなかった。1日ぐらいは外をぶらつく事で暇を潰すことができたがそれ以降は無理だった。
あまりに暇すぎてアゲハさんの仕事の手伝いを申し出たがむしろ足を引っ張る結果に終わった。これでも家にいた頃はそれなりにやって来れていたがアゲハさんの洗練された手つきを前になすすべもなかった。
おかげで昨日の夕食は10分程予定の時刻より遅くなってしまいアゲハさんに迷惑をかけてしまった。それでもアゲハさんが喜んでくれたことは救いだった。
桜の園には現在男15、女14。合わせて29人の寮生がいるらしい。
それぞれ15名が定員らしく男子は満床となっていた。
本来は急な入寮に備えていくつか部屋を空けておくようになっているそうだがどうやらサク自身が急な入寮になってしまったらしい。
そのおかげで桜の園1階は何十年かぶりに部屋が埋まったのだとアゲハそんは誰かのシーツを干しながら嬉しそうに話していた。
それだけの人数を1人でさばくアゲハさんの手腕は若いのに大したものだとサクはどこかの偉そうな上司のようなことを思う。
アゲハさんとはこうしてある程度打ち解けてきた一方、他の寮生とはまだまだ全然打ち解けていられなかった。
そもそも元の学校でも仲の良い友人がいた訳では無かったし、そんな常日頃から一緒に過ごす相手がいる訳ではなかった。
来年度、サクが進むはずだった中学校にサクがいなくなっていたとしても最初は気にかけられるだろうがすぐに新しい環境に胸を躍らせて皆サクのことなんて忘れてしまうだろう。
いや、気にかける人が居るのかどうかすらも怪しい。いなくなったことに気づいてもらえるかどうかも分からない。それはサクの僅かながらの未練なのか。
元の世界でも、そしてこの魔法の世界でも僅かにしかいなかった繋がりを一時の感情で捨てることになってしまったのではないか。魔法の世界、【
叔父さんは今どうしているのか。ちゃんと食事をとっているだろうか。そんな心配が頭をよぎる。
それでも、今更家に帰る気もさらさらない。先にサクを裏切ったのは信玄だ。
自分のことを子どもだと言って、サクに魔法のことを何も言わなかったのだ。
その事を許すことがどうしてもサクにはできなかった。
今思えば、下らないとも思う。それぐらいグッと飲み込めなかったのか。他の人が同じ境遇だったなら話し合うように進めたかもしれない。
おかげでサクは今こうして1人何も分からない世界で過ごすことになっているのだから。
それでも、今叔父と和解する気は全くなかった。それほどまでに信玄の行動はサクの逆鱗に触れたのだ。
だから、絶対に魔法の世界で立派な魔法使いになってみせる。そうして叔父さんに見せつけてやるのだ。
「くそ……」
1人で過ごす時間が多くなると嫌なことを考えてしまう。
何もすることは無いが、出かけよう。外を歩けば少しでも気が晴れるかもしれない。アゲハが夕食の準備を始めるのは3時ぐらいなのでそれまでに帰ればいいだろうと思い部屋を後にした。
アゲハに一言出かけると声をかけてから、サクは桜の園の戸を開く。
そして桜の園の門を出ようとしたその時。
「あれぇ……どこやったかなぁ」
「……?」
桜の園の前に1人の男が立ってた。
ボサボサの髪に丸眼鏡をかけ、ひょろ長い身体が印象的。優しそうな顔立ちをした彼はサクの顔を見るなり声をかけてきた。
「あ、君桜の園の生徒さん?アゲハさんいるかなぁ」
「いますけど……どちらさま?」
こんな山奥の寮に尋ねてくる謎の男にサクは警戒する。
「あぁ、僕は
そう言って空希はゴソゴソと彼のポケットを漁る。
「その証明書を忘れちゃったんだけど。あれーどこやったかなぁ……」
「……その首にかかってるのがそうなのでは?」
空希の首には名札がかかっており、確かにそこには「桔梗院事務員 空希カイ」と書かれている。
「あぁ!こんなとこに……しまったなぁ、個人情報晒しながらここまで来ちゃったってことか」
申し訳なさそうに頭をかきながら空希は笑っている。あまり失敗したと思ってなさそうなその軽い言葉にサクの方が苦笑いしてしまう。
「それじゃあ、アゲハさん呼んでもらえる?今日だってお願いしてたから」
「今日?何がです?」
「来年度……いや、もう今年か。桔梗院に入学する子の学用品を買いに行くんだよ。君も見た感じ新入生だけど……聞いてない?」
「何も」
「え……うそ、ちょっと待ってよ」
顔から血の気が引いていく空希はポケットから黒い石版の様なものを取り出すと、指で何かをスライドするような仕草を見せる。
スマホ端末か何かなんだろうか。それにしてはサクの知るそれよりも酷く原始的なものに見える。
「あぁ!?しまった!!連絡忘れてた!?」
そして悲鳴をあげながら頭を抱えた。どうやら新入生の準備を行う予定だったのを伝え忘れていたようだ。
学校の事務員がこんな調子でいいのか、と言う言葉が喉を出かけるが飲み込む。
「え…と。それは俺も入ってます?俺、宗方サクって言うんですけど」
「サク君?あぁ、入ってる入ってる!よかった、君だけでも捕まえられて」
「それじゃ、他の生徒の名前教えてください。アゲハさんに呼んできてもらいますから」
「え、あ…うん。そうだね、えっと……」
そう言って空希は目を凝らしながらサクの他に5人の名前を読み上げた。その名前を庭掃除をしているアゲハさんに伝えるとしっぽを振りながら桜の園の中へと入っていく。
しばらくすると、幸いなことに4人は桜の園にいたようですぐに玄関のところまでやってきた。
「それじゃ、早速点呼をとるよ。まずは
「はーい」
まず、答えたのは緑がかった髪1つ括りにした1人の少女。いや、なんなら肌も少し緑がかっているように見える。
アゲハと同じように何かの種族なんだろうか?
元気という言葉がピッタリな様相の彼女はどこか落ち着きなく体を揺らしたりキョロキョロと辺りを見渡したりしている。
「次、ドロシー・ゴーンさん」
「はい」
抑揚のない、冷たい声で答えたのは黒い髪黒い目をした女子。地面につきそうな程のマントで身体を覆い、顔も隠せてしまいそうなほど大きな唾付き帽子が特徴的な子だ。
食堂で一度見かけた子だ。確かに整った顔立ちをしているが髪と目の色で日本人かと思っていた。名前から外国の子なんだろう。
「えー、宗方サクくん」
「はい」
そして次はサク。別段なんの特徴も無いはずの日本人。
……のはずなのだが皆物珍しそうにサクをジロジロと見てくる。それがどうもむず痒い。多分ここ最近入った新人だからだろう。
「
「んー」
サクの次に呼ばれたのは金髪の髪をした女子。何度か食堂で見かけた。確か空希も持っている石の板をずっと弄っていた子だ。
ガムか何かを噛みながらどこかダルそうにポケットに手を突っ込んでいる。
態度が悪い。これがギャルと言うやつか、なんて思うが彼女の態度の悪さはてんで気にならなかった。
何故?それは簡単。最後の1人のせいだ。
「最後だね。リアム・シモンくん」
「…………」
返事も返そうとしない背の高い男子。赤みがかった髪と頭から生えるのは2本の尖った耳。アゲハと同じ獣人と言うやつだろう。腰からは髪と同じく赤みのかかったしっぽが真っ直ぐに伸び、威嚇しているように見える。
いや、実際威嚇していた。サクに。
犬歯をひん無きながらグルル……と、犬が唸るような声が漏れる。
視線の先にはサク。何度か身体を逸らしたり視線から避けてみたりしたが彼の殺意はサクをしっかりと補足していた。
おかしい、サクはまだここに来てトラブルなんて起こした覚えはないし、嫌われるようなことをした覚えもない。
何故彼はこんなにサクを睨んでいるのだろうか。
「もう1人……ノア・フューカスくんは残念ながら今ここにいないみたいだからまた後日にします……」
「ごめんなさいごめんなさい!あの子だけは本当に言うことを聞かなくて……」
「い、いえいえ!僕が前もって連絡をできていなかったのが悪いんです!アゲハさんが謝ることありませんよ!」
激しく頭を下げるアゲハさんに空希さんは手を振りながらそれをなだめた。
今日も今日とて彼は言うことを聞かずに部屋から出てこないそうだ。だから今日新入生の学用品を買いに行くのはこの6人で行くことになる。
「それじゃあ、早速行きましょうか」
頼りない空希の後をサク達5人は静かに追いかける。正直気まずい。
「えっとー……初めまして!遠野沙羅です!みんなよろしくねー!」
すると、重い空気を切るように緑髪の遠野沙羅が声を上げた。
「よ、よろしく」
そんな沙羅に誰も答える様子がないのでサクも後に続くことにする。ここに居るのは新入生で同じ寮の生徒。これから長い付き合いになるかもしれないし角がたたないように振る舞うべきだろう。
「てめぇ、宗方サクってのか……」
すると、そんなサクの声を聞いて赤髪の獣人リアム・シモンが口を開く。サクの胸が一気に冷えるのを感じた。
「な、何?」
「てめぇだろ!?部屋で走り回って俺が寝るの邪魔したのはよぉ!!」
「部屋で走り回って?」
こいつは何を言っているのだろう。
「そんなことしてねぇよ」
「してねぇ訳ねぇだろうが!夜中じゅうドコドコドコドコ……!おかげでこっちは連日寝不足なんだ!」
そんなことを言われても、サクには本当に心当たりがない。
「ここ最近寝つきが悪くてようやく寝付けたってのに邪魔しやがって!!」
リアム・シモン。確かサクの隣の住人。
「お前、俺の隣なのか?」
「残念ながらなぁ!」
「わ、悪かったよ」
身に全く覚えが無いがここでやり合ってもなんの意味もない。面倒くさいだけだ。サクは中身のない謝罪を返す。それで気が済むならそれでいいだろう。
「次やってみやがれ。その喉笛噛みちぎってやる」
冗談……だよな?
彼のギラギラと光る目が本気に見えるが、まさかそんなことはしないだろうと言い聞かせる。
しかし、足音か……。何か動物でも入りこんだのだろうか?
まぁ、そんなことはそうそう起こることもないだろうが騒音には気をつけよう。アゲハさんに相談してみるのもいいかもしれない。
別に彼と仲良くするつもりもないが喧嘩をするつもりもない。互いが互いに問題なく過ごせる関係を取れればいいはずだ。
「え?なになに?サク君とリアム君ってお隣さんなの?」
「うん。そうだけど」
すると、2人の話題に食いつくように沙羅が話に割り入ってくる。
「いいなぁ!私の隣先輩だから。お隣が同級生だと仲良くなれそうで羨ましい」
「いや、別に隣同士だからって仲良くなれるわけじゃ」
「むしろ関係は最悪だ、河童娘」
差し障りのない返しをするサクとは真逆でリアムは棘のあることを言う。別に構わないが沙羅からしたら面白くないだろう。
「なっ、なんで私が河童だって知ってんの!?」
ところが、沙羅が引っかかったのは別のところだったらしい。
「河童って……あの河童?」
「言わないで!私気にしてるんだから!」
そう言って1つに括られた髪の毛を抑えるようにして沙羅が悲鳴をあげた。よく見ると彼女の髪の隙間からうっすらと白い光沢のある何かが見える。
まさか、あれが河童の頭にある皿?髪の毛を結ってそれを隠していたのか。
「隠してたのに!なんで分かったの!?」
「昔あったことがある河童と同じ匂いしてたからだ」
「なぁ!?人の身体の匂いかいでんの!?最低!変態!!」
「ちげぇ!俺は狼の獣人だ!!離れてても匂いが分かんだよ、人聞き悪いこと言うな!!」
再び牙をひん剥きながら怒るリアム。確かにそう言われると犬というよりも彼の耳や尾は野生味を感じさせるフォルムをしているように見えた。
「あのさぁー少しは静かにしてくんない?うるさくて集中できないんですけど?」
そんなやり取りをしているとふと後ろを歩く金髪の女子。女木島凪が声をかけてきた。
「お前はなんなんだよ。ずっと
「別に何だっていーでしょ。あんたにカンケーないし」
リアムの言葉を流しながら凪は目にも止まらぬ速さで黒い板を叩く。
「Mnectないと女子は生きてけないしー。あんたに乙女心なんてわかんないでしょ、モテなそーだし」
「んんだと!?別に俺はモテてぇと思ってねぇよ!」
リアムの矛先が今度は凪に向く。この男、少しは大人しくするということを知らないのだろうか。絡む人間皆に噛みついてばかりじゃないか。
このままでは空気が悪い。別に仲良くしなくてもいいがこのままでは面倒臭いので話の流れを変えられないかとサクが話題を振る。
「そのMnectってなに?スマホみたいなもん?」
ごくごく自然に。当たり障りのない話題をと思い咄嗟に目に付いたその黒い板について触れてみた。
「「「……………………は?」」」
だが、サクの呼びかけにリアム、沙羅、凪の空気が文字通り凍りつく。
「おい、そんな冗談つまんねぇぞ」
「いや……Mnect知らないとかありえないって。てかスマホって何?」
「あ、あはは。話を変えようとしてくれたんだよ。そうじゃないと……ねぇ」
予想だにしていなかった3人の反応にサクの喉の奥が詰まる。
リアムでさえ怒りを忘れて引き攣った顔をしている。それほどまでにサクの質問は常軌を逸した物だったらしい。
「は、ははは。ごめん、ちょっと空気が悪かったからさ。変なこと言っちゃったよ」
やばい、余計な事をやったと思った。悪目立ちしてしまうのではないか、ということが嫌だった。
顔が熱くなる。
「ねぇ。そんなことはどうでもいいから先歩いてくんない?」
その時、ふと後ろから声が飛ぶ。
振り返ると、そこに居たのは黒い帽子を被った女子。ドロシー・ゴーンだった。
「置いてかれるの面倒だし」
そう言ってドロシーはサクを押しのけるようにして空希の元へと歩き去っていく。
「んだよ、あの女」
そんなドロシーの振る舞いに他のメンバーは面食らってしまった。だが、そのおかげでサクを取り巻く嫌な空気はさらわれたような気がした。
「まぁ……行こう。知らない間に随分置いていかれてたみたいだし」
1人胸を撫で下ろしながらサクも逃げるようにドロシーの後を追いかける。
今後気をつけないといけない。サクはここにいる誰とも違って
だからこそ、彼らから見た時に非常識なことを口にしてしまう可能性があるのだ。
軽い発言が今のように奇異の目で見られるきっかけとなってしまう。別にそれでどうだと言うこともないかも知れないが、『世間知らず』『劣等生』みたいなレッテルを貼られるのも気が進まない。
別に優等生になろうとは思わない。あくまで自然に溶け込んでいたいのだ。
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