第13話 桜の園⑥

 夢を見た。


 自分が魔法使いとして家を出て魔法使いの学校の寮に入る夢。


 朝の日差しが差し、朝食の席でいつものように顰めっ面をしながらニュースを見ている信玄にそんなことを言ってみる。


「馬鹿らしい」


「映画の見過ぎなんだよ」


 バカにしたように告げる信玄。そんな信玄の態度を見て腹が立つのではなくなぜか安心した。


 いつもの光景。何も変わらない日常の1ページ。


 窓から見える中庭は朝の日差しを浴びてキラキラと輝いている。


 あぁ、そうだ。夢だったんだ。


 この時のサクの気持ちは、何だったのだろうか。


ーーーーーーー


 ふかふかの羽毛布団の中でサクは手足を伸ばす。


 いつもよりもこもこのそれから顔を出し、目を開けるとそこにあったのは窓から差し込む陽の光。見慣れない掛け軸と床の間に飾られた桜の枝が刺さった花瓶。


「……そっちが夢かよ」


 ため息をつきながらサクは着崩した浴衣を脱ぎ捨て、タンスの中から適当に服を引っ張り出して着替える。


 時間は現在朝の10時。余程気疲れしていたのだろう。


 普段なら目覚まし時計なしでも7時に目を覚ますサクがここまで寝過ごしてしまったようだ。


 とりあえず、朝食をとりに行こうとサクは部屋を出た。


 少し遅かったからだろうか、薄暗い廊下には誰もいない。


 1人で心細い反面、誰とも遭遇しないことをどこか安心しながらサクは廊下を歩き進める。


 玄関を横切る時に靴を見てみると夜見た時よりも数が減っている。どうやら他の寮生は出かけて行ったらしい。


「あら、サクくんおはようございます」


「おはようございます、アゲハさん」


 食堂に入ると同時に、アゲハが太陽のような明るい笑顔をむけてくれる。


 食堂には大きな飯釜と、川魚か何かの焼き魚の入った皿がいくつも並べられ、その隣には味噌汁の入った大鍋が置いてあった。


「1人1つずつ!おかわりはたくさんありますからね」


 そう言うとアゲハは杖を振る。するとサクの手元に木でできたお盆がふわりと飛んでくる。


「は、はい……」


 あまりにも日常に行われる非日常にサクは困惑しながらも宙に浮かぶお盆を受け取る。


 そしてそれぞれの皿を取りながらあらためて食堂を見渡す。


 昨夜と違って寮生が1人いた。


 水色の髪の男子。確か夜アゲハさんの制止を無視して出て行ったノアとか言う奴。


 彼も一瞬サクの方に目を移すが、ひと睨みしてまた遅めの朝食に戻る。


 同じ寮生ということで、少しは打ち解けていかなければならないことは分かる。


 だがそんなに仲のよくない人間に話しかけていけるほどサクは社交的な人間では無かった。なのでノアは無視してとりあえず忙しなく動き回っているアゲハの近くの席に座る。


 すると、アゲハがパタパタとこちらに小走りして来た。


「どうでした?昨夜はよく眠れました?」


「はい」


 アゲハの問いに無難に答えながらサクは米を口に運ぶ。昨日も思ったが、なかなかにうまい。一粒一粒の炊き加減が絶妙でもちもちで甘い。


 どうしたらこんなに上手くお米を炊けるのだろう。何かの魔法だろうか。


「よかったです。何か困っていることはありませんか?」


「困っていること……あ、そう言えば部屋の電気がつかないんです」


 ここでようやくサクは自分の部屋の電気がつかないことをアゲハに伝える。


「あぁっ、そうでした!まだサク君は杖を持ってないんでした!ごめんなさい!」


「い、いえ。謝らないでください」


 頭を下げるアゲハに苦笑いしながら告げる。


 杖があることと部屋の電気がつかないことに何のつながりがあるのだろう、なんてことが頭をよぎるが別に何でも良いかと思い直した。


「後で部屋に伺いますね!他に何か困ったことはありませんか?」


「そ、そうですね……」


 食い気味に顔を近づけるアゲハから目を逸らしながらサクは頭を回す。何かあっただろうか。


 味噌汁を啜りながら頭を回すと、ふと昨日の光景が頭に蘇った。


「あ……そう言えば、この寮に白い髪をした人っているんですか?」


「白い……髪?」


「はい。昨日ここに来る時にそんな人を見かけたような気がしたんですけど……」


 水色の髪や金髪がいるのだから、魔法使いの中で髪の色は色々な髪の色がいると見ていいだろう。


 ならば、森の中で見た白い髪の人もサクの見間違いではなく実際にそこにいたのかもしれない。


「白ですか?銀じゃなくて」


「そうですね……銀髪を見たことないですけど、雪みたいに真っ白だったと思います」


 昨夜見たあの人の髪は穢れを知らない初雪のような白だった。と思う。


 普段そんなことに興味を持たないサクだが不思議と惹き付けられているように感じた。


 まぁ、魔法の世界ではそう珍しい事でもないんだろうが。


「うーん……いないと思いますよ?白い髪の人は」


「え……そうなんですか?」


 ところがサクの予想を裏切る返答にサクはつまんだ魚の身を落としそうになった。


「はい、少なくともこの寮にはいないと思います。まぁ似たような銀髪の子はいるんですけどね」


「へぇ……」


 じゃあ、その銀髪の人を見間違えたのか。それとも通りすがりの何者かだったんだろうか。


 でも、こんな山奥であんな森の中を通りすがることなんてあるだろうか。


「でも、どうしてそんなことを?」


「いえ……別に深い意味はないんです」


 別に、あの人物を見つけたところで何も変わりはしない。どうでもいい話だ。


 その後は会話も程々にアゲハが寮の仕事へと戻って行ったのでサクも朝食をまた食べ始めた。


 しばらく朝食に舌鼓をうっていると、食堂の扉が開き4人の男女が入ってきた。


 4人は閑散とした食堂を見渡し、サクのところで視点を止める。ドキリとして目を逸らしたが、4人は真っ直ぐにサクの方へと歩み寄ってくる。どうやらサクに用があるらしい。


「やぁ。君が噂の新入りかい?初めまして。僕はグラン・ペレ。桔梗院高等部3年だ」


 まず最初にサクに声をかけてきたのは赤い髪の優しそうな眼鏡の男子。彼の頭からは黒い湾曲した角が生え腰からは黒い鱗を持つ細長いしっぽが生えていた。


 何の種族だろう。また新たに現れた存在にサクは動揺するしかない。どうやら魔法の世界にはアゲハさんのような人とは違う種族が普通にいるんだろう。


 これまでそんなものの存在なんてありえないと思っていた。そんな新しい現実を受け止める余地もないままに次は隣の女子が声をかけてくる。


「私はスノウ・リングス。グランと同じ高等部3年。よろしくね、宗方サクくん」


 サクに挨拶をしたのは緑の髪を括りあげたスタイルのいい女子。


 彼女はグラン先輩と違って大きく人と違う部位は無いが、1つだけ特徴的なところがある。


 耳が長いのだ。ゲームなどでよく見るあの種族。エルフだ。本当にいたのだとサクは人知れず心が高揚した。


「ふむ。動揺しているようだね少年。僕は中等部3年、李聡明り•そうめい。今日は自己紹介にあがったのだよ。僕らは寮のフロアリーダーをやってる」


 そんなサクに今度はメガネをかけた細めの男子生徒が話しかけてくる。


 いかにも賢そうな人だ。他の人たちと違って見たところ普通の人に見え、サクはようやくほっと一息つけたような気がした。安心したそのまま流れで聡明先輩に尋ねてみる。


「フロアリーダーって……寮のリーダーですか?」


「うむ。簡単に言えば桜の園の中でみんなをまとめる役目。この寮は寮母のアゲハさんしかいないからな。何か困ったことがあった時に助け合えるように始まったのがこのリーダー制と言うわけなのだよ」


 眼鏡をクイっと上げながらどこか得意げに話す聡明先輩。


 なるほど。寮母はアゲハさんしかいないのならどうしても人手が足りないところが出てくるだろう。そこで採用されたのがリーダー制。つまりは自治組織ということ。


 寮生達の日々の困りごとを生徒達自身で解決できるように……ということなのだろう。


「そーいうこった、新入り」


 そう言って聡明先輩の補足をするのは赤い長髪を揺らす女子。


 グラン先輩の落ち着いた暗めの赤とは違い、まるで燃え盛る炎のような赤。


 彼女の瞳も爛々と燃える火炎のようで見つめられるだけでこちらの体温が上がるような気がする。


「アタイはエマ。エマ・ブランド。女子のリーダーやってんだ。男子のことはよく分からんが、困ったことがあったら何でも聞きな!」


「は、はい」


 食い気味にサクの方へ顔を突き出してくるエマ先輩にサクは思わず身を引いてしまう。活発というか元気というか。


「これこれ。サク君が引いておるよ」


「あっいや、別にそんなつもりは……あー……すまねぇ」


 グラン先輩がサクの心情を察してエマ先輩に声をかけてくれる。細かいところに気がつく先輩なんだろう。流石は最年長者で寮のリーダーだ。


 グラン先輩に注意されたエマ先輩はしゅんと鎮火する。すると髪色が今度はまるで消えゆく弱火の様に根本から青い色へと変化していくではないか。


「大丈夫。この子は火の精霊だから気持ちの持ちようで髪と目の色が変わるの」


 顔に出ていたのだろう。サクの動揺を理解したようにスノウ先輩が教えてくれた。


 たった4人の先輩との会話。そうだと言うのに情報量が多すぎて目眩がした。角の生えた先輩、エルフの先輩、髪の色が感情1つで変化していく先輩などなど……。サクの心のキャパは限界だ。


「え…と。大丈夫です、何かあったら助けてくださいエマ先輩」


 燻る動揺をかき消しつつ、しょんぼりとしたエマ先輩に告げる。とにもかくにもこの面倒なやり取りから解放されたい。


 だから差し障りのない返事を返すことに徹した。


「おぉー!あの礼儀知らずとは違ってお前可愛い奴だな!気に入った!!」


 ところが、サクの言葉を聞いたエマ先輩の髪がまた再燃。真っ赤に燃え上がってサクの頭を掻きむしり始めたではないか。


 どうやら逆効果だったらしい。自分の言動を後悔した。


 ちなみに礼儀知らずというのはどうやらノアのことらしい。サクを掻きむしる反対の手は食堂の端に座るノアを指さしていた。


「よーしよしよし、何かあったらすぐ言えよー!?アタイが何でも力になってやるからなー!?!?」


「全く……おーいノア。君もこちらに来てはどうだ?新入生同士親交を深めるいい機会だろう?」


 そんなエマに溜息をつきつつ、グラン先輩はノアにそう声をかけた。


 一瞬ヒヤリとしたが、ノアはグラン先輩の言葉を無視して食器を乱雑に下膳して食堂を出ていってしまった。


 どうやらノアはサクやアゲハだけでなく他の寮生に対しても同じような態度をとっているようだ。サクもノアと同じように周りを敬遠する態度を取るべきだったのかもしれない。


 結局静かな朝食などは許されず、4人の先輩達と朝食を過ごすこととなった。

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