第12話 桜の園⑤
サクは桜の園の食堂でご飯に味噌汁、それと焼き魚という王道な日本の夕食を頂いた。
桜の園の食堂は奥に厨房があり、そこから料理をするような金属のぶつかる音が聞こえ、良い香りが鼻をくすぐった。
部屋の広さはかなり広く、大人数で同時に食事をしても問題ない広さ。あちこちに4人がけのテーブルが並べられていたが、サクが食堂にたどり着いた時にはもう9時頃だったこともあって誰もいなかった。
この寮には一体何人の生徒がいるのだろう。
サクが出会ったのはあのノアとかいう不良と、階段から転げ落ちてきた黒焦げのスケベだけ。みんな部屋に居るのだろうか。
明日の朝食でなら誰かと顔を合わせるかもしれない。
女子寮へ繋がる階段を横切る時、ちらりと階段の上の方に目を向けてみるが、やはりそこには誰もいない。
人の気配を感じない廊下を歩きつつ、サクは自分の部屋へと帰ってきた。
「隣は……リアム・シモン?」
サクの隣の部屋の部屋番号は114。その下にはその部屋の主と思われる名前が刻まれていた。
名前から察するに、どうやら日本人ではないらしい。桔梗院には外国からも生徒がやってくるのだろうか。男か女か名前からでは分からないが、ここが男子寮であることを考えればリアムは男なんだろう。
隣なのだからトラブルなくやっていければいいか。
なんて事を思いながら、サクは自身の部屋の中へと入る。
「しまった」
そうだ、忘れていた。アゲハに部屋の電気がつけられないことを言わなければならなかったのに。
けれど、またこの廊下を戻ってアゲハの元に行くのも面倒くさい。どうせ後は風呂に入って寝るだけなのだから。
あんどんを片手にサクは襖を開ける。
中にはふわふわの羽毛布団と木で作られたタンスがあり、羽毛布団を床に放り出す。
そしてタンスの中から浴衣とパンツを引っ張り出した。
身体ひとつでやってきたサクのためにアゲハが用意してくれた。サイズも問題ない。
そこまでしてくれているのに部屋のスイッチをつけ忘れるなんて、しっかりしているようで抜けているのかもしれないと思いながらもう一度サクは部屋を見回す。
「………………」
そう言えば、1人で夜を越すなんて久々かもしれない。
もちろん一緒に寝るなんて子どもみたいなことは何年も前に卒業しているから1人で寝ることに何の抵抗もない。
そのはずなのに、薄暗い部屋を見て妙な不安感を感じた。
「馬鹿馬鹿しい」
自分にそう言い聞かせながらサクは部屋の入り口近くにある風呂場へと向かう。食事中、アゲハが色々話を聞かせてくれたが部屋に風呂トイレは備え付けてあるから自由に使ってくれて構わないそうだ。
食堂があった廊下の更に向こうには大浴場もあるようでそっちを使っても良いと言われた。
風呂とか温泉が好きなサクとしては興味を惹かれるが、同時にここの寮生と顔を合わせることに対していささか緊張もあるのでしばらくは大浴場に行くことはないかもしれない。
湯船も溜めずにシャワーを済ませ、着ていたものを洗濯カゴに放り込むと、浴衣に身を包んで再び部屋へ戻る。
ゆらゆらと揺れる光と、窓の向こうに広がる星空と綺麗な月が部屋を照らす。
そうか、ここは山の中だからこんなに星が綺麗なのかと柄にもなく窓から夜空を見上げる。
キラキラ光輝く星空はサクの目に沁みた。星の瞬きがサクの気持ちをいくらか照らしてくれた気がした。
叔父さんは今、何をしているのだろう。
そんな考えが頭をよぎったことに驚く。それと同時に自分が馬鹿だと思った。
もう俺だって子どもじゃない。自分のことは自分で決められる。やると決めたのだから、必ず俺は魔法使いになってやる。そして叔父さんを見返してやるんだ。
それまで、絶対に家に帰ってやるもんか。
あんどんの火がゆらりと揺れる。物音1つしない部屋の中でサクは強く拳を握った。
しばらく星の海に精神を泳がせていると、ドッと眠気が込み上げて来たのを感じる。
「……寝るか」
色々なことがありすぎて、まだ実感が湧かない。
だって、卒業式が終わったと思ったら突然訳の分からない2人組が家にやって来た。彼らはサクを魔法使いだと呼び、実際に科学では説明できないようなことをやってのけて見せた。
そして、叔父と大喧嘩して家を飛び出し魔法使いの学校に入ることを決めて、今こうして学校の寮で床につこうとしている。
「はは……ありえね」
そう、口からこぼれた。それが何を意味していたのかはサクにも分からなかった。
そして何かわからない雫がサクの頬を流れ落ちた。
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