第9話 桜の園②
10分ほど歩いたところで晴影はぴたりと立ち止まった。
「着いたぞ」
サクはたどり着いたその場所を見上げる。
そこは近所の神社だった。
別段大きくもないし、人気もない。近所のお爺さんお婆さんが定期的に小綺麗にしているだけの名も知らない神社。その鳥居の前に立っていた。
夕方の神社には妙な静けさと、人を遠ざけるような暗闇が広がっている。
恐らくここに彼らの車が停めてあるのだろうと思う。
「あれ……この神社駐車場あったっけ?」
「駐車場?はっはっは。何だ、今から車で向かうと思っていたのか?」
サクの小さな呟きに、晴影は愉快そうに笑い声を上げ、人気のない神社にそれは響いていった。
「じゃあ、何のためにここに来たんですか」
そんな晴影に少しイラッとしつつ、少し棘を自覚した口調で尋ねてみる。
「我々が目的としていたのはここだよ、サク君」
そう言って晴影が指差したのは無骨に聳える神社の入り口。
「鳥居……ですか?」
この神社の鳥居だった。
見上げてみても、特に意味のないそれにサクはそれ以上の言葉を発せなかった。
鳥居なんて、ただの神社の入り口。門みたいなものだろう。そこにそれ以外の何の意味だってないだろうに。
「サク君は聞いたことない?鳥居の入り方について」
すると、晴輝がそう問いかけてきた。
「鳥居の入り方って……言われても」
そんなの意識したことも考えたこともないから分からない。信心深くもないし正月だってずっと家で寝正月だった。
「
「へ、へぇ……」
だからどうした、と心の中で思ってしまう。そんな豆知識をここで披露されたからといってサクはどう反応すればいいのだろうか。
「魔法使いは
困っているサクに晴影が説明する。
「故に、ここで言う【神の通り道】とは【
そう言うと晴影は自身の着物の袖から1本の棒切れを取り出した。
長さは30cmぐらい。色はやや薄黒くややザラザラした表面をしている。
それは昼間に晴輝がサクに見せてくれたそれと同じものだ、と直感した。
「【
晴影はそう言ってその棒切れを鳥居の上。この神社の名前が書かれている鉄の看板のような物に向かって振った。
ゴン……。
すると、鳥居の看板が何やら妙な光を放つ。そして神社の名がグニャリとまるで粘土のようにぐちゃぐちゃに潰れていくではないか。
「な、何やってんですか?」
目の前で起こる事態にサクは狼狽える。
恐らくこれも魔法の何かなんだろうが、こんな神社の鳥居にいたずらをして悪趣味もいいところだ。いい大人がこんな事をするなんて気が狂っているのではないかと思った。
そんなサクの言葉に応えずに晴影は懐に木の棒をしまう。
「この鳥居は、かつての魔法使い達が作り出した門なのだ」
「門?」
突拍子もなく告げる晴影にサクは晴影と鳥居の看板を交互に見比べながら問いかける。
「そうだ。各地と各地をつなぐ門……魔法使いの通り道」
ぐにゃぐにゃと曲がる文字はやがて広がり、別の形へと変貌を遂げる。昔の難しい字体で書かれた何かの名前ようで、そこに現れた文字をサクは口に出してみた。
「【桜乃園】……?」
それと同時。目の前の空間がぐにゃりと歪み始めた。
「え……!?」
たまらず晴影の顔に目を向けると周りの景色は先ほどと何も変わらない夕暮れの平凡な世界が広がっていた。
しかし鳥居の中……それも中心部分の景色がぐるぐると掻き回したように渦巻いていたのだ。
「な、なんですか、これ」
足を滑らせれば飲み込まれてしまいそうなそれにサクは息を呑みながら尋ねる。
「言っただろう。この鳥居はかつて魔法使い達が作った門、そのうちのひとつなのだ」
晴影の話ではどうやらこれは魔法使いが作った言わば転移装置のようなものらしい。
ここだけでなく、同様の仕掛けを持った鳥居が日本各地に建設されており、魔法でその好きな鳥居へと転移することができるそうだ。
「よく普通の人にバレずに済みましたね、こんなすごいもの」
魔法というものを知って数時間。初めてサクは魔法の凄さに感銘を受けた。ようはこれはワープ装置ということである。
「
ただし、気がつけば我々の姿を見失うことにはなるだろうが……と付け加える晴影。
そんな説明も頭に入らないぐらいにサクは目の前に現れたワープ装置に目を釘付けにしていた。
だって、それが事実なら日本全国どこでも行きたい場所にひとっ飛びということ。旅行だって何だって、やりたい事なんでも出来るじゃないか。
「……吸い込まれそうだ」
グルグルと回る景色をじっと観察するサク。
それは理科の教科書で見たような銀座系を彷彿させる。
よく見てみればこの景色の向こうに何かの景色が広がっているのが見えた気がした。無心にサクはそこに向かって手を伸ばす。
「あ、たまーに
「バカ!?先に言え!?」
しれっととんでもない事を宣う晴輝にサクは堪らず鳥居から飛び退く。
キキーっ!!
「あぶねぇだろうがぁ!!」
「うわぁ!?すみません!?」
そしてサク達の背後を走っていた自転車にあわや轢かれてしまう所だった。
酒でも飲んできたのか顔を真っ赤に染めた男性に怒鳴られながらサクは頭を下げる。
「ははは。【神隠し】って聞いたことあるでしょ?あれ、
笑う晴輝をサクは睨む。心なしか先程よりもどこか生き生きした笑顔のように見えた。
こいつ人当たり良さそうに見えて実は性格が悪いのかもしれない。
「晴輝、戯れはその辺にしておけ」
「はい。申し訳ありません、父さん」
晴影の言葉に晴輝は息を整えて、先程と同じような笑顔に落ち着く。
同じ笑顔のはずなのに、何故かサクにはそれが別人のように見えた。
「まずは君の暮らす場所の確保をしよう。安心したまえ、それは行き先を固定してある。飛び込むといい」
「は、はぁ……」
晴影に言われてサクは改めて渦巻く鳥居へと向き直る。
とは言われても、こんな怪しげな空間に飛び込むことに抵抗がないわけではない。
飛び込んだ後、一体どうなってしまうのかも分からないし、何なら行き先もよく分かっていない。
「あの、そういえば行き先は……」
そう言ってサクは2人の方を振り返った。その時、サクの左指先に何やらひんやりとした感覚があった。
グンッ
「……え?」
それと同時にサクの身体が何かに引っ張られる。いや、飲み込まれると言った方がしっくりくるかもしれない。
そう思った時にはもう遅かった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?!?」
サクの身体は一瞬にして鳥居に吸い込まれてしまった。
振り返りざまに、鳥居の渦にサクの指先が触れてしまったことに気がついたのはもう少し後のことだった。
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