第4話 始まりと終わりの日④

 家に着く頃にはもう1時を回ろうとしていた。


 古いが立派な木造の家。年季の入った木の壁は黒くくすんでいて、たまに水漏れもして老朽化が目立つ。


 掃除するのも一苦労。それに加えて今時まだ五右衛門風呂だ。早く改築してくれと何度も思ったがもう諦めた。


 ただ広いだけが取り柄の家の屋根を見上げながらサクは鞄を肩にかけ直す。卒業証書やらアルバムやらが入っていて重い。さっさと家の玄関に投げ出してしまいたかった。


「あれ?」


 すると、ふと玄関の前に2つの人影があることに気がついた。


 1人は信玄と似た灰色の髪を腰まで伸ばした信玄と同じぐらいの歳の男。信玄に負けず劣らず深い皺を刻んだ渋い男前な顔立ちをしている。


 深い緑色をした着物を着込んだその男は視線を一度サクの方へ目を向けた後、信玄を厳しい目で睨む。信玄の知り合いか何かだろうか?


 もう1人はサクと同じくらいの年頃の少年。柔らかな茶髪が特徴的な子で、隣の男とは違って優しそうな柔らかな笑顔をこちらに向けている。


「どちら様?」


 玄関の前まで来ていると言うことは、恐らくうちに何か用があるのだろう。


 あの男の態度を見る限り、穏やかではないように見える。


 険しい顔で黙り込む信玄の代わりにサクが尋ねてみた。


「宗方サク君だね?私は土御門晴影、今日は君の……」



「黙ってろ晴影ぇ!」



 その時、閑静な住宅街に怒号が響く。


 声の出所を見ると先程まで穏やかだった信玄の表情が怒りに染まっていた。


 突然のことに思わずサクは身をこわばらせてしまう。


 信玄が晴影と名乗る男の言葉を遮るように叫んだのだと気が付いたのはそれから数秒置いてからだった。


 確かにいつも仏頂面の愛想のない叔父だが、こんな風に声を荒げることなど滅多にない。


 幼い頃にサクが門限を破って夜遅くまで帰ってこなかった時と、自転車ですっ転んで大怪我して帰ってきた時。常々入るなと言われている我が家の地下室へと入ろうとした時ぐらいだろう。


 丸山教頭の小言も涼しい顔で受け流せる叔父にここまで言わせるなんて。


「……ここで話すのはお前も望まんだろう。まずは上げてもらおうか、信玄」


 信玄の言葉を受けて晴影と名乗る男は静かに言葉を落とす。


「……サク。お前は自分の部屋に戻ってろ」


 ヒリつく空気に圧倒されながら、サクは信玄の言うことに頷くことしかできなかった。


 一体、目の前のこの男は何者なのか。そして一体この男は叔父とどういう関係があるのか。


 両親が死んでから10年一緒に過ごして来たサクにも全く想像できなかった。


「よし……それでは晴輝。お前はサクくんと一緒に部屋にあげてもらえ。くれぐれも……な」


「分かりました。父さん」


 晴影が何かを示し合わせるように言うと、隣の少年はサクのそばまで歩み寄ってきた。


 信玄が一瞬彼を鋭く睨み付けるがまたすぐに晴影へと視線を戻す。


「えっと、初めまして。僕は土御門晴輝、晴影の息子です」


 妙に大人びた態度を見せる晴輝の姿に違和感を覚える。


 どこかいいところの御曹司か何かだろうか?小学校にも似たような御曹司の息子がいたような気がするが、彼はもっと偉そうにしていたし、自信に満ち溢れたオーラのようなものを感じさせた。


 けれど、目の前の彼からそう言ったものは一切感じない。ただ穏やかで、まるで春風のようだという印象を受けた。


「え…と……宗方サク、よろしく」


 どう挨拶したものかと悩んだが、親同士のよく分からないいざこざに巻き込まれるのも面倒なのでサクは簡単に名乗るとそのまま晴輝と握手を交わした。

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