第2話 始まりと終わりの日②
小学校の卒業式は午前で終わった。
外は日が当たると暖かく、風が吹くと寒い。
桜は蕾をピンクに染めているが、まだひっそりと顔を隠している。
ただ、何となく無心にその桜の蕾に目をやりながら周りの喧騒をどこか遠くに感じていた。
担任だった先生に泣きながら感謝の言葉を残す少女達に中学校が離れることになっても揺るがぬ友情を誓う少年達。
別に、それが嫌なわけでも無いしむしろ素敵なことなんだろうということはサクにだって分かっている。
ただ、ここに自分がいることが相応しく無いような、そんなカラカラに乾いた感情に支配されているだけだった。
「サク」
そんなサクの名前を呼ぶ声があった。
振り返るとそこにいたのは叔父の宗方信玄。先程ひな壇の上のサクを見ていた男だ。
黒いスーツは初めからだらしなく着崩されており、高そうな背広はしわくちゃになって信玄の肩にのっかっている。
「いいのか?お前は混ざらなくて」
いつものようにぶっきらぼうな口調で信玄は告げる。
信玄の指さす先には和気あいあいと6年の年月を噛み締め合う同級生の姿がある。
「あそこ」とは、あの場所のことを意味差すのだろうか。それとも、かけがえのないであろう彼らの間柄のことを指すのだろうか。それともこの卒業式と言う名の芸術のことかもしれない。
「別に……いいかな」
微塵も寂しくないと言えば嘘になる。けど、あそこに自分が混ざってしまえばそれこそあの輝きが失われてしまうような気がした。
あれでいいのだと、遠巻きに思う。卒業したからと言って何が変わるでもないと感じていた。
ただ周りの環境が変わるだけ。教師が変わって周りのクラスメイトが変わって。これから新しい世界が君たちを待っているとか担任は語ったがサクには流れる水に分かれ目が無いのと同じ。ただ人生と言う名の時の流れの過程でしかないとそう思っていた。
別に彼らを馬鹿にしているとかそういうわけじゃない。彼らの一時一時に感情を揺らし、精一杯生きているあの姿は輝かしいものだと感じるし正直うらやましくもあった。
だが、サクは彼らのようにはなれない。だから交じり合えない。
こんな乾き切った心で水を刺すのは野暮というものだ。
「そうか……ならいい」
そんなサクの反応を見てただそう言うと、信玄は懐からいつもの赤い鳥の印刷がなされたタバコの箱を引っ張り出して1つ口に咥えた。
「ダメだって。ここ学校」
「いいだろ、今日ぐらい」
「今日だからダメなんだっての」
サクの制止を無視してタバコに火が灯される。いつも家に漂っている煙の匂いが鼻についた。
「お前の……門出ってやつか?まぁめでたい日なんだからちょっとやそっと許される」
そう言ってどこか遠くを見つめるように信玄は煙を吐く。それは冬の終わりの少し冷たい風に吸い込まれてどこか彼方へと消えた。
むしろめでたい日だから許されないのだと言うことをこの叔父はわかっていないらしい。まぁ、こんなのもいつものこと。
信玄の背後からサクの予想通り、顔を真っ赤に染めて鬼の形相で走ってくる丸山教頭の禿頭が見える。
「こらぁぁあ!またあなたですかぁぁあ!!」
こうしてまたサクは叔父の行動に振り回されて一緒にどやされる羽目になった。
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