第1話 始まりと終わりの日①
薄暗い体育館のひな壇の上。春と呼ぶにはまだ寒くて、冬と呼ぶにはもう暖かいこの日。
ピアノの伴奏と共に俺の周りから聞こえてくる卒業ソング。
いつもの身軽な服装とは違って、綺麗に着飾った少し洒落た服が息苦しい。
小学校の6年間で、入学式の次に特別な日。いや、もしかすると入学式よりも特別なのかもしれない。
今日この日は俺、宗方サクの卒業式。
隣の女子は両目を押さえて嗚咽を漏らし、またその隣の男子は涙を隠そうともしないで堂々と歌を歌い上げている。
感動で埋め尽くされたこの薄暗い体育館の中で、それをどこか他人事のように感じながらメロディに乗っただけの歌を歌っていた。確か旅立つ何とかいう曲。
そんなサクの中身のない歌は、他の子ども達の思い出の重みに飲み込まれて、1つの芸術として消える。
まるで、自分のこの無感情ですら許してはくれない。お前もこの卒業式という名の絵の中の1つなのだ、と。そう強制されているように思った。
虫のように並んだ大人の群れを上からどこか冷めた目で見下ろし、その中に一際目立つ灰色の髪をした40歳ぐらいの男を見つけた。
彫りの深い顔と、刻印のように刻まれた眉間の皺。睨んだだけで人の意識を奪ってしまえそうな鋭い眼光が、今はただこちらをジッと睨んでいるようだった。
サクの叔父。幼い頃に亡くした両親の代わりにこの卒業式という晴れ舞台を見届けにきた存在。決して怒っているわけでも不機嫌な訳でもない。あれが叔父の自然体の姿だ。
あぁ、まただ。またこの感覚だ。
ぼんやりと叔父を眺めつつ胸の奥が凍りついていく。自分だけ取り残されたような、孤独感というのか。
別にクラスでいじめられている訳でもないし、およそ家族と呼ばれるであろう存在もある。
けれど、それでも拭いされない違和感。
胸の奥。心と呼ばれるべきものが揺れ動くような感覚なんて経験したこともない。
自分の本当じゃ無いような気がするこの感覚。
この感動が支配する空間の中で、卒業生の仮面を被ってただ無感情に歌を歌い終える。
6年の担任が涙と共に卒業生の門出を祝い、小学校という名の巣箱からサク達を連れ出す。
体育館の扉の向こう。光が差し込んで輝くあの出口。
卒業生にとって、夢と希望に満ちた世界へと繋がるあの道。
自分にとって、本当にこれが希望の道へと繋がっているのだろうか?
薄暗い体育館に後ろ髪を引かれるような錯覚を起こしながらまるで傀儡のように光刺す扉へ。
宗方サク12歳は、こうしてどこか上の空で小学校最後の時を迎えた。
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