4.無双の戦士

 白虎熊のような強力な魔獣を従えることができた【テイム】スキルであるが、これは特別なスキルではない。俺がコータイの村の住民を【星の記憶】により、ステータス確認したところ、十人に三人ほどの割合で所持をしていたように思う。希少性のランクからも、ありふれたスキルと分かる。

【テイム】による人以外の生物の使役――その条件は、対象と心を通わせた状態で使用することである。この「心を通わせる」という条件を満たすことが難しいため【テイム】が一般的な概念となっていなかったのではないかと、俺は推測する。

 これを実現させるのが俺の【エンパス】による他者との感覚共有の力という訳だ。つまり【エンパス】を持っていない限り【テイム】は死にスキル(使い道のないスキル)だとも言える。

 しかし【テイム】スキルの存在を自覚した状態であれば【エンパス】がなくとも、無害な家畜程度は使役できるかもしれない。まあ、家畜程度なら使役しようがしまいが、実状は何も変わらないのであろうが。その辺りのことをガロに話しておいた。


 コータイの村の入り口までたどり着くと、住民総出の様相でこちらを窺っていた。話す者はなく、不気味なほどに静まり返っている。群衆の中から、一人の海獣が進み出た。ガロに似た体型からおそらく海獅子族と思われる。しかし、鍛え上げられた肉体、無数の傷跡、獅子のようなタテガミから、ガロなど到底及ばない歴戦の強者ということはありありと分かった。


「ガロ! その魔獣をそれ以上、近づけるな!」

「トーマンさん! 話を聞いてください!」

「それは然るべき場所で聞こう! まずはバルカを村に入れてやれ!」


 ガロは白虎熊に伏せの体勢をとらせた。住民からどよめきが出たが、ガロは気に留める素振りも見せずバルカを背負い、トーマンと呼ばれた者の元へ進み出た。


「誰か! バルカを運んでやれ!」


 トーマンの声に反応して幾人かの海獣が群衆から現れ、バルカを担いでいった。


「魔獣を従えてきたと聞いたときは驚いたが、よりによって白虎熊ホワイト・タイガー・グリズリーとは。こいつにどれだけの同胞が殺されたか分かっているのか。……いや、お前に対しては愚問だったな」

「ええ、親の仇でしたから」

「……族長から魔獣が近くにいる限り、お前も村に入れるなと言われている。そいつを遠くへ放つことができるか?」


 ガロは白虎熊に少し遠くで待っているよう言い聞かせると、白虎熊は踵を返して走り去っていった。


「まさか本当に魔獣を従えてみせるとは。このまま村の広場まで来るように。族長が話を聞かせてもらうとのことだ」


 トーマンに連れられ、ガロは村に入っていく。モーゼの十戒のように群衆が割れ、その先に族長アンフィベウスが立っていた。目元は長い眉の毛、口元は髭で隠れており、その表情は窺い知れない。


「レインから話は大体聞いておる。危険な魔獣の巣と思いもせず、バルカやお前、子供たちを危ない目にあわせてしまったと、心から詫びておったよ。しばらく独房に入ってもらうこととしたがな」


 アンフィベウスは後ろ手を組み、ガロにゆっくりと歩み寄った。


「して、本題じゃ。魔獣を従える術があるとは、それはいかなるものか。今は大人しくとも、あれほど強力な魔獣じゃ。いつ、言うことを聞かなくなるかも分からん」

「族長。荒唐無稽な話かもしれませんが、順を追って話をさせてください」


 流星群の夜、一つの流星が自分に飛び込み、それが俺という異界の魂であったこと。白の空間で邂逅し、それを知ったということ。俺が導いたことにより【テイム】スキルを認識し、白虎熊と心を通わせ、使役することができたということ。ガロは全てを話した。

 アンフィベウスはその間、相変わらず感情のわからない顔で、ただガロの話す姿を見ていたようであった。そして、群衆に向かって手を上げた。


 雪を踏みしだく、いくつもの音に沈黙は破られた。屈強な海獣の戦士たちがガロを取り囲み始めていた。アンフィベウスはガロに指をさす。


「ガロを殺せ! 悪魔に憑かれておるのだ!」


 冷徹な声に海獣の戦士たちはお互い顔を見合わせ、目を丸くしていた。トーマンを始め、ガロのことをよく見知っている者なのであろう。


「族長! この世界をお救いなさる、流れ星の賢者であらせられるアスタ様とせめてお話を!」


 アンフィベウスはガロを無視し、広場の奥へ戻っていく。海獣の戦士たちは意を決したかのように、それぞれの得物を構えた。


『ガロ! もう戦うしかないぞ!』

『わかっています!』


 俺は白の空間に入って、海獣の戦士たちのステータスパネルを確認した。ガロとはそこまで能力差があるようには思えない。しかし、トーマンは別格だ。白虎熊までとはいかないまでも、一段劣る程度の能力がある。それに多勢に無勢。どう考えても勝てる戦いではない。正攻法で戦う以外の道筋を見つけなければ、ガロはこのまま、なぶり殺されてしまう。


『ガロ! まずは武器を持て! 槍を持っている者から奪うのだ! お主は槍が得意なはずだ!』

『そんなことは……。いえ、やってみます!』 


 俺は海獣の戦士たちの中に、槍を得物としている者を見つけ、ガロに武器を奪うよう指示をした。反応からすると槍が得意という意識はなかったようだが、ガロには【槍の使い手】スキルがある。対複数戦で間合いも取れるため、こちらを主軸にした方が立ち回りやすいはずだ。


 先手必勝とばかりに俺は【エクトプラズム】による光の腕を出す。槍の戦士の周りをブンブンと出鱈目に飛ばしてみた。


「ばっ、化け物!」


 光の腕が槍の戦士を翻弄する。戦士の視線が逸れた瞬間をガロは見逃さない。死角から【海獣の拳術】の力を込めたアッパーを戦士の下顎に放った。

 乾いた衝撃音とともに、数メートルは打ち上げられ、倒れた戦士はぴくりとも動かない。見事な一撃であった。落ちた槍を拾い上げたガロを、俺は【亜空の支配者】により白の空間へ、いざなった。


 ◆


 白の空間。俺の正面に槍を持ったガロが浮かんでいた。虚をつかれた様に辺りを見回している。

 元の世界ではガロの視界が俺の視界でもあるため、久し振りにガロの姿を見たが、他の海獣の戦士たちより小柄に見える。俺の補助があったとは言え、先程の圧倒的な戦いができるのだから大したものである。肉体的にはまだ成長段階であるものの、戦闘センスはかなりのものを持っているのかもしれない。この状況を打破するとしたら、その才能に賭けるしかない。


「ここはアスタ様と初めてお会いした空間……。元の世界は今、どうなっているのでしょうか」

『うむ。ここにいる限り、元の世界の時間経過はない。入った瞬間に戻る』

「そうなのですね。しかし、なぜ、先程の瞬間だったのでしょうか」

『なーに、お主に策を授けようと思ってな。元の世界ではゆっくり話ができんからな』


 俺はガロが現時点で持つ全てのスキルの詳細を彼に伝えた。やはりガロは自分のスキルについて曖昧な認識しかできておらず、偶然発動したスキルを感覚的に使用しているようであった。しかし、スキルは詳細を把握してこそ使いこなすことができる。

 本来、スキルは一度使用するとリキャストタイムが発生し、連続での使用ができないのであるが、白の空間内では時間の概念が存在しないため、スキルをいくらでも使用することができる。しばしの慣らし運転後、俺とガロは白の空間から、コータイの村の広場へ戻った。

 元の世界の時間にしてほんの一瞬。ガロを取り囲む海獣の戦士たちに気付いた者は誰もいないであろう。

 俺の光の腕は白の空間に入った際に消失している。【エクトプラズム】のリキャストタイムがあるため、しばらくは介入もできない。


 ガロは静かに槍を構えた。残った海獣の戦士は四人だ。棍棒、斧、長剣、戟――各々違う得物を持っていた。戟を持つのは最強と目されるトーマンだ。槍のような長柄の武器で、穂先の両側に三日月状の刃が取り付けられている、方天画戟と呼ばれる物だ。トーマンは悠然と佇んでおり、まずは他の戦士との戦いでお手並み拝見といったところであろう。


「ガロ。お前の死んだ親父にはよく世話になった。だが族長の命令だ。すまん!」


 棍棒の戦士の声を皮切りに、トーマンを除いた三人の戦士が襲い掛かる。

 ほぼ同時に三人の戦士が槍の間合いにまで入った。槍は至近距離での乱戦に弱い。彼らはその弱点を見越して、一斉に襲い掛かったのであろう。


【パワースイング】


 風が唸るほど、ガロは槍を鋭く払う。半ば物理法則を無視した不意の攻撃に、三人の戦士はとっさに後ろに飛んだが、斧の戦士は反応が遅れ、柄がわずかに接触して斧を落としてしまった。

 すかさず【ファストチャージ】で瞬間移動のごとく距離を詰め、斧の戦士に刺突を食らわせた。


 革の鎧をたやすく突き破るが、急所は外れているようだ。いや、わざと外したか。斧の戦士は槍が刺さったまま仰向けに倒れた。


『槍にこだわるな! 体術も使え!』


 俺の声にガロは槍から視界を外して、棍棒、長剣の戦士に向き直った。その表情は少し怯えて見えた。


【槍の使い手】スキルに内包されているスキルのうち、【パワースイング】【ファストチャージ】の二つを使ってしまった今、槍にこだわるのは得策ではない。

 俺の視界の片隅には、二つのスキル名がグレーで表示されており、リキャストタイムのカウントダウンが始まっている。

 リキャストタイムのカウントは、ガロが直接確認することはできない。俺が自身の【星の記憶】スキルで視認しているからだ。慣れればガロ自身でも感覚的に掴めるのであろうが、この戦いでは俺がスキル回しのタイムキーパーをする。そして、最高効率でスキルを叩き出す。これが俺がガロに授けた策であった。


「随分、腕を上げたようだな。これが、お前の言う『流れ星の賢者』の差し金か。神か悪魔か知らんが面白い。ここからは、俺も加わろう」


 トーマンが獰猛な笑みを浮かべる。俺は先ほど、ガロからトーマンの強さについて聞いておいた。トーマンは族長アンフィベウスの剣であり、その強さはまさしく破格。屈強な海獅子族や海豹族の中でも頭一つ抜けており、本来立ち向かうべきではない、白虎熊のような大型魔獣と単騎で渡り合い、その戟で一刀両断にするほどの膂力を持つ。


 沈黙を破り、トーマンが雄たけびを上げて走り出した。


 一歩近づくごと、身を切り裂かれたかと思うような凄まじいプレッシャーを感じる。トーマンが無意識にそのようなスキルを発動させているのかもしれない。ガロの鼓動がうるさいほどだ。


 ガロは【水流の構え】を発動させた。発動中は徒手空拳である限り、自身が知覚しない攻撃から、自動で身を守る動きを取ることが出来る。ただ、自動で体が動くというのは諸刃の剣であり、スキルに頼って何も考えない動きを繰り返していれば、特に複数戦では詰みの状況に陥ることになりうる。


『効果終了まで30秒だ。それまでに攻めの機会を窺え。できなければ死だ』


 俺の声に反応する余裕もないか、ガロはトーマンの戟を次々とかわす。突き刺し、薙ぎ払い、叩き付け、いずれも急所を狙った必殺の一撃だ。相当の重量の武器であろうに木の棒を振り回すように軽々と扱う。


 不意に視界が回転した。トーマンの側面から背後へ抜ける前転。元の場所から地面がえぐられる音がした。


「これを回避するか! なかなかやる!」


 トーマンは気勢を上げる。ガロがトーマンに気を取られている間に死角から二人の戦士が攻撃を繰り出していたのだ。

 自身の攻撃すら撒き餌とする、驕ることのない強さ。トーマンはなかなかに、したたかなようだ。


『【水流の構え】終了まで、あと5秒だ! これ以上は耐えられない! を使え!』


 トーマンまでの射線に二人の戦士が並んでいた。

 洞穴でバルカが出していたような光の渦がガロの拳に収束する。しかし、スキルを明確に認識していることの差異なのか、まばゆいほどの光だ。


「これがスキルの真髄……! インパクト!」


 ガロの拳が空を切り、螺旋の光弾が棍棒、長剣の戦士をかすめ、きりもみ回転で弾き飛ばした。

 止まらぬ螺旋の光弾を、その先のトーマンは真正面から戟で受け止めようとする。

 着弾――その衝撃をすさまじく、完全にいなすために数メートルの後退を要し、トーマンに膝をつかせた。


 そのスキルの名は【ボルテックス・インパクト】。


 リキャストタイムの都合上、一日一度しか使用できない大技。ガロが所有するスキルで最高の打点を持つ、まさに切り札であった。

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